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2-接客


 レアは照明の抑えられた薄暗い廊下を歩き、ジークフリートを部屋まで案内する。


「今日はもう眠りたいんだ……悪いが朝まで放っておいてほしい」


 若い軍人だ。

 きっとこういった場所自体が好きではなく、今日は上司に無理やり連れてこられたのだろう。


「かしこまりました、でも、部屋に入ったらまずは沐浴だけはしていただきます……規則なので」


 部屋に入り、明かりをつける。

 そこで初めて、ジークフリートの顔を間近で見た。


 切り揃えられた銀髪に、青い瞳、凛々しく端正な顔立ちをした青年だった。

 表情は先ほどと変わらず不服そうで、レアと目を合わせようともしない。


 年齢、私と同じか少し年上くらいかな。

 こんなにかっこよくて、しかも将校ならば、きっと恋人がいるのかもしれない。


「沐浴の準備をします」

「必要ない、風呂も一人で入る」


「規則なので……お身体は私たちが洗うことになってます」


 規則、と言うとジークフリートは大人しく従った。

 軍人という職業柄、規則に従わねばならないことをよくわかっているのだろう。


 娼婦が客の身体を洗うのは病気の予防のためだ。

 この店の支配人はとにかく衛生管理に気を使っている。

 一人でも病気の()()が出ると、店自体の評判に傷がつくからだ。


 沐浴の準備を終え、ジークフリートを浴室へ迎え入れる。

 

 レアはタオルを身体に巻き、ジークフリートは赤裸の状態だったが、気を使っているのかジークフリートは目の前の少女をなるべく見ないようにしている。

 レアはジークフリートの背後に回り、背中を流す。

 

 やはり軍人、無駄な脂肪はなく、鍛え上げられた均整のとれた体つきだった。

 だがそれよりも、レアは彼の身体中の傷が気になっていた。


「ひどい傷……」


 思わず声が漏れる。


「……これくらいは普通だ」


 普通ではない。

 レアは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 彼くらいの年齢の将校で、こんな傷だらけの身体をした者はいない。

 そもそも若いエリートの将校は、怪我を負うような場所には連れて行かれないからだ。


 傷はほとんどが古傷だったが、新しい傷もいくつか見られた。

 

(沐浴を終えたら、傷薬をつけてあげようかな……)


 客に媚を売る、3年間でそれは習慣になっていた。

 だがこの青年は上司に連れられない限りはここには来ないだろうし、自分も間も無く死ぬ予定だ。


 沐浴を終えたらとっととこの青年を寝かせて、自分は死に場所探しに勤しもう。

 

 いや……むしろ今晩がチャンスなのではないか。


 この男は眠っている間にここを抜け出せば、朝まで自分が脱走したことには気づかれない。

 レアが思案を巡らせていると、ジークフリートが言葉を漏らした。


「先週までは……海が綺麗な場所にいた」


 他愛もない話をしようとしているのだろう。

 彼は自分の相手をさせられ、さらに傷だらけの身体を見せられている少女に、わずかながらに申し訳なさを感じていたのかもしれない。


「海?」


 この単語に、レアは声を跳ね上げた。


「それはどこですか!」


 海が綺麗な場所。

 レアが探し続けている死に場所。


 今すぐ聞き出して、この娼館から何十日もかからない場所ならば、この青年を寝かせた後にすぐにそこに向かうのもいいかもしれない。


「海……好きなの?」


 ジークフリートから質問が返ってくる。


「好き?」


 考えたこともなかった。


「それはわからないです……行ったことないので、でも興味があります」


 だから早くその場所を教えて欲しい。


「……そう」


 ジークフリートはそれだけ言うと、また口をつぐんでしまった。


(どうして教えてくれないの……!)


 レアは心の中で毒づいた。


読了ありがとうございました。

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