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四条半昇賀の作品

死霊術師の憂

作者: SSの会

 冒険者ばかりが泊まる宿の食堂で女将が倒れていた。頭が割れて、タラの白子のような物が漏れている。どうみても死んでいた。

 とても大切な秘密を共有しているんだ。勝手に動かなくなっては困るんだ。

 オレも殴られたのかもしれない。頭がめちゃくちゃ痛い。

「おい、これはどういうことだ」

 もう朝日が昇ってきているみたいだ。宿泊していた冒険者の一人が起きてきた。マントと腰に差した剣。よく見る自分探しの旅にでも出た若者だ。

「なあ、そこのアンタは大丈夫か?」

 そう言われて、視線が低いことに気がついた。オレは床に寝転がっていたみたいだ。

「頭が痛いだけだ」

 椅子に手を掛けて、ユラユラと立ち上がる。足元まで隠れるようなローブを踏みそうになった。

「なに、これ強盗でも入ったの?」

 さらにもう一人食堂に入ってくる。ビキニアーマーを身に着けた女。かなりの美人だし、スタイルもいい。有名な傭兵らしい。

 オレも噂には聞いたことがある。名前は確か……。

「これは事件だ。この宿屋に入って、女将を殺した人がいる」

 いきなり仕切り出したんだけど。黙ってろ、この露出狂。

「いや、俺は先を急ぐから」

 いかにも冒険者っぽい男が食堂から出ていこうとしたが、ビキニアーマー姿の女にボコボコにされていた。噂通りの強さだな。男相手に圧勝かよ。

 その音を聞きつけて、もう一人起きてきた。オレと同じような全身を覆うようなローブに身を包んだ人だ。顔が隠れているので性別までは分からん。

 結構泊まっている人多くないか、この宿。

 オレにはこの宿でやらなきゃいけないことがあるんだよ。昨日は何をしたんだっけ。誰かに酒に誘われた気がするけど、飲み過ぎで記憶がない。

「殺人事件だ。この宿の女将が泊まった人に殺されたかもしれない」

 ローブに身を包んだ人は水瓶から水をがぶ飲みしていた。アイツがオレと一緒に酒を飲んだ人か?

 昨日の記憶がほとんどないから、誰と飲んだかも覚えてない。

「アタシは女将とこの宿が好きだ。だから犯人を懲らしめてやる」

 この宿で最強の人が叫んだ。

「まず、足元のお前から自己紹介と昨日の夜に何をしていたかを言ってもらおう」

 冒険者は床に突っ伏したまま、話し始める。

「最近、村を飛び出した田舎者のノランと言います。女に負けて泣きそうです」

 そう言いながら起き上がり、椅子に座った。うなだれている姿は、長年連れ添った奥さんに出ていかれたオジサンみたいに見える。

「昨日は疲れていたので、食堂でご飯を食べた後に女将を説いたけどダメだったから寝ました」

 典型的なバカだな、コイツ。

「次は……そこの頭が痛そうなローブ男」

 オレは顔を隠していなかったので足元まで覆うローブでも表情が見えている。

「オレはゴーシュ。死霊術師だ。昨日は南の方であった戦争の後始末に駆り出された帰りだった」

 うなだれていた若い冒険者のノランが顔を上げた。

「死体を操る術を使うのか。コイツが怪しいだろ。美人の女将さんの死体を操って、きっとエロいことをしようとしたに違いない」

 とんでもねえ、田舎者だな。それに下半身に脳みそがあるのか?

