7.目覚め
シキはメイキと過ごしたあの家の一室で長い眠りから目を覚ました。しかし、既に記憶はなく、ここが何処なのかもわからなかった。室内には砂埃が入り込みシキが眠っていた年月を表す様に厚く積もっていた。
「ここはどこだろう… 」
記憶がないまま、ドアを開け外を見た瞬間に一気に思い出した。
外には真っ青な青空とゆっくり流れる白い雲、地面には爽やかな青さの一面のネモフィラが咲き乱れていた。
メイキと見た写真集のあの光景が目の前に広がっていたのだ。「二人で一緒に見たいね」メイキと約束した風景が広がっていたのだ。
(思い出した。思い出した!)
きっと、この花を植えたのはメイキだ。彼女はきっと近くにいる。絶対に会わなくてはいけない。忘れなかった。忘れてだけど、すぐに思い出した!メイキ!メイキ!
青いネモフィラの花の中、シキは駆け出した。
◇◇◇
シキが眠りについた後、シキの体から沢山の芽が出てきて、まるで繭玉の様にシキの身体を閉じ込めてしまった。その繭玉にメイキは「良い夢を見れます様に。目覚めた時に悲しい思いをしません様に。私の事、忘れませんように… 」まるで研究者達の呪いのような命令に上書きするように願いを込めた。
その後、家の中を整えメイキは外に出た。シキが目覚めた時に一番に見る景色が綺麗なものであるように。そんな願いを込めてネモフィラの花を育てた。そんなメイキの思いに応えるように、ネモフィラの花達も咲き誇った。稚児山の時もそうだったが、メイキの思いが強ければ強いほど、植物達は沢山育ってくれた。
「ありがとう。ありがとう、みんな」
メイキは、シキとの穏やかな未来を夢見て、そのままネモフィラに守られるように眠りについた。
シキが目覚め、ネモフィラの中メイキを探すと、メイキのあの綺麗な青い花の蕾はすぐに見つかった。空の青さよりも濃い鮮やかな青。シキが好きな青に包まれメイキは静かに眠っていた。
その蕾に抱きつき涙を流しながら、
「メイキ、迎えに来たよ。早く目覚めてよ。一緒にこの景色を見よう」
その声に応えるように、メイキはゆっくりと目を開けた。「シキ」少し口が動いて自分の名前を呼んでくれていると思った。一枚一枚、花びらが、細かく砕けたガラスのカケラのようにキラキラと舞い消えていった。目覚めたばかりのメイキを抱きしめて、シキは約束していたあの言葉を伝えた。
「おはよう、メイキ。結婚してください」
「おはよう、シキ。結婚します」
よろしくお願いします。それにしても、目覚めて直ぐに伝えるなんて、意外と堪え性がないのね。クスクスと笑いながらシキに語りかけるメイキを胸に抱きながら、シキは幸せとはこう言う事なのかと考えていた。
顔を上げたメイキの唇にそっと優しく口づけをし、再びお互いに笑い合った。
「おはようって言える相手がいるのは幸せね」
メイキの言葉に、シキはゆっくり頷いた。
◇◇◇
シキとメイキが眠った後、世界は少しずつ変化した。稚児山に捨てられた子らがメイキの作った森を少しづつ広げていったのだ。
大気も海も、人口が減り、汚す者がいなくなった事により、徐々に浄化されていった。
少しずつ、空の青さも見えるようになった。街に住んでいた人々も、口減らしにと捨てた子らに謝罪し、森の植物を街近くにも植えてもらうよう頼んだ。イチト達は和解は出来ないが、取引になら応じるとし、服などの日用品と引き換えに、街近くへの植樹を行った。
徐々に大地には自然が戻り始めたが、完全に回復した地球を見る事はイチト達の代では無理だ。それでも頑張っているイチト達を少し離れた所から、見守り支えている二人組がいる事は、彼らには内緒だ。