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涙うさぎは満月の夢を見る






 ♪うーさぎ うさぎ


 なに見て跳ねる


 十五夜お月様 見て 跳ねる……────








 ────西暦2x15年4月15日。



 その伝説は、ある日現実のものとなる。



 永年の調査の結果、WASA世界宇宙航空共同研究開発局は、人類が本格的に月に移住できるとういう研究結果を発表した。


 このところ世界各地では異常気象や天変地異が立て続けに起こり、暗闇の増していく世界に危機を感じた人々は、新たなる住処を求めて競うように宇宙開発に勤しんでいた。


 そんな中舞い込んだこのニュースは世界中の人々に大いなる夢と希望を与え、人々は新たに生まれた可能性に皆歓喜した。


 お祝いムードの中、各国から大々的な開発チームが続々と月に向けて送り込まれ、移住に向けた準備が進められた。





 これにより、人々は出会ってしまったのだ。


 月に隠れ住んでいた先住民族『兎人(うひと)』の存在に────。





 その先住民族は、大まかな見た目は地球人と変わりなかった。しかし、頭上にはうさぎのような長い耳、お尻にはふさふさの尻尾が生えていた。兎人は皆、生まれながらに身体能力が高く、跳躍や走りがとても得意な種族であった。



 兎人と地球人は最初こそお互いに驚きはしたものの、次第に打ち解けあい、友好を深めていった。


 そんなある日、兎人は地球人から「地球に来てみないか」という提案を受ける。


 聞くにあの青い星には、何十億もの数多の命が存在し、この月では見たこともない高度な文明が築かれているという。「月を住みやすくする代わりに少しの間地球に移り住んで欲しい」「君たち兎人を地球人は盛大に歓迎するだろう」そんな言葉を信じ、当時の兎人の族長は快くその申し出に応じたのだった。


 そして、兎人の族長は、宇宙旅行に耐え得る体力が充分にあるものを大勢連れて地球に旅立った。


 地球にやってきた彼らは聞かされていた通りの大歓声の中迎えられる事となる。


 月から来たという世にも珍しい種族を一目見ようと世界中から人々が駆けつけたのだ。



 会場は豪華なレットカーペットが敷かれ、一国の要人を迎える時以上の警備と報道陣に囲まれた中、彼らは地球に降り立った。



 ────その瞬間、人々は息を呑んだ。


 まるで世界中の人々が示し合わせたかのように、その場に数秒間の沈黙が流れたのだ。


 なぜなら、兎人の姿は、人類の想像よりも遥かに美しかったからである……────。



 すらりと伸びた手足に、透き通るような白い肌。夜空の輝きを閉じ込めたかのように輝く瞳は見つめ合えば吸い込まれそうだ。艶やかな髪は上質な絹糸のようで風になびくたびに月の光を浴びて輝いた。


 まるで、この世の神が舞い降りたかのような光景に言葉を失っていた会場は、次の瞬間割れんばかりの歓声で溢れかえった。



 それから数ヶ月間、全世界が日夜問わず月の人々を歓迎し、世界中がお祭り騒ぎだった。


 その美しさに魅了された人々から、兎人には多くの贈り物が寄せられていた。

 金銀財宝、至極のグルメ、月では見たことのない道具の数々……果てにはこの地球の土地や身分に教育、そして自治権が与えられたのだ。


 兎人達にとっては、目にするものが全て真新しく、なに不自由なく暮らせる楽しい世界に来れたという幸運に皆感謝した。


 手厚い待遇に感動した兎人達は、自分たちにできることがあるならばと、月で暮らすための技術を地球人に惜しみなく教え、月の開発にも大いに貢献した。



 ただ一つ、誤算があったとすれば、兎人たちは知らなかったのだ。人間が欲深い生き物であるということを────。





 兎人が移住し、3年ほど経ったある日、事件は起こった。

 人間の学校に通わせていた兎人の少女が、集団で行方不明になったのである。これまで数人が迷子になるなどということはよくあったのだが、まとめて行方不明になるなどということはなかった。


 兎人の大人たちは必死で少女達を探し回った。しかし、唯一見つかった少女は、何者かに酷く凌辱され、瞳を見開いたまま冷たくなっていた。


 兎人の族長は激しく怒り狂い、首謀者のアジトを突き止めると、腕の立つものを数人連れて復讐せんと乗り込んだ。


 頭を叩けば全てが終わる。その戦いで姿を見せたのは、兎人の自治区と人間の世界の橋渡しをしていた人物、この地球に来ないかと穏やかな笑顔で語っていた人物その人であった。


 兎人は最初から騙されていたのだ。失意の中、精鋭達は奮闘したが、数の暴力の前に頭に近づくことさえ出来ずに無念のまま散っていった。



 時を同じくして、兎人の中で奇妙な病が相次いでいた。兎人の大人達が、突然血を吐いて倒れたのである。一定の年齢以上のものにだけ症状が現れ、時をおかずに皆亡くなってしまった。


 月から地球に生活環境が変わったことが原因とされているが、詳細のついては分からず仕舞いだった。


 この二つの事件のせいで子供ばかり残った兎人一族の命運は、族長の子供である、わずか14歳の少年と9歳の少女に委ねられることとなったのである。


 冷たくなった大人達に泣きすがる子供達。突然突きつけられた悲しい現実を、兄妹は身を寄せ合いただ呆然と見ている事しか出来なかった。






 月日は流れ、兎人が地球にやってきて10年が過ぎた────。



 まだ幼かった少年少女も、もう大人の仲間入りをする。兄は今年21歳、妹は16歳の高校生に成長していた。


 この10年で兎人を取り巻く環境は大きく変わっていた。故郷の月は、最早人間の独裁地区に変わっており、兎人は月に帰ることも出来ずに、人に混じり社会の片隅にひっそりと生きていた。


 女も男も見つかれば、捕まり、奴隷として金持ちに売られた。美しい兎人はいつしか金と権力の象徴になっていた。


 兎人の中には身体を売って生計を立てているものもおり、いつしか人々からは軽蔑の目で見られるようになっていた。



 そんなある日。兎人を所有していた金持ち達が突然、連続して不可解な死を遂げる。この事件には兎人が関わっていたと報道され、社会は兎人を気味悪がり排除するような空気が流れた。


 そんな不名誉な噂がささやかれる中、兎人の族長は兎人の社会的立場をなんとか回復しようと奔走した。

 その類稀な容姿を生かし、血を吐くような努力の末、イケメンタレントとして有名になり、まだ幼い子供が残る兎人一族の資金源を支えていた。


 一方、母の愛をろくに知らぬまま、母親と生き別れた族長の妹は、月に帰りたいと夜な夜な泣くばかりであった。


 族長の母親は次の子供を身篭っていた上に病弱であったため、地球へ来る事が出来なかったのである。


 妹は、いつか月に帰ることが出来る。それだけを信じ、この地獄とも思える日々をひたすら耐え続けているのだ。



 この物語は、泣き虫な兎人の少女と人間の男の子の種族を超えた恋のお話……。


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