1.僕、壁になります!
新連載開始します!
始めましてな皆さん、ようこそおいでくださいました。
いつも読んでくださる皆さん、私の作品を読んで下さりありがとうございます。
今作はVRものと恋愛ものの合いの子になる予定です。
なのでバトル要素はソフトに(いつもそうですが)
イチャラブというよりもボーイミーツガールな初々しい感じになればと思っています。
基本難しい場面、辛辣な場面などはありませんので気楽にお楽しみいただければ幸いです。
真っ白な大理石で構成された荘厳な神殿の最深部。
そこで僕ベルンは光輝く妙齢の女性と相対していた。
『それでは転生を実行します。本当によろしいのですね?』
最後の念押しとばかりに女神アステルが僕に問いかけてくる。
ここに至るまで幾つも確認事項があった。後戻りのできない項目が多く何度も確認された。
その真摯な瞳を真っすぐ見返したまま僕は小さく、しかししっかりと頷いた。
『分かりました。ではベルン。あなたを新たな生命体として転生させます。
転生後のあなたの人生に幸福が多くあらんことを祈りつつ私は見守っていきましょう』
その言葉と共に僕の身体は光に包まれた。
……
…………
………………
事の起こりはその日の昼休み。
僕はいつものように教室の片隅でパンを片手に昨日確認出来た女神アステルの古代神殿についての情報を纏めていた。
そこにふと、クラスの女子の声が聞こえてきた。
「……でさ、やっと今日届くのよ。エバーテイルオンライン」
「エバテかぁ。美紀ずっとやりたいって言ってたもんね~」
「1期生にどこまで追いつけるか分からないけど、やるからにはトップを目指さないとね」
『エバーテイルオンライン』
通称エバテとかETOなんて呼ばれているフルダイブゲームで、僕が今填まっているゲームでもある。
ゲームの売りのひとつはド派手な戦闘スキルとモンスター撃破時の爽快感。あとは何と言ってもスキルの自由度だ。自分のイメージした通りにスキルが発動するから若干の厨二心が刺激される。
「それで美紀はやっぱり魔導士型で行くの?」
「もちろん。ベルン様みたいな最強の魔導士になってみせるわ」
「!!」
突然僕のキャラネームが呼ばれて思わずパンを机の上に落としてしまった。
若干慌てつつもそっと声の方を見れば工藤 美紀さんと友人の女子が話してるのが見えた。
あ、言わなくても分かるかもしれないけど、僕は陰キャでボッチで『おたく』だ。
恋愛に興味が無いのかと言われたら勿論あるし、工藤さんは密かに好意を寄せている相手でもある。
もっとも、向こうは僕の事なんて眼中にないどころか、クラスメイトとして名前を憶えられてたら奇跡と言っても良い関係だ。
ここで突然僕が「ベルンは僕なんだよ」なんて声掛ければ120%嘘だと思われるだろうし「うわ、きもっ」と返されるのは目に見えている。
……そもそも声を掛ける勇気なんて無いけどね。
でも、もしかしたらゲームを切っ掛けに仲良くなれるかも。
そうやってひとりドキドキしてたら気になる話が聞こえてきた。
「でも魔導士って攻撃力高いけど、体力低いんでしょ。
ゲーム初心者の美紀じゃすぐやられちゃうんじゃない?」
「あーそうかも。私運動神経もそれほど良くないしね。
誰かが壁役やってくれれば良いんだけど」
壁役というのは敵の注意を引いてアタッカーに敵の攻撃が行かない様にするプレイヤーの事だ。
ゲームによっては『タンク』『盾』『ディフェンダー』などと呼ばれる事もある。
パーティー戦では回復役のヒーラーと並んで重要なポジションだ。
ただ。
「問題は壁役やる人少ないと思うんだ」
「だろうね。みんな美紀みたいに派手に戦いたいって思ってそうだし」
先日行われた2期生向けの事前アンケートでは、圧倒的に攻撃型魔導士志望の人が多かった。
次いで武器で戦う戦士系。さきほどの壁役と回復役は合わせても全体の1割という少なさ。
