6.眠り
シキとメイキはどんどん人がいる所から離れて行った。稚児山で植物を尋常でない量を育てたのだ。逃げた方角はバレただろう。
(しかし、弱ったな。力を使い過ぎたかな)
力を一定量つかうと、メイキは10年の眠りについてしまう。早く離れて安全な場所に隠れたかったのだ。メイキ達が乗っている馬型の植物である植馬も、メイキの力で保っているが、恐らく限界が近いだろう。メイキやシキと違い、植馬は眠りにつかず、そのまま枯れてしまう。
途中、少し方角をずらしたりしながら、3日間走った所で木造の小さな一軒家を見つけた。近くには岩壁があり、岩壁の下には洞窟があった。シキとメイキは植馬の限界を感じ、この地に落ち着く事にした。
家は砂埃だらけだが、二部屋あるだけのこじんまりとした家で立派な木材が使われており、風化はあまり進んではいなかった。
洞窟内部には、岩から水が湧き出ている箇所があり、水源の確保もできる。
家の掃除をし、光華を部屋の中に飾り二人はやっと落ち着いた。やっとここまで来た。逃亡中、稚児山の近くにまで行ったが、シキにかけられた呪いのような命令は発動しなかった。このまま、静かに生活出来ればいいのだけれど。やっとここまで来たのに、メイキには時間がなかった。
数日間、二人は庭にいくつかの植物を植えたり家の中にある物を物色したりした。
家の中には『日本の風景』という写真集があった。だいぶ、ぼろぼろになり色も褪せてきていたが、二人は楽しそうにその写真集を見た。シキが特に気に入ったのは、真っ青な空と一面に咲き乱れる爽やかなネモフィラの花畑。その青のグラデーションに釘付けとなっていた。
「綺麗だね。一度でいいからこんな景色が見てみたいよ」
「そうだね。ふふっその願いは私も叶えたいなぁ。シキと見てみたい。ねぇシキ、シキが眠りについて記憶を無くしたとしても、このネモフィラの花畑を見たら私の事を思い出してね」
メイキと違い、シキは眠りにつくと、目覚めた時に過去の記憶を失っていた。それは心優しいシキの人の命を奪った罪悪感から自ら記憶に蓋をしてしまうのだ。忘れますように、死ねますように…。それを祈り眠りについていたが、今はメイキがいる。自分を支えシキが殺してしまう事もなく隣に並び微笑んでくれている。
「ああ。必ずメイキの事を思い出すよ」
誓いの証のように、静かにメイキにキスをした。優しく触れる程度の口付けに、ゆっくり離れていく口元を眺めながらメイキは嬉しそうに微笑んでいた。その顔を見て、シキは額同士をくっつけて二人楽しそうにクスクスと笑い合った。
とても平和で幸せな時間だった。
そんな日が数日過ぎたある日、居間で二人並んで座り、ハーブの入った水を飲みながらくつろいでいる時に、メイキがゆったりとした口調で話し始めた。
「ねぇ、シキ、一つだけお願いがあるんだけど」
「ん?何?」
光華の明かりに照らされたメイキの顔は、酷く優しく哀しそうな顔をしていた。
「私はたぶん、もう少ししたら眠りにつくわ。その時にね… 」
一口、心を落ち着かせるようにハーブ水を飲みメイキはシキに言った。
「シキの事、殺させて欲しい」
シキの目をしっかりと見つめてメイキは言った。そのメイキの目を見つめ返しながら、
「うん。その時はお願いします」
微笑みながら、メイキへと答えた。
メイキのこの発言の意味は何なのか。愛情なのか自分が眠っている間にシキが他の人間に取られない為の独占欲や所有欲なのか、ただ、自分と同族のシキをこの世界に一人残していく事への不安や同情心なのかメイキには分からなかった。ただ、シキを自分の物にしたいという気持ちは間違いなくあった。シキもメイキを誰かに渡す気は無く、一緒に眠りにつけるなら嬉しいと考えていた。
シキを殺してしまう罪悪感、メイキに殺させる罪悪感。それぞれが罪悪感に悩まされながらも、それでも、シキを眠りにつかせる事に変更はなかった。罪悪感を忘れようとするようにどちらともなく深い深い口付けを交わした。
数日後、もうそろそろ限界だと判断したメイキは、座るシキを見下ろしていた。
「シキ、やるよ」
「うん、メイキ、お願い」
研究者達を殺したが、メイキは決して攻撃的な性格をしているわけではない。震える手でしっかりと短剣を握りしめているのがシキにもわかった。
「メイキ、結婚って知ってる?」
突然、優しい愛しむ様な顔で言ったシキの場違いな発言に、メイキは呆けた顔をした。
「知ってるけど…男の人と女の人がする行事よね?」
「なんで結婚するのか知ってる?」
「…… 知らない」
「大切にしたいって思える人ができた時に、大切にしますって言う宣言だと思うんだ。今はメイキに守られてばかりかもしれないけど、必ず大切にするから、目が覚めたら結婚してほしい」
元々、大きな目をさらに大きく見開き、メイキはシキを見つめた。この間まで死ぬ事を考えていたシキが、未来を見始めてくれた。ここでの穏やかな時間の生活がシキの心を落ち着かせてくれたのだろうか。
一緒に生きていくシキの穏やかな笑顔がメイキは嬉しくてたまらなかった。
「うん。シキ。それなら、私の事を忘れないでね。私の事を思い出してね。目が覚めたら、もっとお互いの事を話して知ろうね。そしたら、また、結婚してほしいって言ってね」
嬉し泣き。メイキ初めて知る感情に涙が止まらなかった。それはシキも同じだった。お互い満面の笑みに涙を流しながら覚悟を決めた。
「おやすみ、メイキ」
「おやすみ、シキ、良い夢を」
メイキは一気に短剣を振り下ろした。