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5.成瀬美月

 


 翌朝、私はお弁当用のバジル焼きを、蓮は朝ご飯用の目玉焼きを焼いていた。


 どちらもフライパンを使うわけで……肩が触れそうなほど……いや、触れて立っている。


 朝から距離が近過ぎて、ついつい離れてしまいそうになる。


 しかし、バジル焼きから目を離すわけにはいかないので、バジル焼きのためだ、バジル焼きのためだと言い聞かせて無心を貫く。



 むくみという言葉を全く知らない蓮は、朝から眩しすぎるほどの美形だ。

 しかし、まだ少し眠たそうなその顔は私をきゅんきゅんさせるには十分だった。


 そんな蓮は器用に目玉焼きを焼いている。


 綺麗な形を保ったままの目玉焼きを見て懐かしく思う。



「相変わらず上手だね、目玉焼き」


「まぁ、そうだな。……それなら今度は美月が卵焼きを作る番だな」


「……また今度ね」



 幼い頃から、私は卵焼き担当、蓮は目玉焼き担当だった。


 2人とも教えてもらった料理はほとんど悩む事なくできたのだが、この2つだけ違ったのだ。

 蓮はかなり器用、私はそこそこ器用として生まれたのに、なんとも不思議である。

 途中から蓮のお母さんも教えるのは諦めて、目玉焼きと卵焼きを食べたいときは2人で協力して作りなさいという始末だ。


「蓮が目玉焼き作れて良かった」


「それは俺も言えるかな。美月が卵焼き作れて良かった」


 変わらず蓮もまだ卵焼きを作れないことが、少しだけ嬉しかったりする。


 私の役割があるようで……。


 蓮の役に立てるような気がして……。







 今日もまた蓮と一緒に登校する。


 同じところに住んでいるのに、別々に登校するという選択肢は私たちには無かった。


 道ゆく人、すれ違う人にことごとく凝視されているような気がするが、もう気にしないことにした。


 気にした方が損だ。


「……帰りは俺、美月のクラスに行かない方が良い?」


「え?」


「いや、なんか昨日は目立ってたから。美月が嫌だったらやめるけど……」


 そうね……、と呟きながら考える。

 確かに蓮が私のクラスに来ると目立つ。

 この上なく目立つ。

 多くの人の目に晒されるのはあまり好きではない。



 だけど……。


 私はそっと隣の人を盗み見る。


 ここで私が来て欲しいと言ったら、毎日迎えに来てくれるのだろうか。


 蓮のことだ。

 何か特別なことがない限り、来てくれるだろう。


 目立つことと蓮の迎えを天秤にかけたら、それはあっという間に傾く。


「……嫌、じゃない。……迎えに、来てくれる?」


 今度はしっかりと蓮を見上げてお願いすれば、蓮は少しだけ微笑む。


「分かった」


 その顔が綺麗で、完成された美で、私は頬に熱が帯びるのを誤魔化すように言葉を続けた。


「で、でも、掃除当番の時とかは先帰って良いからね」


「了解」


 蓮の心地よい低い声が脳に反響する。


 ダメだよ神様!!

 イケメンに良い声を与えては!!


 思えば、この人はだいぶ与えられ過ぎている。


 誰もが振り返るこの容姿に、天才的な頭、非凡な運動神経、そこら辺の女子以上の料理スキル、美しい両親、可愛い妹たち……etc


 あぁ、列挙してみると私の幼馴染は超人であることが嫌でも分かる。


 本当に何でも出来るのね……。


 逆に蓮が出来ないことが思いつかない。


 それこそ、卵焼きが焼けない、くらいしか。


「……蓮って、何でもできるよね」


「んー、いや、出来ないことだって沢山ある」


「え? 例えば?」


 意外な言葉にびっくりする。


「三味線とか尺八とか、できない」


「いや、それ普通は出来ないよね」


「楽器は結構出来ないのが多い。ピアノ、ヴァイオリン、フルート、ギター、クラリネット、ドラム以外は無理だ」


 ……やっぱり私の幼馴染は天才だった。



 





「美月!」


 蓮と教室の前で別れれば、すぐに花恋が抱きついてくる。


「おはよう、花恋」


「今日も流川くんと登校ですか……」


 ニヤニヤとし始めた花恋に私はため息をつく。


「だから、本当にそういうのじゃないからね」


「うーん、まぁそれは分かったけど……」



 ……好きなんでしょ?……



 耳元で囁かれた言葉に固まってしまう。


「な、なん、で……?」


 あぁ!! 動揺がもろに出てしまった!


「ふふ、親友を舐めるんじゃないってことね。それくらい分かるわよ」


 花恋はもう確信している。

 何でもお見通しの親友に私は屈した。


「……そんなに分かりやすいかな……私」


 蓮ほどではないけれど、私もそこまで喜怒哀楽を顔に出す人間では無かったと思うのだけれど。


「まぁ、側からみれば普通だけど……。男子とあんまり話してない美月があそこまで仲良くしてたら、気付く人もいるかもね……」


「え、えぇ」


 確かに私はあまり男子と話さない。

 告白も全て断ってきた。

 なんて言ったって、私は蓮が好きなのだから。

 蓮以外の男子にあまり興味が無かったのだ。


「慈愛の女神様にもとうとう恋が……」


「慈愛の女神?」


「美月のことみんなそう呼んでるの、知らないの?」


「ええ? まさか」


 ……本当なんだけどな。


 花恋の呟きは美月には聞こえていなかった。




 2年B級成瀬美月……彼女は学園1の美貌とその優しい性格から慈愛の女神と呼ばれていた。


 勿論のこと男子からの人気は高く、これまで告白した人数は全生徒告白された回数トップの数を誇る。


 どんなイケメンの告白も断る美月はその穏やかな性格から女子にも好かれやすく、美の象徴として一部からは崇められていた。


 それを、美月は何も知らない……。




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