5-異国の男
「支配人に、いくら払えば君を自由にできるか聞いて、頭金も払ってきた。
だからそれまで待っててほしい」
「ここに来られるのも今日が最後になると思うけど……信じてほしい」
溶けて消えたのは、ずっとレアに取り憑いていた『死』への渇望だった。
ここを出られる。
ジークフリートがここから助け出してくれる。
レアの中から『死にたい』という感情が嘘のように消え失せていく。
なんて親切な人なんだろう。
頑張って生きて、彼を待ち続けよう。
ジークと結ばれたら、彼に一時期だけ見出していた『死』を一生隠し続けよう。
「ありがとう……」
レアは目に涙を溜めながらも、ジークフリートに笑って見せた。
別れの言葉は「またね」だった。
きっと自分は今、世界で一番幸せなのかもしれない。
こんな自分でも、大切にしてくれる人がいるなんて。
♢
ジークフリートを見送った次の日のことだった。
支配人は上機嫌でレアを呼び出す。
「レア、指名だよ! お前最近調子いいじゃないか」
指名?
もしかして、昨日の今日でジークが会いに来てくれたのだろうか。
彼だったらおかしくない。
レアは高鳴る胸を抑えながら客を迎える。
だが期待は裏切られた。
現れたのは、豪奢な服に身を包んだ30代前後の男。
服の特徴からして、この国の人間ではないように見えた。
「あ……初めまして。ご指名ありがとうございます」
男はレアの姿をしげしげと見つめる。
頭のてっぺんからつま先まで、じっくりと観察をする。
身体に穴が開いてしまいそうだった。
「あの……」
耐えかねてレアが口を開くと、男の大声がそれを遮る。
「合格だ!」
「……!?」
男は上機嫌な様子でレアの腕を掴む。
「な、なんですか、離してください!」
男はロビーの机に、革でできた袋を叩きつける。
袋からは金属のぶつかる重い音が鳴り、金貨がこぼれ落ちる。
「この娘を買い取らせてもらおう!」
買い取り……?
この男が、自分を……!?
レアの脳裏にジークフリートの姿が過ぎる。
「い、嫌です!」
思わずレアは声を上げる。
「1年後に、約束しているんです、もう、頭金だって!
なので、この話は受けられません!」
意を決してレアは声を上げる。
普段はあまり言葉を発することのない彼女の、必死の抵抗だった。
だがそれが聞き入れられることはなかった。
「あの軍人の若造なんてやめとけ、どうせ一時の気の迷いだ。
頭金はこっちで返金しとくから」
そもそも自分に決定権はない。
男の投げ渡した金貨は自身の残りの借金全額と身請金以上の額らしく、支配人はあっという間に手続きを終えると、笑顔で男とレアを見送った。
その間もレアは逃げ出そうとしたが、男の腕力に敵うはずもなく、それでも抵抗し続けていると、娼館の従業員たちによって猿轡を嵌められ、手首を縛り付けられてしまった。
「普段は大人しい子なんですがね、若い男の一時の気の迷いに振り回されてるんですよ」
「大丈夫です、うちでしっかり躾けますので」
男は歯を見せて笑い、レアを馬車の中に押し込む。
「あぁ、この娼婦は死んだことにでもしておいてもらえます?」
男は身につけていた指輪の一つを外し、支配人の手に押し付ける。
「えぇ、えぇ、かしこまりました。では、そのように処理いたしますので」
支配人に見送られながら、馬車は走り出した。
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