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第四章 その四

 翌日、教室に入って僕らというよりミオを迎えたのは、彼女と仲が良かったはずのクラスメイトから手の平を返したような拒絶態度だった。僕とってはまあ、日常的なことではあるのだけれど、今まで人気者だったミオにしてみればかなりキツイ仕打ちだ。挨拶したって無視をされ、普段は携帯ばかりいじっているような連中が、教室の隅でくっついてひそひそとミオに嫌な視線を向けている、不幸なことにアンドロイドの聴覚をもってすればその会話の内容も聞こえているのだろう、彼女は塞ぎ込むように俯いていた。

 そんな教室の様子を見ているだけである程度の確信はあったのだけれど、

「えっと、か、加藤君。ミオさんの、動画、あ、あれって、多分、私のせい、だよね」

 自分では確かめる決心のつかなかったSNSの情報を奈々子に伝えられたことで、ミオの予想が正しかったことを僕は知る。いつの間に撮られていたのだろう、ネット上では人間を罵倒するアンドロイド女子高生の動画が注目を浴びていた。

 もちろん、ネガティブな意味で。

「気にしないでください、休憩場所に中庭を選んだ僕の責任ですから」

 協力できることがあれば何でもする、そう言って奈々子は電話を切った。

「はあ、どうするかなー」

 大体3Dアート祭って二人で出来るものじゃないよな、無茶なこと言ってんじゃねえよ、と今更ながらそんな不満で頭がいっぱいになっていると午前中の授業が終わって昼休みになった。

「なあ啓一」いつもならばすぐに食堂へ行ってしまう渉が珍しく振り返って僕に言う。その後に続いた言葉は、ミオの動画に関する真偽確認だった。聞かれて僕は、彼もまた表向きの彼女を信頼していた外部の人間であることを思い出す。だから、

「渉には、関係のない話だよ。アート祭の手伝いをしているわけじゃないしさ」

 そんな風に彼を遠ざけようとしてしまう自分がいた。言い終えて、きょとんとした彼の表情に罪悪感を覚えてしまう僕は、聞かれたことだけを答えれば良かったと少し後悔する。

「そうか、だよな。んじゃ、食堂行ってくるわ」

 気に掛けてくれたのかもしれなかったのに、僕って嫌な奴だな。

 けれど、嫌な奴でいい。そんなことを気に掛けている余裕なんてない。ミオのためにも、僕のためにも、アート祭を成功させなければ。自分に言い聞かせる、そのとき隣の席にいたミオが僕の名前を呼んだ。「ん?」ぼんやりと返事した僕だったけれど、続いた言葉で思わず彼女の方を見た。

「もう諦めよっか」何も書かれていない黒板を真っすぐに見つめて、ミオは言う。

 どんな言葉を返しても届かないのではないかと、そんな気さえする虚ろな目に、しかし僕は黙ってなどいられず言及する。「何で急に?」

「……思い出して、私たちがアート祭を成功させようとしていた理由」

「理由……あ」

 僕が思い出して間の抜けた声を漏らすと、彼女が続けた。

「これは、みんなの期待に応えたくて始めたこと。でも、もう誰も私に期待なんかしてない。言ってしまえば、ここで投げ出したとしても失うものは何もない」

「……」

「だから、今日の帰りのホームルームでそのことをみんなに説明しようと思うの」

 目的を果たさなければならない理由も、意思も、僕たちには残っていない。その事実をようやく理解して、僕は黙って彼女の言葉に頷くことしかできなかった。


        ※


 六限が終っていつも通り帰りのホームルームが始まると思っていた僕だったけれど、今日に限って担任教師が出張だとか何とかで不在らしく、マジかよ、そのせいで僕らは生徒だけでホームルームを終えなければならなくなった。誰が教師役、つまり進行するのかというちょっとした話し合いでさえ、クラスメイトたちはスマートフォンをいじっていて、一向に進む気配がない。その雰囲気を察したのだろう、僕の隣で控え目に手が挙がった。

「加藤君も」ミオの目がそう言っているのを感じて、人前に立つのは慣れていなかったけれど、僕もそれに続いて教壇に上がる。ミオは、伝達事項をまとめた紙を手に取って「ホームルームを始める前にみなさんに伝えたいことがあります」と話し出す。

