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今日、たまが死んだ  作者: 三羽高明


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今日、たまが死んだ

【十月十日 晴れ】 


 今日、たまが死んだ。


 私とたまの出会いは半年ほど前のことだった。


 当時の私は実家を出て一人暮らしを始めたばかりだった。家族と会えないのも寂しいが、特に辛かったのは、実家で飼っていた猫のたまに会えなくなったことだ。


 たまは、本当に賢くて可愛い猫だった。少し長めの真っ黒の毛と、まん丸の目。私が遊んでやると、可愛い声でにゃーにゃーと鳴いていた。


 悲劇が起こったのは、私が一人暮らしを始めてから三日も経たない日のことだった。実家から、たまが死んだと連絡があったのだ。


 たまは、確かにおばあさんだった。だから、心のどこかでは、もうあの子は長くないかもしれないと覚悟はしていた。でも、私は想像以上に打ちのめされた。


 もうたまがいない。もうたまには会えない。


 そんなふうに考えながら、私は胸の中にぽっかりと穴が空いてしまったような気分で日々を過ごしていた。


 そんな時、たまが私の目の前に再び現れたのだ。


 たまは、誰かに捨てられたのか、雨の降る街路樹の下で、ボロボロになってないていた。


 あまりにもよく似ていた。きっと、私がとても沈んだ気持ちで毎日を過ごしていたものだから、天国に行ってしまったたまが慰めに戻って来てくれたのだろうと思った。


 私はたまを拾った。私のためにこの世に来てくれたのだから、そうするのが当然だった。たまも、大人しく私についてきた。


 そして、そこから私とたまの生活が始まったのだ。


 でも、たまには昔の記憶がないようだった。あの子は最初、私に打ち解けてくれなかったのだ。


 それに、前の飼い主にも余程ひどい目に遭わされたのだろう。私が手ずから食事を与えようとしても拒否し、綺麗にしてやろうと思って風呂に入れようとしても、散々抵抗した。


 私の手には、たまにつけられた引っ掻き傷がいくつもできた。だが、私は腹を立てなかった。この子は人間に対して不信感を抱いているだけなのだ。私がたっぷりと愛情を注いでやれば、きっといつか心を開いてくれるだろう。そんなふうに思ったからだ。


 私はたまに首輪を買ってやって、毎日ブラッシングしてやり、餌箱を用意し、ふかふかの寝床を準備した。


 そうやって過ごす内に、たまは随分と大人しくなった。私の愛が届いた証拠だ。私は嬉しくてたまらなかった。


 たまが自分から甘えてくる日も、近いだろうと確信していた。


 そんなたまが今日、死んだ。


 転落死だった。


 今日、私が外出先から帰ってくると、ベランダに続く窓が開いていた。どうやらうっかり閉め忘れていたらしい。どことなく嫌な予感を覚えながら、私はすぐさま窓の下を見た。


 そこに、たまはいた。あの子は猫のくせにドジだから、着地を誤ったのだろう。滅多に人の通らない薄暗い路地のコンクリートの上で、頭から血を流したまま、あの子はピクリとも動いていなかった。


 私はあの子の小さな体を抱えて泣いた。そして泣きながら、遺骸をアパートの裏にある空き地に埋めた。そして、その上に石を乗せて即席の墓にした。


 そんなことをしている間、私はずっとたまとの楽しい日々を思い出していた。

 

 だが、その日々が帰ってくることはもうなかった。たまは死んだ。もうどこにもいない。


 気持ちの整理をつけたくて日記を始めてみたけれど、ちっとも心は晴れなかった。こうしてペンを動かしている間も、涙が止まらないのだ。

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