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第一章 その三


 海辺を離れ学校付近の繁華街、大勢の人が行き交う商店街の中を進む。隣を歩くミオは、上機嫌なのか鼻歌を歌いながら案内役の僕よりも数歩先を歩いていた。

「本物の交友関係を築くためには、互いのことを知る必要があると思うの。よって手始めに加藤君のことを知るために、あなたが考えた最強の遊び場、この街で一番退屈しない場所へ連れて行ってもらおうかしら。これは命令、拒否権? それって何、おいしいの?」

 危うく人生にトドメを刺されるところだった僕は、法律という刃を首筋に当てられ、いや当てられたのは胸だが、ともあれ仕方なく彼女のしもべとなることに。自由だけが取り柄の十代のうちに他人に、それもアンドロイドなんかに絶対服従を誓うことになるとは思いもしなかった。「二つ目の命令は靴の裏でも舐めてもらいましょうか」こういった関係を望んで形成する人間がいると言う話は有名だが、僕にそういう趣味はない。隣を歩くミオの要求に睨みつけることで返答すると、わざとらしく彼女は溜息をついた。「つまらない男、調教が必要ね。まあ半分冗談だけれど」半分だって? どちらが冗談なのだろう。

「もちろんつまらない男というのが冗談で、調教は今後じわじわと時間をかけて行っていくつもりよ。それでもまあ、加藤君がどうしてでも調教を拒むと言うのなら選ばせてあげる。つまらないという称号を一生涯抱えて生きるか、調教の末に生まれ変わるか」

「何だよそれ、生まれ変わったらどうなるんだよ」

「犬になれるのよ、私専用の。呼ばれて三歩以上は全力ダッシュで集合」

 うわあ、絶対に嫌だ。「頼むから、つまらない男にしといてくれ」

「では、あなたの選択を無視して調教します」

「何でだよ!? 僕に与えられた選択権は!?」

「勘違いしないでよね。嫌な方を選ばせてあげる、という意味での選択なんだからね」ツンデレ構文で説明してくれた彼女だが、最も重要なデレ部分が一切含まれていなかった。そんな戯言みたいなやり取りを続けること二十分、僕が彼女を連れて行った場所は、商店街を抜けて車通りの多い十字路の向こう、五階建てビルの一階から三階に入っているゲームセンター「アーケードズ」。

「ゲーセンなんて東京じゃなくてもあるじゃない。どうせ行ったってつまらないわよ」こだわりの強い観光客みたいな不満を漏らすミオに僕は言う。

「取り消せよ、今の言葉」

言ったというより無意識に呟いていたと表現すべきか、僕はこれまで他人のあらゆる発言には関与しない主義を貫いてきたが、アーケードズに対するにわかな不満発言を看過できるほど落ちぶれちゃいない。

「アーケードズは、ただのゲーセンじゃない。二〇四三年現在においてアーケード媒体から大手ゲーム会社が撤退し、絶滅危惧種とされているアーケードゲームを専門的に配備しているコアなゲームセンターで、格ゲーマーや音ゲーマー、そして何より全国のぶよぶよリストが憩いの地としている聖域なんだぞ。それをミオはつまらないと言ったな?」

「そ、そんなにムキにならなくてもいいでしょ。ゲーセンなんてどこも同じなんだし」

「いいや、アーケードズは違うね。例えるなら林檎とバナナくらい違うんだよ、ミオはバナナを指さして林檎と呼ぶのか? その程度のAIを搭載して世界初だのなんだの言っているんだとしたら僕は、ミオがアンドロイドであることを絶対に認めない。世界がそれを認めても僕は認めないね」

 そんな世界が許されるなら、地球の一つや二つ、破壊してでも創り直すべきだ。

「分かったわよ、ついていくから……あなたって少し、いえ、だいぶ面倒くさいのね」

 捲し立てる僕に押し負け、呆れた様子で彼女が中へと入っていった。でもまあ、自分が面倒臭いことくらい分かっている。それでもアーケードゲームのことだけは、小学校から続けている趣味ということもあり命を賭しても守らなければならない僕の矜持なのだ。