 彼女の声は充分に届いていたはずだけれど、聞こうという気がないのだろう、教室中の誰もが自分の携帯を見るのに夢中だった。

 こんな風に誰も気が付かないうちにアート祭の準備は、打ち切られる。そう思うと一体全体、僕とミオが掛けてきた時間は何だったんだろうと、心の中に空白が広がっていく。

「簡潔に言うとアート祭のことですが」

 申し訳なさそうにクラスメイトたちを見て、それから小さな声で言いだしたミオ。今の声は届かなかったかもしれないし、あるいは席の最前列にならば届いていたのだろうか。性格の悪いクラスメイトたちだ、昨日まではミオと仲良さげにしていたくせに。そう思って、まあ友達などいない僕にとっては、やっぱりそんなことどうでもよかった。けれど彼女にとっては、僕の前では包み隠さずに冷たいことを言い放題な彼女だけれど、その内心では、自分と仲良くしてくれていたクラスメイトのことを大切に思っていたのかもしれない。

 中々続きを言い出せない彼女の、僅かに開いて動かない唇を見て、どうしてだろう。

「み、みんなさ、手伝ってくれない、かな」

 ミオのように話しながら、クラス全体を見上げる勇気はなかったけれど僕は言っていた。言い切って、落としていた視線を上げると、

「え、えっと」

 誰一人として僕のことなんて見ちゃいなかった。分かっていたさ、届かないことくらい。

 けれど、それでも、分かっていながら期待してしまう僕がいたのだろう。段々と胸が痛くなって、この教室に、教壇に立っているはずなのに、ここで傷ついている自分を遠くから見ているような、そんな意識になっていく。

 怖いと思った。

 誰かに話しかけることが、期待することが、全部、怖い。

 その怖さが空っぽの胸を通り過ぎて、何でこんなところに立ってるんだろう、やがて僕は面倒臭くなってきた。

 ミオは、今の僕をどんな風に見ているのだろう。考えたくもないな、もう一度視線を足元に落とした、そのときだった。


「おい、窓の外見ろ! 赤いぶよぶよが飛んでんぞ!」


 叫ぶように誰かが言って、マジで!? 咄嗟に僕は窓の外を見る。

「そんなもんどこにもないじゃないか! 騙しやがって……あれ、渉」

 食い気味に声がした方へ言うと、そこでは、渉がにっこりと笑って立っていた。それだけじゃない、クラス全員が声に反応して彼の方を向いている。

「……」空を見ていたのは僕だけかよ。

 いや、そんなことはいいとして。

「いやー良かったー。とりあえずみんな、声は聞こえてるみたいでさ。なあ、啓一――」

「――もっかい話してもらっていい? 俺の答えとしちゃ、もちろん手伝うぜ。だってお前が毎日、目の下にくま作って頑張ってたの、俺知ってっから。それと、みんなのことは、責めないでやってくれ、話し聞こえてなかっただけだからさ」

 そうだった、渉は毎日、僕の顔を見てそれを気に掛けてくれていた。「渉……」

 水面に波紋が広がるように、渉の声と笑顔が僕の心の中で響く。お前、すげえ良い奴じゃねえかよ、そう思うと自然と口元が綻んで、ふっと体が軽くなって感じた。

「アート祭の準備で人手が足りてないんだ。手伝ってくれる人、いませんか?」

 しかし、クラスメイトの反応は芳しくない。それもそのはずだろう、彼らの目に映るミオへの誤解は未だ解けていないのだ。どうすればいいのだろう、そう思っているとミオが「ごめんなさい」と話し出す。

「動画のこと……全てが嘘だったとは言えない。だけど私、みんなの期待に応えたくて……どうしてでも、アート祭を成功、させたくて……だから、わた、し、のために頑張ってくれた人が、馬鹿にされたのを、許せなくて、それで」

 風船が萎んでいくように彼女の声が小さくなっていく、またしても感情的になってしまわないように自分を抑えているのだろう。続きは僕が話そう、そう思ったとき女子生徒が一人、手を挙げた。「加奈ちゃん……?」

「あたし、手伝うよ……ごめんね、今まで全部任せきりで。去年、大変なことになってたって聞いたから、少し自信なかったんだ。だけど、ミオちゃんとなら出来そうな気がしてきた」

 それを皮切りに続々とクラスメイトたちが手を挙げていく。その様子を見てミオは、その大きな目を細めて、

「みんな……ありがとう」

 きっと心からの言葉を、クラスメイトに贈った。


        ※



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