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刀は要らぬ  作者: しいらしゆう
第1章
8/49

パンと藤吉郎でござる

 桶狭間の戦いから数日後、春日部にも人が戻ってきた。商人達も戦の終了を聞きつけ、中心街は活気を取り戻した。もちろん「べーかりー綾」もかなり賑わった。新商品のケーキがかなり売れたおかげで、俺は雇ってもらえることになった。

 ある日、俺のもとに一通の手紙が届いた。タケからのものだった。

( ヤスへ


 この前、急に出て行って悪かったな。俺は俺で上手くやってるから、お前もしっかりやれよ。

 もう聞いたと思うが、桶狭間の戦いは織田が勝った。奇襲は俺と藤吉郎が提案した。もしかしたら褒美がもらえるかも。

 まあ、今伝えるべきことはそんぐらいだ。時間があったら「べーかりー綾」にも行くぜ。

 じゃあまたな  

  タケ)



 俺はホッとした。織田軍もかなり被害を受けたと聞いていたので、タケが生きていると知って何より嬉しかった。

 でもタケにとってはこれがスタート地点だ。織田信長の快進撃はここから始まるのだ。きっとこれからタケはもっと忙しくなるだろう。

 俺は返事を書こうとしたのだが、どこに送ればいいか分からず諦めた。次会った時に聞こう。

 俺は時計を見た。もう朝も6時だ。そろそろ行かなくては。俺には朝から仕事がある。俺は家を出て店に入った。既に厨房には助丸さんと権兵衛さんが働いている。

「おはようございます」

「おはようございますヤス殿。これ、お願いいたします」

 権兵衛さんは俺に一切れの紙を渡した。これに、足りない材料が記入されている。俺の午前中の仕事は、このメモを見ながら材料の買い出しに行くことだ。今日は小麦粉だけでいいらしい。

「はい。確かに受けとりました」

 俺は外に行く用の着物に着替えて、メモを胸のあたりにしまった。最近は着物を自分で着られるようになってきた。最近はそういったところに成長を感じる。俺も少しだがこの世界に慣れてきた気もする。

「ちょっと、ヤスくん」

 綾さんが身支度をしている俺に声をかけた。

「今日ついて行ってもいい?」

「もちろん。助かるよ」

 俺は快諾した。

「行こっか」

 俺と綾さんは店を出た。まだ早い時間なのにも関わらず、太陽の光は容赦なく照り注いでいる。着物には半袖という概念がないため、夏場もこれで過ごさなければならないと考えると、少しゾッとした。

 俺らは南の方角へ歩き出した。たわいもない話をしながら、感触の良い土の道を延々と歩く。時折、町の人とすれ違う。大概はみんな、この前の戦について楽しそうに喋っていた。

「信長様はさすがじゃ!あっぱれじゃ!」

「今川を破るとは、信長様はもう無敵じゃな」

「信長様に逆らう奴など、打首じゃ!」

 信長を賛美する声がほとんどだ。町中がそんな声で溢れている。

「なんか、怖い」

「大丈夫、大丈夫」

 たまに飛び交う少々過激な言葉に彼女は怖がった。そんな綾さんを見て面白がって、さらに口調を強める馬鹿もいた。俺は心底腹立たしかった。

 人通りの少ない通りへ出ると、そんな雑音は聞こえなくなった。ひとまず安心した。

「信長ってどういう人なの?こんなに民衆の支持が集まるような人だったっけ?」

 綾さんは俺に聞いた。俺も同じことを疑問に思った。そもそも俺が歴史で習ったことだけから判断すると、信長は残酷なことを平気でやってしまうような野蛮な人間、というイメージだ。まさかこんなにも人気があるなんて思いもしなかった。

「いや、どうなんだろ....」

 俺は曖昧に答えるに留まった。信長に対する正しい知識を持ち合わせている自信は全くと言っていいほどない。

「このままいったたら、どうなっちゃうんだろ」

 綾さんは呟いた。

「もし本能寺の変が起こらなかったら、信長が天下統一しちゃうのかな」

 綾さんは信長の天下に乗り気ではないようだった。それは俺も同感だった。人を殺すような人間が国のトップになるのは間違っている気がする。それは信長に限って話ではないのだが。

 モヤモヤした気分のまま、さらに5分ほど進むと、いつもの買い出し先の店が見えてくる。メモを確認して、小麦粉を買う。適当に何枚か銅貨を渡した。

「毎度ありー」

 購入した小麦粉を肩に担いで、帰路についた。太陽はさっきよりも高く上り、さらに暑くなってきた。

「あっつーい」

 綾さんは店を出るとそう言った。

「店にエアコンついてないでしょ?これ夏大丈夫かなぁ」

 俺は思わず言ってしまった。機械に頼ろうとするのは現代人の悪い癖だ。この時代に生きる人を見れば一層自分が小さい人間なのだと痛感させられるのだ。

「エアコンとか言わないで。もっと暑く感じるから」

 綾さんは呆れたように俺に言った。俺は素直に謝った。

 俺と彼女はしばらく歩き続けたのだが、重い荷物を持っているせいで、俺はヘトヘトになってしまった。最近、運動量が足りていない。体力がだいぶ落ちている。

「変わるよ」

 と彼女は手伝おうとしてくれるのだが、そんなわけにもいかず、少し休ませてもらうことになった。人目のつかないところに荷物を置いて、自分も腰を下ろす。綾さんも随分疲れたみたいで、彼女もちょうどいい高さの岩に腰掛けた。