その原因は2週間前に公開されたPVだ。
モンスターの大軍を前にたったひとりで迎え撃ち、ド派手な攻撃魔法を連発して見事撃退に成功した一人の魔導士の後ろ姿が最も印象的だった。
他にも騎士団とモンスターの正面衝突など熱い場面があったけど、そんな映像を見せられた2期生はそれに思いっきり感化されてしまい、守りとか回復などが見向きもされなくなってしまっている。
その為、今日から2期生として始める人たちは足りない防御をプレイヤースキルで補う必要がある。
もちろん1期生の人達から有志(自クランへの勧誘目的など)で支援が入るだろうけど、全員に行きわたるとは思えない。知り合いとかが居れば別だろうけど。
「はぁ。誰か1期生で壁やってくれる人いないかな~」
その時。工藤さんの視線がチラッとこちらを向いた気がした。
それはただの気のせいだったかもしれないけど、僕には千載一遇のチャンスに思えたんだ。
僕は一生分の勇気を振り絞って声を掛けることにした。
「あ、えっと……く、くく、くどぅ、さん」
「……?あ、わたし?」
ギリギリ絞り出した声が何とか届いた。よかった。
後はもう一歩。要件を言えれば。
「その、か、壁でよければ、ぼ、ぼくやるよ?」
「ん?あ、もしかして隔理君もエバテやってるの?」
「うん。い、1期生、だから。壁、くらいなら」
「ほんと!ありがとう!!」
僕の蚊の鳴くような声を聞きとってくれた工藤さんは嬉しそうに僕に笑いかけてくれた。
これはもしかして夢か。はたまた今日の放課後に隕石でも降って来て死ぬのか。
そんなアホな事を考えてしまう程、嬉しい出来事だった。
「じゃあ学校終わったら速攻ゲーム立ち上げるから、少しだけ待っててもらっていい?
いやぁ、1期生の壁役の人がいるなら一気にレベルアップとか出来ちゃうかな」
「あっ」
その言葉で思い出した。
エバテはレベル差が大きい人と組んで自分より高レベルの敵を倒しても経験値が入らないんだ。
所謂パワーレベリングはしにくい仕様になっている。
このままじゃ工藤さんが僕と組むメリットがない。
それなら丁度昨日見つけた女神神殿のあれが使えるかな。
「あの、少し待って。えっとそう、20時くらいに待ち合わせ、とかじゃダメ、かな」
「え、ああうん。隔理君にも予定あるもんね。
分かった。じゃあ20時に冒険者ギルドで待ち合わせね。
私は『ミキティ』って名前でキャラクリする予定だから」
「うん」
そうして無事に工藤さんとの会話を終えて席に戻った。
あ、僕の方の名前言ってないけど、まあ大丈夫か。
放課後になり速攻で帰宅した僕はすぐにエバテにログイン。
昨日ログアウトした女神神殿の1室で目を覚ました僕はまっすぐに【転生の間】へと向かった。
そして部屋の中央にある祭壇で祈りを捧げると女神アステルが僕の前に降臨した。
『勇敢なる異界の青年ベルンよ。よくぞここまで来ました。
ここに来たという事は転生がしたいのですか?』
「はい」
『そうですか。転生がどういうものか承知していますか?』
「レベルが1になりほぼ全てのスキルを失うと聞いています」
『それを知って尚、転生がしたいのですね?』
「はい」
『分かりました。ですが先ほどのは語弊が多く含まれていますので改めて転生について説明しましょう』
「お願いします」
『まず転生とは魂の位階を上げる為に行われます。進化と言えば分かりやすいでしょうか。
貴方の今の種族はエルフですが、転生を通じてハイエルフやエルダーエルフなどの上位種へと生まれ変わることになります。
ただし、無償で進化出来る訳ではありません。
貴方が今まで積み重ねてきた経験、レベルを消費します。なのでレベル1の人が転生しても何も起きません。
そして消費してしまうので転生後はレベル1に戻ってしまうという事です』
なるほど。
元々モンスターを倒す事でそのモンスターのエネルギー(経験値)を得ているという設定だったはずだから、それを使って自分を進化させるのが転生だって話なのか。