 そのためにならどんな屈辱的汚名を浴びせられたっていい。

「すごい……こんなにたくさんのアーケードゲームが」

 四方八方から聞こえる機械音、ゲーム媒体の発する熱でやや蒸し暑い建物内、子連れ家族やカップルで賑わう一階のクレーンゲームコーナーを抜けて、僕らはビデオゲームエリアの二階へ辿り着く。階段を上ってすぐに出迎えてくれたのは、二千年初期から残り続けている音ゲーやコンシューマーゲーム機にも移植された有名パーティゲーム、レトロなシューティングゲームから最新の格闘ゲームたちだ。僕が通い詰めているぶよぶよは、このフロアの最奥にある。

「そういえばミオは、ぶよぶよやったことある?」

「ないわよ」即答だった。

「面白いの?」

「まあ、ぶよぶよが合うかどうかは分からないけれど、ゲーセンに来てつまんなかったって言う人はあんまりいないかな」

「ふうん。思いのほか楽しみになってきたわね」

 やれやれ初心者狩りになってしまうな、そんな戯言を呟きながら肩を回していると突然ミオが立ち止まり、彼女を一歩置き去りにしてしまった。何があったのだろう、僕は一度彼女の表情、驚いたように大きく見開いた目を見て、その視線の先を確認する。そこにあったのは、何の変哲も小学校以来変化もない向かい合う二台のぶよぶよアーケード機体だった。そして次の瞬間にミオは、その場で飛び跳ね弾むような声ではしゃぎ出した。

「わぁーぶよぶよだあ! ねえ、見て見て! 啓一く――」

 もはや別人なのではないか、そう思ってしまうほどの言動の変化に言葉が出てこないでいると、突然にミオは、自らの口を塞ぎその場でしゃがみ込んだ。ゲーム機の赤い光を浴びながら彼女は、明らかに視線を逸らし言った。「な、何でもない……こっち見んな」状況が呑み込めず、「大丈夫か?」と僕がその顔を覗き込むと、彼女はぷいっと顔を背ける。何だか、それは少し可愛かったのでもう一度覗き込むことにしよう。しかし、悪ふざけが過ぎたのか僕を待っていたのは、可愛らしい横顔ではなくこちらの顔を鷲掴みにしようとする彼女の手だった。

 そしてミオは、僕の顔面を片手で鷲掴み、そっと耳元でささやく。「次見たら殺す、わかった? 私のしもべ」「ふぁい……わ、我が主さま」

「良いお返事ね、では……レッツぶよ勝負、といきましょう」


        ※


「まだやるのか?」

 液晶画面に表示されたコンテニューの文字を見て、僕はミオに尋ねる。

「す、少しは手加減しなさいよ! 初心者なんだから!」

 あらゆる競技においてAIが人間の能力を超えて行く現代社会、タケムラテクノロジーの最新技術が詰め込まれているはずのミオは、正直なところ初心者以下の腕前だった。プログラムの学習段階にあるのかもしれないと、そんな彼女の主張を信じて対戦すること九戦目、全て僕の勝利という結果である。十年以上プレイしている僕の方が経験値的に有利というのもあるのだろうけれど、それにしてもこんなに弱いプレイヤーと出会ったのは初めてだ。「もう一回、次は負けないわ」おまけに負けず嫌いな性格らしく、彼女は十枚目になる百円玉を躊躇いもなく投入した。勝ち続けている僕には、一切問題ないことだけれど彼女のお金はタケムラテクノロジーの経費から落ちているのだろうか。

