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2.幼馴染



 私、成瀬美月と流川蓮の出会いは幼稚園の入園式だった。

 家は3つ隣で、2人の父は同じ会社、母は大学の同級生ときた。

 両親が親友と言って良いほど仲が良かった私たちの距離が近くなるのは必然だった。


「蓮くん! おはよう!」


「美月ちゃんおはよう」


 私たちは母と一緒に毎日幼稚園に行く。

 幼稚園では同じクラス、帰るのも一緒だった。


 私たちは共に過ごす中で、大親友となっていったのだ。




「美月、おはよう」


「蓮、おはよう!」


 小学生になっても、私たちは一緒に登校していた。

 私の両親が私1人で登校させるのは心配だと言ったところ、蓮が一緒に登校してくれることになったのだ。

 低学年の頃の癖が抜けず、結局私たちは6年間共に登校し続けることになる。


 蓮とは幼稚園と変わらず、小学校でも何かにつけて一緒だった。


 小学校の6年間は一度もクラスが離れることはなかったし、修学旅行の班もクラスの係も同じだった。


 そんな幼馴染の蓮は、共有する時間が長すぎて気がつかなかったけれど、とてもモテた。

 そのことに気がついたのは小学5年生の頃。


 恋愛に興味が湧き始める年頃、友達の話題に蓮はよく名前が出てくるようになる。


 蓮は勉強はでき、運動会ではリレーの選手をするような運動神経にも恵まれていた。

 それから何と言ってもあの容姿。

 小学生と幼いながらに、蓮の容姿は他を突き放していたのだ。


 私としては親友である蓮のことをそういった風には見えなかったが、周りは違った。


 感情的になることが少なく、表情があまり変わらないところがクールだとか、女子に対する態度が素敵だとか。


 私からすればもっと感情を表に出せば良いのに、と思ってしまうし、女子に対する態度も最低限の優しさはあるが素っ気無いように見える。


 はて、あやつのどこが良いのだ?


 と大層不思議だったものだ。



 私と彼の関係は例えるなら……まるで兄と妹のようだった。

 彼は妹が2人いるためか、面倒見が良かったのだ。


 勉強で分からないところがあれば、なんでも教えてくれた。


 苦手なトマトを残せば、食べなきゃダメだと叱ってくれた。


 修学旅行ではしゃいで夜更かしをして、帰りにウトウトとしてしまい、家までおぶってくれたこともある。



 その立場が逆転したのは、私が覚えている限り一度しかない。


「美月ちゃん、蓮くんがバレンタインのチョコレート受け取ってくれないの……」


 友達が私に泣きついてきた時は、怒った。


「蓮、ちゃんとチョコレートは受け取ってあげて!」


「いや……、美月の以外いらないし……」


「あのね、みんな一生懸命用意してきたんだよ。頑張って手作りしてきた子もいるの。それなのに受け取らないのはダメ!」


 そう叱った日から蓮はチョコレートをちゃんと受け取るようにしてくれた。




 そんな私と蓮の生活は突如終わった。


 小学校の卒業式の翌日、蓮は消えたのだ。


 母に聞けば、本当に急な転勤で海外に行ったのだと。


 お別れの言葉も言えず、卒業式の「また明日」という言葉で終わってしまった。


 しかし、その時はそこまでショックではなかった。

 母にお願いすればいつでも電話はできるし、住所も分かっているため手紙を書くこともできる。

 まだ繋がりはあるのだ、大丈夫だと思っていた。



 しかし、全く大丈夫では無かった。



 中学校の入学式、私は無意識のうちに蓮の家まで蓮を迎えに行った。

 誰もいない家の前まで来て、そうだ、蓮はいないのだと思い出す。


 1人で歩く学校への道は本当につまらなかった。



 クラス分けの表を見るときも、自分の名前があったクラスの最後まで見る。

 流川蓮、という名前が今年もあるのではないのかと。

 最後の渡辺まできて理解する。

 そうだ、蓮はいるわけがないのだと。



 入学式を終え、帰るときも、私は目で蓮のことを探していた。


「帰ろう」


 そう声をかけるために。


 しかし教室を見渡しても蓮の姿はない。



 私は何をやっているのだろう。

 蓮がいないのは分かっているはずなのに、無意識のうちに、本能のように、蓮を探してしまう。



 人は失ってからその大切さが分かる。



 この言葉の意味をしみじみと実感した。



 私のくだらない、オチも何もない話を相槌を打ちながら聞いてくれたのは蓮だった。

 授業のプリントを無くしても、いつも蓮が見せてくれた。

 毎朝、毎朝、挨拶をしてくれたのは蓮だ。



 隣がぽっかりと空いてしまったような喪失感に襲われる。



 会いたいなぁ。



 毎日会えていたあの頃がいかに幸せであったかをこの時になって初めて気づいた。


 寂しい、切ない、その感情はいつしか大好き、隣にいて欲しい、そんな感情に変わっていった。



 会いたくて、会いたくてたまらない。


 話したくて、話したくてたまらない。



 しかし、離れている時間が長くなるにつれ、距離感が分からなくなってしまい、電話も出来ず手紙も書けない。


 送られてくる年賀状を眺めることしかできなかった。


 何をしても、あぁ蓮がいたら、蓮だったら……と考えてしまう。



 名前を伏せてそのことを友達に相談すると言われた。


「それって、美月ちゃん恋してるんじゃない!?」


「……恋?」


「え、なになに? 美月に好きな人?」


「聞きたい聞きたい!!」



 私にはこれが恋なのか分からなかった。

 でも蓮のことが好きなのは確信していた。

 それが、幼馴染に向けるものなのか、それとも1人の異性へ抱いているものなのかは定かでは無かったのだけれど…………。




 ……だけれど、私は今日理解した。


「美月の味噌汁、美味しい」


「……ありがとう」


 初めて2人で作った夕食。


 蓮のお母さんは料理研究家で、幼い頃から私と蓮はよくお手伝いをしていた。

 そのため、私も蓮も料理はできる。


「蓮の煮物も美味しいよ」


「ありがと」


 向かい合って夕食をとっているのがなんとも緊張する。


 あの頃の私はどうしてあんなにペラペラとずっと話していられたのだろう。

 今は話題を探すのすら難しいのに。


「……蓮は、私と同じ高校に転入するんだよね?」


「ああ、試験は受けてきた」


「そっか」


 この人のことだ。

 それは優秀な成績を取って、全く問題なく転入確定だろう。


「テスト、簡単だったでしょ?」


「まぁ、英語とか数学とかは……。日本史は小学生の頃の知識しかないから難しかったな」


 ……いや、小学生の頃に習ったことを覚えているのが凄すぎる。


「また、蓮に勉強、教えてもらえるのが嬉しいな」


 彼は、頭の構造が凡人の私とは違う天才だ。

 定期考査前はお世話になるかもしれない。


「どうかな。美月の方がよくできるんじゃないか?」


「いやいや」


 そんなこと、ある訳ないじゃないですか。


 蓮が作ってくれた煮物を一つずつ大切に口に運びながら答える。


 蓮との生活にドキドキはしつつも、私はとても楽しみに感じていた。



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