『そしてスキルについてですが、こちらもただ失う訳ではありません。
これまで培ってきたスキルが統合され新たなスキルとなります。
これにより貴方独自の固有スキルを生み出す事が出来るでしょう』
「おぉ~」
それはいいな。なにより自分だけのスキルって言うのが素晴らしい。
【固有能力】とか聞くだけでワクワクするよね。
『新たなスキルの方向性は決める事が出来ますが、なにか希望はありますか?』
問われてはたと考えた。
そもそも今回の転生は工藤さんの壁になる為に行うんだ。
なら攻撃スキルじゃなくて防御系、そう。
「それなら【壁】が良いです」
『か、壁、ですか』
「はい。【壁】の魔法です。もしかして出来ませんか?」
『い、いえ。可能です。てっきり貴方のスキル構成なら広域殲滅魔法を希望するのかと思っていましたから。
ただ注意しないと行けないのですが、転生後はその選んだスキルとは関係ないスキルは覚えにくくなります。
なので今使っているスキルの大半は二度と覚えられなくなりますが大丈夫ですか?』
ふむ、所謂特化型になるよって話か。
まあモンスターの討伐もこの3カ月でやりまくったし『殲滅の大魔導士』なんて二つ名で呼ばれる程だ。
これを切っ掛けに壁役を極めてみるっていうのも面白いかもしれない。
「大丈夫です。お願いします」
『分かりました。
それとレベル1になるにあたり、ステータスもレベル1相当になります。
一部は上位種族となる影響で高くはなっていますが、それでも現在の装備の大半は着けられなくなるでしょう』
「あ~それもそうか」
自分の身に付けている装備を見てみる。
伝説級と呼ばれるそれらはどれもダンジョンの最深層で手に入れた品だ。
【魔力強化】や【広範囲化】、【MP回復速度アップ】など今の僕の戦闘能力を支えてくれた物ばかりで、これらが無くなると多分僕は他のプレイヤーと大差なくなると思う。
でも良いんだ。
当面は工藤さんの壁になるのだし、特別な力なんて無くても何とかなるだろう。
『改めて確認しますが、転生をしたらやり直しは出来ません。
今まで積み上げてきた山を崩して1から築き上げることになります。
それでもよろしいのですね?』
「はい。それに1から何度もやり直すとか慣れてますから」
『は?』
そう慣れている。
僕は昔から同じことを延々とやるのが好きだ。
よくある例で言えば始まりの町の森でスライム退治を続けるみたいなね。
他にもクリア後にスタートから何度もやり直すとか当たり前だし、1つのスキルを様々な使い方をしてみたり、システムの穴というか開発者が想定していなかった攻略法を見つける為に突飛な行動を色々試すとか。
ローグ系つまり毎回構造が変わるダンジョンとかも良いよね。
このエバテでもそんな僕の趣味が見事に嵌って他の人よりもずっと先に進めてしまった状態だ。
多分みんなはこの神殿に到達するまでまだ数か月はかかると思う。
その代償として他の人がしている普通の冒険はほぼ出来ていないんだけど。
そういう意味でも今回転生して1からやり直すのは良いかもしれない。
そうして冒頭に戻り、僕は無事に転生することが出来た。
気が付けば始まりの町の中央広場。
まわりには2期生だろう。装備らしい装備を着けていないビギナーで溢れていた。
かく言う僕も全ての装備がアイテムボックスに仕舞われているので、ここに居ても違和感がない。
「さて転生後のステータスは、と」
『
基本情報:
名前:ベルン
種族:エンシェントエルフ
職業:なし
レベル:1
HP:5
MP:7200
POW(力強さ):3
VIT(耐久力):1
INT(魔法力):35
MND(精神力):32
DEX(器用さ):10
AGI(素早さ):12
LCK(運命力):20
一般スキル:
固有スキル:
壁魔法(全)
称号:
転生者
女神アステルの寵愛
』
うん、おかしい。色々おかしい。