「買い出しって、俺が来る前誰が行ってたの?」

「権兵衛さん。彼、ほんの30分で帰ってくるのよ」

「そりゃすごい。俺は片道行くだけでも20分ぐらいかかるもん」

 すごいなぁ、権兵衛さん。体力は昔から自信があったのだが、彼には到底適いそうもない。

 5分ほど体を休めた。そろそろ行こうかという話になった。俺は荷物を担いだ。そして俺らはまた元の道を歩き出した。その時、向こうから藤吉郎さんが歩いてくるのが見えた。

「藤吉郎さん!」

 俺は声をかけた。

「ヤス殿!」

 藤吉郎さんは俺に駆け寄ってきてくれた。俺は小さく会釈をした。そして重い荷物を地面に下ろした。

「ヤス殿、元気でいらっしゃいましたか」

「はい。藤吉郎さんも大丈夫でしたか?もう帰ってきたんですか」

 藤吉郎さんは頭を掻いた。

「それが、かなり厳しい戦でありました故、かなり疲れ申したのだ」

「次の戦も近いんですか?」

「確かなことはわかりませぬが、今回のことで世の情勢は大きく変わりました故、すぐに争いが起こっても不思議でもおかしくはなかろう」

「そうなんですか....」

「タケ殿が心配か?それならご安心くだされ。タケ殿は某と一緒じゃ」

「それなら助かります。ありがとうございます」

「そちらの女性は、どちら様でござる?」

「あ、この人は綾さんです」

 俺は綾さんを藤吉郎さんに紹介した。

「あー。あの『べーかりー綾』の?」

 藤吉郎さんも綾さんのパン屋のことを知っていたようだ。

「はい。知っていただいてありがとうございます」

 綾さんは笑顔で答えた。

「あそこのパン、素晴らしく美味しいのでございます」

「俺、そこで働かせてくれることになったんです」

「そうでござるか!ではまた今度お伺い致そう」

「ありがとうございます」

 俺は礼を言った。

「そういえば、信長様が『べーかりー綾』のパンに大変興味を持っておられたな」

 藤吉郎さんは思い出したかのように言った。俺と綾さんはかなり驚いた。信長が自分たちのパンを知っているとはびっくりな事実だ。しかも興味を持ってくれるなんて、なかなかにすごいことではないか。

「明日、清州城に来ませぬか?」

 突然、藤吉郎さんは言った。

「はい?なぜ?」

「信長様に直接、パンを紹介なさってはいかがでしょうか。信長様に認められれば、開発資金などの援助もあり得ますし、商売の幅ももっと広がるかもしれませぬぞ」

 俺は綾さんの方を見た。パン屋はそもそも綾さんのものだ。彼女の言う通りにするのが筋だ。

「行きます!」

 綾さんは即答だった。

「そんな簡単に決めていいの?」

「儲かるかもしれないんでしょ?行くしかないじゃない」

 確かにそうかも。商売の世界で生き抜くにはそうしたチャレンジ精神を忘れないのも大事なのかもしれない。タケと似通ったところが彼女にもあった。

「ははは。ならば決まりじゃ。今日のうちに信長様にお伝えしておきまする。明日の正午、迎えに行かせていただきます」

「はい。ありがとうございます」

 ははは、と藤吉郎さんは豪快に笑った。

「そういえばヤス殿、またこれも大事な話なのじゃが」

「はい。どうされました」

「某、信長様から新しい名前を授かりました!」

 藤吉郎さんはとても嬉しそうであった。俺らのような現代人は、他人から名前をもらうという慣習はないので、かなり興味深く思った。

「何ていう名前ですか?」

「丹羽長秀殿と、柴田勝家殿から一文字ずつ....」

 その時、遠くの方から叫び声が聞こえた。同時に怒鳴り声が聞こえた。

「すまぬ、ヤス殿!某行かねばならぬ。明日はよろしく頼むぞ!」

 藤吉郎さんはそう言うと、その声のする方へ走っていった。俺は結局、彼の新しい名前を聞き損ねた。

「明日、教えてくれるかな?」

「うん。たぶん」

 俺はまた重い荷物を担いで、パン屋に帰った。

まだまだ続きます。

明日もよろしくお願いします!

ただ、もうストックが切れかけているので、一日休みをいただくかもしれません。ご了承ください。

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