4.捨てられた子達
シキとメイキは、馬型の植物に乗り、夜の闇の中を歩くよりも少し早いくらいのスピードで駆け抜けた。霞のため、日中は太陽の明かりを通してくれるが、夜は星の輝きや月の明かりを通す事はない。時間をかけてメイキが光華を道標となるように点々と植えていたのだ。夜の内にある程度距離をとり、日が出たら一気に駆け出す予定だ。
メイキが自分の意思で逃げ出すなどとは思っていないだろうから、脱出は楽だったが、シキの元に行った研究者が戻らない事を疑問に思い、洞窟に行かれたら脱走がバレるのは時間の問題だ。
ゆっくりと、しかしできる限り早い速度で移動していた。かなりの時間を走ったと思う。そうしていると荒地の向こう側から、黒い靄に遮られながらも徐々に明るさが増してくる。日の出だ。
明るくなったのを合図に移動速度を一気に上げた。光華という目印があるため、早めに離れた方が良いと判断したのだ。明るくなって周囲が見え始めた。目の前は見渡す限りの荒野が続く。こんな時、植物人間で良かったと思う。人間と比べ疲れ知らずだからだ。
昼間になったであろう頃に見つけた岩陰でようやく休憩を取る事にした。
「水を飲んでおこうか」
メイキは、竹を切って作った水筒を座り込んでいるシキへと差し出した。メイキはシキがずっと何やら思い悩んだ表情をしているのが気になった。
「シキ何を考えてるの?」
メイキの一言に、シキはゆっくりと顔を上げ答えた。
「この先に、捨てられた子供達の村があるんだ。そこに寄ることは出来ないかな」
「どういう事?復讐しに行きたいの?」
「違うよ。俺は捨てられた子供達を何人も殺してきた。その罪滅ぼしではないけれど、何かしてあげたいんだ」
あれだけ人間に痛めつけられて、まだ人の心配をするのか。その言葉を聞いて、メイキは心底呆れた視線を送った。そんな視線も気にせず何やら意を決したような顔をしたシキを見下ろした。
「何をするの?捨てられた子供達って事はシキの殺害対象でしょ?近づいて殺さない保証はないでしょ?近づかない方が彼らの為って事もあると思うよ」
メイキの一言に何も言い返せずじっと地面を見つめつづけているシキを再び呆れた目で見下ろした。
(当然、善意の気持ちもあるのだろうけど助けたいって言うより、贖罪の気持ちが強いんだろうな)
長い時間たくさんの人の命を奪ってきた。その気持ちにずっと悩まされてきたのだから。それでも、シキを操っていた人間が悪いのだから、ここではその気持ちを捨ててもらいたい。
「シキの気持ちがわからないわけじゃない。でも、人間に遭遇する事は私達の身を危険に晒すってわかってるよね?」
「俺達は不死だ。俺は死ぬのは怖くない」
メイキが同意してくれない事に不満と言うよりは落ち込んでいる漆黒の瞳が、じっと自らより高い位置にあるメイキの瞳を見る。透き通ったその色が微かに上目で窺ってくるのに、メイキは静かに溜息をついた。
「…… 行動は日が落ちてから。私達の姿は絶対に見られないようにする。それでもいい?」
シキはきゅっと唇を噤みながら、こくりと頷いた。
◇◇◇
稚児山と呼ばれる『余った子供を捨てる場所』は、高台に立つ元病院の事を指していた。まだ病院として機能していた頃は津波対策なのか山の中腹を削った場所にあり、大きな建物は一部風化し崩れかかっていたが、個室やベッド、机や椅子などがボロボロになりながらも残っていた。
この稚児山には、メイキの予想を遥かに上回る生き残りがいて正直驚いた。人間のしぶとさを垣間見た。小さい子から20歳くらいの子まで年齢は様々だったが最年長であるイチトをリーダーとし統制が取れた生活をしていた。作業を分担し年上の男達により動物を狩猟する『狩猟隊』、年上の女性と10歳前後の男の子達による近場で植物や水を取ってくる『採取体』が結成されていた。
「イチト、ちょっといいか?」
外から戻ってきた狩猟隊の隊長レンと、採取隊の隊長サクラが神妙な面持ちでイチトの元を訪れた。イチトにはどんな用件か聞かなくてもわかっていた。近くの椅子に座るよう顎で促し、自身も対面になるよう座った。
「ほとんど捕れなかったよ、獲物」
「植物も近くにはなかったよ。新しい水場も見つからない」
狩猟隊と採取隊が持ち帰って来るものがどんどん少なくなっている。
「食料も残り少ない。水は何とかなっても食べ物が少ないとどうしようもない」
奇跡的に近くの洞窟の奥で岩塩と地下水が湧き出ている場所が見つかった。そのおかげでなんとか生き延びていたのだ。しかし、食料が見つからない。太陽光を遮る靄と荒野から徐々に砂漠化が始まってしまった大地に植物は育たず、動物も数を減らした。
静かに、何か達観したかのような声でイチトは言った。
「草や木も育ちゃしないんだ。食いもんなんて見つからないだろ」
「…… ねぇ、私達ってどうなるのかな」
「…… 」
「言うなよ。もう。言ってもどうしようもない」
イチトに食糧難の相談を持ちかけた2人だが、相談した所で意味がないのはわかっていた。解決策などないのだ。それでも、口に出さずにはいられなかった。
「とりあえず、食料については明日みんなで話そう。今よりも食べる量が減ることに納得してもらわないとな」
イチトの言葉を聞き、サクラは黙り込みながら胸元のお守りを握りしめた。街を出される時に母が唯一サクラに持たせた物だ。
「もうどうしようもないだろ。俺達には縋る物なんてないんだから」
サクラの握りしめる物を蔑みの目で見つめながら、イチトはまるで独り言のように呟いた。
レンとサクラが出て行き、イチトは部屋に1人になると大きく溜息を吐きながら窓辺の椅子に腰掛けた。そこから見えるのは茶色い荒廃した大地。
(面倒くさいな)
面倒くさい。もう全てが面倒くさい。こんな世界で子供ばかりの集団がどうすればいいのか。必死で生きてきたが生活が一向に改善されることはなく、むしろどうしようもなくなっている。イチトは途方に暮れてしまっていた。自力でどうする事もできず、しかし頼りにされる状況に、もう諦めてしまっていた。
(後は死を待つのみか…)
早く死にたい。そんな事を考えるようになってしまった。
どうせ世界はこのままだ。乾いた砂の大地が変わる事などない。もう今更、何を足掻いて生きていけって言うんだ。もう、今日という日をただ生きて行くしか無い。
俺も皆んなも、ここで死んで崩れて砂の一部になってそしてまた砂漠が増える。人間なんて皆んな、結局は砂の一部にすぎないんだ。ただそれだけの存在だ。化け物でも無い限りどうしようもないんだ。
暗くなっていく外の風景を見ながら、抱えた膝に顔を埋め、イチトは静かに死を願っていた。