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刀は要らぬ  作者: しいらしゆう
第2章
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トラブルでござる

「俺、大丈夫ですか....?」

 俺は痛みに苦しむながらも、医者らしき男に聞いた。喋ると背中がかなり痛む。

 そいつはニコッと笑って、

「大丈夫じゃ。そんなに深い傷ではござらん。1週間もすれば、痛みも完全に治るじゃろう」

 命に別状がないのは、確かに嬉しかったが、この痛みがあと1週間も続くと考えると、その地獄に俺は耐えられるかわからない。途中で精神がおかしくなるかもしれない。

 俺がそんなことを考え、不安を感じているとはつゆ知らず、彼は満面の笑みで俺を見ている。その顔に若干腹が立った。

「ヤス殿、まだ痛むか?」

「……、はい、かなり……」

「そうか……」

 秀吉さんは神妙な面持ちであった。そんな表情の彼を、俺は初めて見た。

「秀吉さん、俺は大丈夫らしいですよ。安心してください」

 俺は彼にそう言ったのだが、軽くうなずいただけで、その表情に変化は見られなかった。俺はどこか不思議に感じた。何かあったのだろうか、他に気になることが。

「綾殿、ちょっといいか?」

 秀吉さんは、俺に手を握っている綾さんに声をかけた。そして、建物の外に出て、とジャスチャーで彼女に伝えた。綾さんはキョトンとしたまま、俺の手をゆっくり離して、秀吉さんと共に建物の外に出た。

 秀吉さんと彼女は外で何をしているのろう。秀吉さんは何に引っかかって、あのような浮かない顔をしていたのだろう。俺は色々と疑問に思った。だが俺の体はこのように傷だらけで、全く身動きが取れない。俺は彼らを待つしかなかった。

 10分後、綾さんが1人で帰ってきた。

「あれ、秀吉さんは?」

 俺は彼女に聞いた。

「うん、ちょっとね」

 彼女は言葉を濁して、多くは語らなかった。秀吉さんに何かを吹き込まれたのだろうか。俺が何を言おうと、彼女はそのことについては頑なに口を開かなかった。

「じゃあ、また明日ね。バイバイ」

 その夜、彼女はそう言い残して宿に帰った。俺は1人、身動きの取れないまま取り残された。数時間おきに医者らしき人が見に来てくれるぐらいで、基本的には寂しい夜だった。ほとんど眠れなかった。

 俺の感情は、言葉には出来ないほど複雑なものだった。助けに来てくれた2人には感謝の念しかない。綾さんが手を握ってくれたおかげで、俺はなんとか意識を保つことができた。

 だが、秀吉さんは一体どうしてしまったのだろうか。俺の知らないところで、確実に何か問題が起きている。

「はぁ」

 俺はため息をついた。背中がまた痛んだ。

 まだ体は不自由のままだ。まず早く傷を治さねばならない。とにかく不安がたくさんあった。俺は悩みながら、長い長い夜を過ごした。

 翌朝、綾さんだけが俺を訪れた。秀吉さんはいない。しかし肝心の彼女も、表情は決していいものではなかった。

「おっはー」

 彼女は無理やり、上機嫌を装っているように見受けられる。だが不覚にも俺はそれを見破ってしまった。俺はぎこちなく笑い返した。

 俺は自分と彼女の間に、昨日はなかった壁のようなものを感じた。彼女はそばにいる。でもずっと遠くに離れているような気分なのだ。彼女に出会って以来、この感情は初めてのものだった。2人とも喋ろうとはせず、気まずい空気になった。

 俺はなんとかこの状況を脱したかった。だが、会話のキャッチボールは一向に続かず、ギクシャクした空気はさらに深刻化するばかりだった。

 昼頃になって、彼女も外出した。俺はなぜか気が楽になった。今は綾さんといるよりも、一人でぼーっとしている方が楽なのかもしれない。

「ヤス殿、調子はいかが?」

 医者は俺の様子を見に来た。

「特に何もないです。大丈夫です」

「そうか。はっはっはー」

 医者は大きな口を開けて笑った。いくら軽傷とはいえ、患者の前で笑うとは、なんとも不謹慎な話だ。

「お金の件は、しっかりと頼んだぞ」

 と、医者は去り際に言った。俺はその言葉に引っ掛かった。

「お金の件?そんなの知りませんけど」

「あれ、ご存じない? 付き人の方にはもうお話ししたのですがねー」

 医者は嫌味を含んだ言い方をした。下品な笑い方が気持ち悪い。

「教えていただきませんか?」

 俺は丁寧に聞いた。医者はまた変に笑いながら、

「あなた方、治療費を払う余裕がなかったのでござるよ」

「はい?」

 俺は驚きのあまり、思わず聞き返してしまった。医者は顔に不敵な笑みを浮かべた。

「あなた、治療費が払えなかったらどうなるか、ご存知ですか?」

「いや、わかりません....」

「先程もいらしていたあの子娘、身売りに出させていただきます」

 医者はそう言うと、また大きな声で笑った。俺は耳を疑った。もう俺は平常心ではいられなくなった。このヤブ医者に猛烈に腹が立った。俺の体が動かないことをいいことに、こいつは俺らを馬鹿にしている。

「期限は1週間でございます。あなたが退院するまでに費用が確保できなければ、そういうことになりますので」

 とだけ医者は言い残して、部屋を出ていった。俺は怒りを通り越した感情によって、ヤブ医者に言い返すことは出来なかった。

 今となっては、俺は彼女のことが気になって仕方がなかった。先程までの彼女にあれほど元気がなかったのは、きっとこのためだ。秀吉さんも彼女も、もしかたら今は身を粉にして働いているのかもしれない。

 それにしても、俺は彼らを危機的状況に追い込みすぎではないか。今更ながら、自責の念が襲いかかってくる。

 俺は吹き出るような感情を押さえつけながら、綾さんが帰ってくるのをひたすら待った。今、彼女は何をしているのか、気になって気になって仕方がない。早く帰ってきて欲しい。会って話がしたい。

 彼女は日が暮れるまで帰ってこなかった。

「ヤスくん、ごめんね、遅くなって」

 彼女は一段と疲れた様子で、俺の前に姿を現した。以前と同様、無理して元気な様子を演じているようだった。

「綾さん、あのヤブ医者から聞いたんだ、色々と」

 俺がそう言うと、綾さんはすっかり表情を曇らせ、

「そっか....」

 とその場に崩れ落ちるように、うずくまった。

「こうなったのも全部、俺のせいだ。謝っても謝りきれない。本当にごめん」

 俺は反省した。自分の行動がこんなにも人に悪影響を及ぼしてしまうなんて、考えもしなかった。俺は自分をひたすら責めた。馬鹿だ。

「もう無理だよ、私」

 綾さんは吐き捨てるように、そう呟いた。

「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの?」

「そう……だね」

 俺が招いた惨劇だ。もはや俺の言葉に説得力はない。命の危険を前に、泣き崩れる彼女を受け止めてあげることすらできない。

「ごめん……。今日はもう帰る」

「あ、うん。おやすみ……」

 彼女はそう言うと、重い足を引きずるように部屋から出て行った。その後ろ姿は、どんな物にも形容し難いほど切なく、重い重圧を背負っているように見えた。俺はそれを最後まで見届けると、込み上げてくるその責任感に押しつぶされそうになるのであった。

明日は休みます。すいません。

そろそろ、この小説の本題に移ります。主人公はついに、政治に足を踏み入れます!

次回にご期待ください!

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