「死霊術師が戦争の後に呼ばれるのは、戦死者を効率よく運ぶためだ」

 オレが説明しようと思っていたことを女の傭兵が言った。彼女の言う通りだ。大量に出た死体を腐る前に故郷まで送り届けるのは、立派な仕事なんだよ。

 ノランみたいに差別するヤツも多いのも気に入らないけどな。

「今は法律で勝手に動く死体を作るのは禁止されている。それにできるヤツなんて限られているんだよ」

 もう一人のローブが口を開いた。可愛い女の子の声だ。

「ありがとう、お嬢さん方。昨日は食堂で誰かに酒に誘われて、飲み過ぎて記憶がない」

 ああ、昨日すべきだったこともやったかも覚えていない。アリバイもない。

「あ、アリバイもないじゃないかっ!」

 女の傭兵にぶん殴られて、ノランは椅子から落ちた。

「死霊術師は兵士にとっては偉大な存在なんだよ。次、ローブの女!」

 そう言われたローブの女はフードを取った。腰まで届きそうな長い髪と、有名な魔術ギルドの紋章のタトゥーが顔に入っている。

「マージと呼んでくれたまえ。昨日は食堂でご飯を食べた後に、そこのゴーシュと酒を飲んだ」

 あれ、オレはこの人と飲んだのか? 男の人だったような気がするんだが。

「葡萄酒を三杯飲んだら眠くなったので、彼を残して先に寝た」

 オレのアリバイが少しだけ埋まった。

「最後にアタシはギガント。かの有名な傭兵だ。こっちもゴーシュと一緒で南の方であった戦争の帰りだ」

 オレは戦争には参加してないけどな。

「さすがに疲れたから、ここで連泊して体を癒していたところだ。昨日も飯食って寝てた」

 確かにオレが一人でエールを飲んでた時に、階段を上がっていくのをみたと思う。

「この中で女将に恨みがありそうなのは……ノランだけね。みんなが寝静まった頃にもう一度言い寄って断れたに違いないわ」

 マージが右手に魔法陣を出した。

「ちょ、ちょっと魔法なんてくらったら、死んじまうって」

 ノランが後退りながら言った。

「殺さないわ。完全に消し去ってやるのよ」

 マージの魔法陣から光の矢が放たれる。それはノランの足元の床を消し飛ばした。あれが人間に当たったら、即死だろう。

「私が女将を殺すなら、これを使ってるわ……あら?」

 魔法を放った張本人が床の穴を覗き込んだ。

「なんか魔法陣みたいなのが床下にあるわ。これは死霊術系か」

 ああ、ヤバい気がする。宿屋の下に魔法陣があるだけでも変だ。

「朝っぱらからうるせえな」

 そう言って、ダンディな髭を蓄えたオジサンが食堂に入ってきた。まだこの宿に泊まっていたのか。

「おお、ゴーシュくん。二日酔いは平気かい?」

 彼の女将の死体を一瞥してから、水瓶から水を飲んでいた。死体を見ても驚きもしない。

 まるで死体があることを知っていたかのように。

 あまりにも堂々とした振る舞いに食堂にいる他の人は何も言わない。

「ゴーシュくん、早く死体を片付けないとダメじゃないか」

 なんてことを言うから、オレは有名な傭兵のギガントに殴られた。

「説明してもらおうか」

 ちくしょー、二度と深酒なんてしねえ。初対面の人に秘密を話すなんて。


 * * *


 三年前のことだ。オレが久しぶりにこの宿を訪れたら、女将が殺されていた。誰がやったかもわからない。

 死霊術師にも優しくしてくれる宿屋なんて珍しくて、いなくなって欲しくなった。

 他の死体にするように防腐呪文を掛けて、禁術を使った。生前の記憶を保ったままの意思を持った屍を作る術だ。

 さっき出来る人は、ほとんどいないって言われたって? 全くいない訳じゃない。オレはできたからな。

 まあ、かなり大規模な魔法陣を書く羽目になったけどね。宿の床下にデカデカと書いたからな。そこの穴から見えるやつだよ。

 消したりするなよ。書き直すのが大変だから。

 そして生き返った女将と一緒にしばらく宿屋をやってみたんだ。殺されたときの記憶はなかったみたいで、少し顔色は悪いがいつも通りの笑顔で働いていたよ。

 さて、問題はひと月経った時だ。朝起きると、女将は死体に戻っていた。


 * * *


 オレは独白を終えてから、女将に近付いた。

「昨日、皆さんが寝た後に掛けなおすつもりだった。酔い潰れたからできなかっただけだ」

 儀式用の短剣を取り出して、自分の手首を切る。ダラダラと流れる血を女将に垂らした。

 ブツブツと呪文を唱えると、女将の柘榴のように割れた頭が元に戻っていく。

「おい、その術はそんな術じゃないはずだ。やめろ」

 マージがオレを止めようとするが、聞く耳なんて持つか!

 女将がまた宿屋を出来るなら、それでいいんだよ。

 あれ、なんかおかしいな。体の力が抜けていく。

 術が終わって女将がキョトンとした顔で起き上がる。

「あら、ゴーシュさん。おはようございます。顔色が悪いですよ、二日酔いですか?」

 優しい彼女の声と笑顔がとても暖かった。

「ああ、そうだ。もう一泊していく」

「ああ、皆様もおはようございます。朝ご飯作りますね」

 女将は台所へ消えていった。

 マージは呪文を唱えて床の穴を塞いだ。全員で同じテーブルを囲む。

「さて、ゴーシュ。禁術を使ったことは水に流そう。その副作用の話だ」

 有名な魔術ギルドの人は詳しいな。オレは副作用なんて考えたこともなかった。だけど、さっきの体の力が抜けていく感覚で何となくわかったさ。

「この禁術を使い続ければ、オレは死ぬんだろう」

「わかっていたか」

 女将が台所から戻ってきた。

「何を話してるんですか?」

「ただの世間話だ」

 オレはそう答えた。



(終)

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 この作品はSSの会メンバーの作品になります。


作者:四条半昇賀

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