4.始業式〜昼〜
「それでは今日はこれで終わり! 皆お疲れ様!!」
テレビでの始業式も終わり、先生からの連絡事項も伝え終わり、今日の学校はあっという間に終わる。
先生が解散の合図をすると、ダダダダっと私の机に人が集まる。
「美月! 美月!! 今朝の人、誰?」
1番初めにやってきたのは親友である椎名花恋。
彼女の問いかけに皆が私の答えを静かに待っている。
「……転校生」
「いや、それは分かるの! 美月とどういう関係なのってこと」
「関係……?」
「ほら、付き合っている、とか!? あんなに告白を断り続けてた美月にもとうとう……!」
「違う!! 違うの!!」
早速誤解されている。
私は慌てて否定して……自分で悲しくなった。
「照れちゃって……!」
「いや、本当に違うの! 蓮は、昔からの知り合いなだけで……」
信じてくれない花恋に必死に弁解する。
しかし、皆は私の言葉に動揺していた。
何かやらかしてしまったかととっても不安になる。
「……ど、どうしたの……?」
「え、いや、ほら、美月が男子のこと名前で呼ぶの初めて聞いたから…………やっぱり……!」
「本当に違うから!」
そういえば、私が名前を呼ぶ男子は蓮だけだった。
失態を犯した……と思いつつも、どうしても流川くんと呼ぶのには違和感しかなくて、蓮呼びをやめることはできなそうだ。
花恋の周りにいた子が口を開きかけた時、教室の前の扉から声が聞こえた。
「美月、いる?」
あぁ、救世主だ!!
「いる!」
私はすぐさま鞄に荷物を詰め込む。
「帰れる?」
「うん、帰れる帰れる」
私を囲んでいたクラスメイトたちが蓮の方へ向いている間に私はサッとすり抜け、蓮のもとへ向かった。
「……ごめん、話してた?」
「ううん。全然良いの。早く帰ろ」
つい蓮の手首を引っ張ってしまいそうになって、冷や汗を掻く。
ここでのボディータッチは危険すぎる。誤解を招きすぎる。
私は振り返らず、廊下に出た。
廊下には、不自然なほど多い女子。
「じゃぁ美月、帰ろ」
「……うん」
もうやだこの人。
なんでこんなに女子たちを惹きつけるのよ!!
皆自然を装っているがその目は確かに蓮の方へ向いていて。
必然的に私もそこに晒される。
……もう早く帰りたい。
「美月、大丈夫か?」
蓮が急に私の顔を覗き込む。
一気に距離が近くなって私は頭が真っ白になる。
嫌だぁ!!
無自覚にこういうことをやってのけるのが流川蓮。
私がどんなにドキドキしているかも知らないで、ずるい! 酷い!!
……でも結局はそんなところも好きで、そんな行動も嬉しく感じてしまっているので何とも言えないのだけれど。
「だ、大丈夫だから……!」
これこそ誤解される。
私は必死に離れる。
ダメ……疲れた……。
「今日は久しぶりの学校だったからな。疲れたんだろ」
いや、誰のせいでこんなに疲れていると思っているの!!
「うん、疲れた。疲れたから早く帰ろ」
私は早く人が少ないところに行くべく、早足で廊下を歩き抜けたのだった。
「蓮はA級だったの?」
「そう」
蓮が作ってくれた絶品炒飯を口に運びながら尋ねる。
「そっか」
B級の私の隣のクラスだ。
「……初めて美月と離れて驚いた」
「あぁ、そういえば……」
幼稚園の3年間、小学校の6年間の合計9年間、一度もクラスが離れないという強運を持っていた私たちには初めてのことだ。
「そうだね。初めてだね、離れるの」
まぁ一緒に住んでいるのだから、少しくらい離れた方が良いと神様が言っているのかもしれない。
……少しだけ残念だという思いは消えないけれど。
「あ、そうだ。明日からお弁当だよな?」
「え、あぁ、そうそう」
自分で作ったわかめスープの味を確認しながら私は頷く。
「……夜のうちに用意しておくか」
「そう、だね。何作ろっか」
朝は朝ごはんだけできっと手一杯だ。
揚げるにしても、焼くにしても、下準備はしておく必要がある。
「美月の好きなもので良いよ」
「え、それは申し訳ない……」
「じゃぁ鶏肉のバジル焼きにしようか。丁度鶏肉あったし……」
……それ、私の好きなものじゃない。
結局私の好みに合わせてくるのが蓮である。
申し訳なさと嬉しさが交差する。
昔から変わらない、こんな優しいところが好きなのだ。
「お風呂、沸かしてくるね」
私はお風呂場に向かい、蛇口を捻る。
すぐにリビングに戻ると、蓮は既に包丁を片手に鶏肉を切っていた。
「流石、行動が早い!」
「それはどうも」
2人で笑い合えば、少しだけ昔に戻ったような気がする。
3年ぶりの再会に、いきなりの同居。
色々と突然過ぎて、私の心が追いついていなかった中、ようやく緊張が解れてきたような気がする。
「バジル、用意するね」
「よろしく」
蓮の横をすり抜け、バジルを棚から取り出す。
それにしても……、どうしてこんなに似合うの!?
蓮が着ているのは何の飾りもない黒いエプロン。
普通の人が来ていたら、ふぅん、の一言で終わってしまいそうなエプロンが蓮の手にかかるとこれだ。
これは、全女子が好きになってしまうじゃないの!!
今日のことも含めて、改めてこの人のかっこよさを実感する。
そんな中、皆の知らない蓮の幼少期、皆の知らない蓮の表情を知っているというだけで、嬉しくて仕方がない。
「どうかした?」
私の視線に気がついた蓮は私に話しかける。
その一つ一つの表情が見るのが幸せで。
「ううん。何でもない!」
「朝からそればっかりだな……」
この日々がいつまでも続いて欲しいと思っているのだ。