7-娼婦殿下の誕生
「1年後までに……?」
1年……ジークの遠征の任期とちょうど同じだった。
でもそれって、騙すことになるし、私にメリットないですよね。
そう言いかけたレアだったが、部屋にやって来た青年によって遮られた。
「アラン、ちゃんとメリットを提示してあげないと」
淡いベージュの髪をワックスで固めた、清潔感のある青年だった。
柔和な笑顔を浮かべ。レアとアランに近付く。
「オーギュスト殿下!」
(オーギュスト殿下……? この人が!?)
現実味のない話ばかりでいまいちついて行けていないレアだったが、本物の王子の登場に緊張が走る。
「初めまして、シャルマニア王アンリの息子、オーギュストと申します」
オーギュストは丁寧な物腰で挨拶をすると、レアの向かいの椅子に座る。
「このようなことに巻き込んでしまい、申し訳ございません」
まず、オーギュストは謝辞とともにレアに頭を下げた。
王族って頭を下げるんだ、とレアはただ困惑をしていた。
「しかし我々もこの国を守るために、仕方のないことなのです。
エーデルラント側から婚約破棄をされればあなたは自由の身、ヴィヴィアンはその後事故で亡くなったことにします。
全て終わった後のあなたの生活は僕が保証いたします。望むものがあればできる限りご用意いたします」
そんなこと言われても……
レアが硬直していると、オーギュストは懐からナイフを取り出した。
「!?」
レアは思わず椅子から立ち上がり、後ずさる。
「オーギュスト殿下!?」
アランもまさかナイフが出てくるとは思わず、驚きを隠せない様子で慌てふためく。
「脅しているんですか……?」
レアは怯えた目でオーギュストを見つめる。
「君は死が怖いのかい?」
オーギュストは先ほどとは変わらない柔和な笑顔で続ける。
「僕は死が怖いとは思っていない。だってもうこの世界に、最愛の妹がいないのだから。
僕に背負わされている王族としての義務だけが、生きることと僕を繋ぎ止めているだけに過ぎない」
オーギュストはナイフを自分の首に突き立てる。
彼の首から鮮血が流れ落ちる。
真っ赤な血の色に、思わずレアは叫ぶ。
「やめて!」
レアは、オーギュストのナイフを持つ手に掴みかかる。
ナイフは音を立てて床に落とされ、レアもその場にへたり込む。
震えが止まらない。
「やります……やりますから……1年間……1年間ならやりますから……」
レアはうわ言のように呟く。
「全て終わったら……私を自由にしてください……」
レアはオーギュストに懇願した。
あれほど自分が渇望していた『死』
そこへ一直線に向かわんとするオーギュストの姿を間近で見せられた時、ジークフリートと交わした約束が心中をかすめた。
私は死にたいと思っていたはずだった。
でもその感情は、一度は綺麗になくなってしまっていた。
ジーク、あなたのおかげで。
私にはまだ生きる理由がある。
ヴィヴィアン王女のふりをして、母国エーデルラントの皇太子を騙し抜き、最後には婚約破棄をさせる。
自由になれたら、今度は私がジークに会いに行こう。
元々は何十人、何百人もの男に抱かれる娼婦。
今更何を恐れる必要があるのか。
「……あははははははは!」
オーギュストは声を上げて笑い出した。
つられてアランも笑い出し、レアに声をかける。
「やったぞ! それではヴィヴィアン王女! 本日からよろしくお願いいたします!」
__エーデルラント皇太子・ラインハルト。
私は1年以内にこの男から婚約破棄をされなければならない。
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