8-レッスン開始
シャルマニア王女ヴィヴィアンとエーデルラント皇太子ラインハルトとの初対面は、1ヶ月後にエーデルラントの宮殿で開かれる社交パーティだった。
そこでラインハルト皇太子自らが来賓者のヴィヴィアンをエスコートし、エーデルラントの貴族たちにヴィヴィアン王女が婚約者候補であると牽制を行うそうだ。
次に会うのは三ヶ月後のシャルマニアの宮殿で開かれる社交パーティ。
今度はラインハルト皇太子が来賓者として参加し、ヴィヴィアンと最初のダンスを踊る。
そして半年後に婚約発表、1年後に正式に婚姻が結ばれる、というのが大まかな流れだった。
政略結婚の相手同士は、挙式の日に初めて顔を合わせるのが一般的であった。
だがこの結婚は長年戦争を続けてきたエーデルラントとシャルマニアが友好関係を築くための重要な契約。
慎重に事を運び、ヴィヴィアン王女とラインハルト皇太子の仲睦まじい様子を両国の貴族や国民たちに見せつけ、納得させる必要があったというのが、本来の目論みだった。
「一ヶ月後のパーティまでに、言語はもちろん、我が国のルールやマナー、文化や習慣を叩き込ませていただきますからね!」
アランが指示棒をレアに向ける。
幸いなことにエーデルラントとシャルマニアは共通の言語を使用している。
だがイントネーションや言い回しなどにある程度の違いはあるため、矯正の必要があった。
アランは一度部屋を出て行き、すぐに両腕いっぱいの本を抱えて戻って来て、レアの座る机の上にそれを積み重ねる。
「これが今日の分です。
あなたが高級娼婦でよかった、ある程度の礼儀作法は弁えてるので教える事自体は少ない方です」
(これで少ない方なんだ……)
自分が高級娼婦だという自覚はあまりなかった。
たまたまエーデルラントでは珍しい黒色の髪をしていて、読み書きができて、人と話すのが得意ではなくいつも黙っていたから、「珍しい黒髪を持つ、読み書きのできる淑やかな娘」として運良く高級娼館に引き渡されたに過ぎなかった。
同じ店で働く娼婦たちの中でも売上額は下から数えた方が早く、そもそもいくら働いても借金返済で手元に残るお金はわずかなため、モチベーションも低かった。
支配人からは「お前はまだ17だからその手の奴からの需要がある。でもあと数年したら大衆店に払い下げる予定だよ」と告げられていた。
「ヴィヴィアン殿下?」
アランがレアの顔を覗き込む。
「あ……すみません」
シャルマニアの宮殿に連れてこられてから、自分はレアではなくヴィヴィアンと呼ばれている。
それにすらまだ慣れていない。
今は療養から戻ったばかりという設定のため、一日中ヴィヴィアンの部屋でアランのレッスンを受け、食事もこの部屋で済ませているが、ずっとこのままというわけにはいかない。
ある程度礼儀作法を身につけたら大広間でヴィヴィアンの家族__国王陛下たちと食事を摂り、宮殿の侍従たちにも自然に接することが求められる。
レッスンは全てアラン一人で行なっている。
彼の体力と熱量は凄まじく、朝起きてから夜眠るまでのハードなスケジュールを毎日組まれ、レアは夢の中にまでアランが出て来て授業を始めるほどの詰め込み教育を受けていた。
だがレアが弱音を上げることはなかった。
(娼婦のころよりは、今の状況のほうがずっとマシだ)
3年間娼婦として働いていた経験が、このような形で自分を支えるとは思わなかった。
とにかく早く、ヴィヴィアンとして振る舞えるようにならなければいけない。
レアは手元の本に意識を集中させる。
読了ありがとうございました。
よろしければブックマーク・いいね、☆☆☆☆☆から評価いただけると幸いです。