「いいよ。気が済むまでやろう」

 何だか、懐かしい感じだ。初心者だった頃、小学生時代の僕を見ているような気分。東京へ引っ越して以来、あの頃のぶよぶよ仲間とは会っていないけれど、こんな風に僕の気が済むまで付き合ってもらってたっけ。「あいつ、元気にしてるかな」

 呟いて、液晶画面と向かい合う。落ちパズルゲームの王道ぶよぶよは、通称ぶよぶよと呼ばれる全五色の顔付きグミをデトリスのようにマス目のついたエリア内で、同色を四つ揃えて消すゲームだ。敗北条件は、ぶよが画面の上まで積み上がってしまうことだが、ここで重要なのが同色ぶよを消すと相手エリアに送り付けられる色のないグミ、お邪魔ぶよで相手エリアを圧迫することだ。色の異なるぶよを計算して積み上げ、大連鎖を狙う。上級者同士の戦いではぶよぶよキャラクターたちの派手な必殺技演出と共に互いの連鎖が衝突し、パズルゲームとは思えないほど手に汗握る時間を体験できる。

「でもまあ、滅多にそういう相手とは出会えないけどね」

 十戦目も、間違いなく僕が勝つ。ぶよぶよは、途端に上達するようなゲームじゃない。僕でさえ、何度も負けて必死に型を憶えて応用技を身に着けて、十年かけた今でさえまだ完璧じゃない。

 結局、あいつには勝てないままだったしな。

唯一のアーケードゲーム仲間、そんな懐古に思いを馳せていると、

「相変わらず中盤戦がなってないね、啓一くん」

 明らかに僕へ向けられた言葉が画面の向こう、ミオが座っている反対側の機体の方から聞こえ、それは先ほどまでの不機嫌な声ではなく、どこか楽しそうで心なしか懐かしい彼女の声色だった。

そんな彼女の言葉の内容「中盤戦だって?」初心者がまず口にしないような単語を彼女が言ったことに違和感を覚え、ふと画面右にある彼女のぶよエリアを見る。

「本線とは別に小連鎖を……? まさか」

 本線、決定打となる大連鎖を構築しながらその傍らでミオは、相手の本線構築を妨害するための小連鎖まで組み上げていた。それは、初心者や中級者が簡単にできるような芸当ではなく、上級者の中でもプロと呼ばれるプレイヤーが成せる技だ。完全に油断していた、慌てて僕は、ミオの放った小連鎖に対応すべくぶよを組むも間に合わず、画面頭上から降ってきたお邪魔ぶよにエリアを圧迫される。続いてミオが放った大連鎖により、一瞬にして僕のエリアは、お邪魔ぶよに埋め尽くされ、涙を流すキャラクターと敗北の二文字が映し出された。にわかには信じられない光景に言葉が出てこない。

「あら、大したことないのね」反対側の機体から顔だけを覗かせるミオ。僕は何も言わず、財布から百円玉を取り、コンテニューを選択する。油断と慢心、それが原因だろう。そうでなければ僕が培ってきた十年の技術をこんな一瞬で越えられるわけがない。

 高機能AI、あまりにミオが人間っぽいせいで忘れていた。たった今対峙しているのは、僕の日常を変えてしまった高度な文明技術なのだ。

「そうだよな、そうだ」僕は大きく息を吐き、彼女を同格の敵として再認識する。負けるわけにはいかない、趣味とは言え唯一と言っていい僕の特技なのだ。

 しかしながら。「どうして勝てないんだ」

 何度やってもミオに勝つことができなくなってしまった。僕の弱点である中盤戦、小連鎖に対する対応力で差を付けられてしまう。努力、経験値、時間、もはや僕が積み上げてきたもの全てが無意味であると言われているよう。

「あれあれ、弱すぎるわね加藤君。リベンジなら受けて立つわよ」

 圧倒的な才能の差あるいは、AIの学習能力、いんや何でもいい。気が付いたときには僕の手は操作盤から手が離れていて、

「……僕の負けだよ」

 諦めの言葉を口にしていた。


        ※


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