3-涙
沐浴を終え、レアはジークフリートに寝巻き代わりの清潔な衣服を渡す。
ジークフリートは黙ってそれに着替えると、先ほどまで着ていた軍服のポケットをさぐり始める。
「これ、」
取り出したのはわずかに折れ跡のある絵葉書だった。
彼はそれをレアに差し出す。
「海の絵、現地の画家が小遣い稼ぎで売っているんだ」
真っ青な絵の具で描かれた、どこまでも続く海の絵。
「ペレス諸島の海、小さい島が集まってる場所だから、どこを見ても青い海が視界に入る」
ペレス諸島……遥か南方にある、この国の植民地。
そこへ行くのは難しいかな。
本来ならば落胆してしまうのかもしれないが、絵葉書に描かれている混ぜ物のない真っ青な絵の具の海は美しく澄んで見えて、それはまさにレアの死に場所として探し求めている場所だった。
「本当に、こんなに綺麗な海があるんですか」
レアは目を輝かせながら絵葉書を見つめる。
ここで死ねたら幸せだろうな。
この大陸内に、こんな場所はないのかな。
その様子に、ジークフリートはわずかに口元を綻ばせた。
「俺は見飽きているから、君が持っていればいい」
「いいんですか?」
「断れなくて買ったものだから」
それだけ言うと、ジークフリートはベッドではなく、ソファに横たわる。
本当に彼は、沐浴の後はすぐに眠ってしまうつもりなのだろう。
「あの……傷薬、塗ってあげます。絵葉書のお礼に」
「たかがそれくらいで、気を使わなくていい」
ジークフリートはレアの方に向き直る。
二人は視線を交わす。
海の色。
ジークフリートの澄んだ青い色の瞳。
それはちょうど、手の中にある絵葉書と同じ色だった。
レアはその瞳から目が離せなかった。
絵葉書に一滴の雫が落ち、小さな染みを作る。
レアはそれが自分の瞳から落ちていることに、すぐには気付けなかった。
「あ……」
レアはすぐに涙を拭う。
客の前で涙を流すなど、支配人に知られたら折檻は免れない。
だが涙は止まらず、次から次へと溢れ出す。
ジークフリートはその様子に戸惑い、起き上がる。
「泣かせるつもりはなかった……」
申し訳なさそうな声音だった。
違う、あなたのせいじゃない。
私は早く死にたい。
綺麗な青い海に沈んで、その一部になりたい。
あなたの澄んだ青い瞳。海の色の瞳。
私がずっと探していた死に場所と同じ色。
レアは彼の瞳の美しさに感動をしていた。
探し求めていたものがすぐ近くにあったからだ。
このまま彼の瞳に吸い込まれてしまったらどんなに良いか。
それができないなら、せめてあなたの綺麗な瞳を見ながら死にたい。
これは探し求めていたものを見つけた、感動の涙だ。
だが、それを説明する余裕などなかった。
ジークフリートは黙ってレアの様子を見つめている。
レアは嗚咽混じりの声を絞り出す。
「あなたが、ほしい……」
やっと絞り出せた言葉は、説明したかったことを何一つとして説明できていなかった。
ただ、純粋な願望をぶつけただけの、お粗末なものだった。
その言葉をどう受け止めたのか、ジークフリートは戸惑いながらも、彼女を優しく抱きしめた。
涙を流すレアをベッドに寝かせ、彼もその隣に横たわり、泣き止まない彼女を抱きしめ、頭を撫で続けた。
そのうちレアは泣き疲れて眠ってしまった。
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