3.始業式〜朝〜
「おはよう」
「おは…………よう」
朝の紅茶を淹れていた私は、リビングにやってきた蓮を見て固まる。
「どうかした、か?」
視界には私の学校の制服を着た蓮。
……かっこいい。
何百人とその制服を着た生徒を見てきたはずなのに。
……どうしてこんなに素敵なんだろう。
これも恋というやつのせいか。
特別なフィルターがかかったようにキラキラと輝いている。
「い、いや……なんでも、ない」
「そっか」
蓮はキッチンに置いてあったサラダとトーストとベーコンをテーブルまで運んでくれる。
「ごめん。全部用意させて……」
「ううん。私が早起きなだけだから」
蓮も時間通りに起きれる人間なのだが、私が早起きすぎるのだ。
朝型人間である私は5時には確実に目が覚めてしまう。
紅茶を溢さないようにそろそろとテーブルまで運び、2人で席についた。
「いただきます」
「いただきます」
「じゃぁ、行こっか」
「ああ」
部屋に鍵をかけ、学校へ向けて歩き出す。
蓮のご両親と私の両親で借りたこの部屋は、学校から歩いて15分ほどの場所にあった。
「なんか、蓮と登校するの久しぶりだね」
「そうだな」
あの頃のランドセルは無いけれど、学校への道が久しぶりに楽しく感じた。
「今日は始業式、だったか?」
「うん、そう。……蓮のこと、教員室まで送るから」
「ありがと」
学校に近づくにつれ、同じ制服を着た人が増えてくる。
そして……皆が皆私たちに視線を向ける。
私は、すっかり忘れていたのだ。
隣にいるのが、俳優かモデルかと思われるほどの美形だということに。
「あ、あぁぁ……」
「ん? 美月、どうかした?」
「いや……うん、なんでもない」
質問攻めされる未来がパッと見えてしまって、私の気分は少しだけ落ち込む。
「あ、あの……蓮」
「うん」
「一緒に住んでいること、秘密にしてもらって良い?」
「それは、勿論」
「ごめん、ありがとう」
流石に同居がバレると大変なことになりそうなので、先に対策をしておく。
蓮は私が嫌なことは決してしない。その信頼があった。
校門を潜ると視線の量は更に増える。
見知った顔も、私に話しかけることはなく、遠くから私たちを見ていた。
それから…………何故か私たちを避けるように道があく。
「……流石は美月。学校でも人気なんだな」
原因の張本人である蓮は全く分かっていない。
「いや、これ蓮のせいだからね」
「え…………」
「私1人でもこんなにはならないし……」
確かによく見られているような感じは日頃から感じているけれど、こんなのは知らない。
「なにか目立つことしてたか? 日本の学校は久しぶりだから、カルチャーショックを受けそうで不安だ」
「…………大丈夫。何もやってない」
「そっか、それなら良かった」
ダメだ。
この人、自分の顔面偏差値の恐ろしさとスタイルお化けの脅威を自覚していない。
私は幼い頃から毎日のように見ていたので耐性がついているが、初見で見たら石化確定案件だと思う。
兄気質のくせに、妙なところで抜けているから困ったものだ。
……まぁ、そこも好きだったりするのだけれど。
「こっちね」
「始業前に色々とごめん。手間かけさせちゃって」
「ううん。全然大丈夫だから」
この人ならきっと校舎の中にポイっと放っておいても自分で教員室に行けてしまいそうだが、案内は私がしたい。
もう既に蓮に熱い視線を送っている女子生徒を見てしまったのだ。
最初の1ヶ月…………1週間は大丈夫だと踏んでいたのに、焦る。
どうしてこの人はこんなにモテてしまうのだろうか。
好きになった人の気持ちを考えて欲しい。
ハードルが上がるではないか、全く……。
「先生、おはようございます」
「あぁ、成瀬、おはよう。……そっちが転校生か」
「流川蓮です。今日からよろしくお願いします」
「ああ、成瀬、お前はもう教室へ行け。朝礼始まるぞ」
「分かりました。じゃぁ蓮、また後でね」
私は先生に蓮を預け、自分は教室へ向かう。
ここで、のこのこと教室へ行ってしまえば囲まれることは分かるので、チャイムの途中で教室に駆け込む作戦を立てる。
チャイムまではあと3分。
下手しても遅刻にはならないように、時間配分を考えながら少しずつ教室に近づいていく。
教室のある廊下まで来た時、チャイムが鳴り始めた。
私は廊下をダッシュする。
7回鳴るチャイムの5回目で教室に滑り込んだ。
「あら、成瀬さんが珍しいわね、ギリギリなんて」
「先生、おはようございます」
クラスメイト全員から見られるが、朝礼が始まるので誰も話しかけてこない。
作戦成功である。
まぁ、ずっと逃げられるとは思っていないのだけれど……。
所詮はその場しのぎの技だ。
自分の席に座り、先生の話を流しながら聞く。
先ほどからチラチラと視線を投げかけられているのが気になって仕方がない。
それでも私は気づかないフリを決め込んで、頬杖をつきながら前を見つめた。