種族が元がエルフでその上位種と思われるエンシェントエルフになってるのはまあいい。
このゲーム、レベル1の基本ステータスは15前後だからDEX以降の3つもまあ普通だ。
でも。
エルフ系は特に肉体面では貧弱って設定だからPOWとVITが低いのは良いけど、それでも低すぎる。前の時は5はあった。
HPだって50はあった。それが5って。
このゲームはモンスターの攻撃以外でもダメージを受ける。例えば高いところから落ちたりしてもダメージになる。
HP5っていうのは段差に躓いてこけて頭を打ったら死ぬレベルだ。まるでどこぞの探検家のようじゃないか。
そしてそれらを代償にしたかのような魔法系ステータスの高さ。
MP7200とかレベル1としては最初に始めた時の約50倍だ。
これ今のINTだと延々と魔法を撃ち続けても使い切るまでに相当時間が掛かるだろうな。
自然回復の速度は最大MPに依存するから無限に使い続けられるかもしれない。
他は固有スキルの壁魔法だけは期待通りなんだけど、このステータスで壁役になれるだろうか。
時刻はまだ18:30。まだ待ち合わせまで1時間以上ある。
なら試しに狩りに行ってみようか。
待ち合わせの時間を考慮して1時間では大したところまで行けなかったけど、それでも手ごたえを得ることが出来た。
これなら彼女も大喜びしてくれるはずだ。
僕は意気揚々と冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドではクエストの斡旋の他にも冒険者同士の仲介などもしてくれる。それを使えば顔の分からないリア友を呼んでもらえるのだ。
「あの、ミキティさんを探してるんですけど」
「はい承っております。あちらのテーブルに座っているエルフの女性になります」
「ありがとうございます」
受付にお礼を言って指示されたテーブルに向かうとそこにはエルフの女性(多分ミキティさん)の他に獣人の男性も居た。
男性の方はがっしりした体格からして前衛戦士と言ったところかな。
きっと僕が来るまで時間があったから先にひと狩りしてたんだろう。
「あ、えっとミキティさん、ですか?」
「そうよ。あなた隔理君、だよね?
あれ、1期生だって言ってたよね? なんで初心者装備? もしかしてキャラ作り直したとか?
それに壁やってくれるって言ってたのにエルフじゃない。
明らかに耐久低い種族なのに何考えてるの?」
「え、あ、えっと。ここではベルンって呼んでください」
僕が1言言う間に凄い勢いで話されて説明する余地がない。
「げっ、しかもその名前って。あなたベルン様を舐めてるの!?
『殲滅の大魔導士』のベルン様と同じ名前を名乗るとか頭沸いてるんじゃない?
もう一回キャラ造り直して『クソ虫』とかに改名してきなさいよ」
「い、いやその」
キャラ作り直した訳でもないし『殲滅の大魔導士ベルン』は僕の事だし、壁役だって十分務まるのは確認してきた。HPは無いけど。
でもそれを言う前に隣にいた男性が口を開いた。
「あれじゃねえか?クラスの女子の気を引きたいからって出来もしない事を口にする奴。
なあ壁役なら俺で十分だろう。こいつのことなんて捨てて行こうぜ」
「それもそうね。
じゃあさようならクソ虫君。もうゲームの中でも学校でも話しかけてこないでね」
ミキティさんたちはそれだけ言い捨てて出て行ってしまった。
え、あの。
折角転生までして準備してきたんだけど。
どうやら全部逆効果だったみたいだ。
しかも仲良くなるどころか絶交されてしまったし。
最高な一日だと思ってたのに陰キャが太陽の下に出てくるなって事だったんだろうか。
はぁ、どうしよう。
……あ、そうだ。
こういう時に丁度いい言葉があった。
「鬱だ氏のう」
そう一言呟いて、僕は始まりの町から行ける一番強いボスの場所へと向かった。
次回はヒロイン視点になります。
最初の3話は連日投稿です。