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刀は要らぬ  作者: しいらしゆう
第2章
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曖昧な関係でござる

 鳥の鳴く声で目を覚ました。たった数時間の睡眠では長い旅の疲れは完全には取れず、起き上がると共に体が悲鳴を上げた。全身の節々に痛みが走る。

 俺は立ち上がって大きく伸びをした。多少はスッキリしたが、頭の中の眠気は依然として残ったままだ。

 俺は寝室を出て、宿屋の戸を開けた。昇りかけの太陽の光に照らされた町に霧がかかって、うっすらと歩く人の様子が見える。

「おはよ」

 綾さんは俺の背中を指で軽く突っついた。俺が振り向くと、彼女は大きなあくびをした。俺もつられてあくびをした。

「今何時?」

「今は……5時半」

 俺は手元の時計を確認して答えた。

「もうちょっと寝ていたいね」

「秀吉さん、起きてた?」

「えーっと、どうだったっけなぁ」

「あの人だったらもう起きて準備してるんじゃない?だって秀吉さんよ。後の豊臣秀吉よ」

 綾さんは面白おかしく言った。俺は思わず笑ってしまった。

「まさか藤吉郎さんが秀吉だなんて、思いもしなかった」

 俺は笑いながら答えた。まさか歴史上の最重要人物とこれほどまでに仲良くなれるだなんて、誰も考えもしない。しかも秀吉の若い頃の名前なんて知っているはずもなかった。それが原因で俺は先日まで気付かずにここまで来てしまった。そして良くも悪くも、仲良くなってしまった。

「ここからどこまで行くつもりなのかな?秀吉さん」

 俺は彼女に何気なく聞いた。

「わかんない。でもまだ長い旅は続きそうね」

「うん」

「秀吉さんに言うべきかな?私たちの秘密」

 綾さんは俺にそう聞いた。確かにこれは俺も悩んでいたことだった。春日部にいた時は知り合いのような関係性だったので、バラす理由などなかったのだが、今となっては俺らの大切な仲間の1人なのだ。しかし、懸念点もある。そんな嘘みたいな話、信じてくれない可能性もあるのだ。そうなった場合、信頼関係が崩れてしまうかもしれない。

「いずれ言わなきゃ駄目なんだろうけどなー」

 俺らは暫くした後、宿に戻って、身支度を整えた。秀吉さんは俺らが起きたときには既に外出していたらしく、彼の姿は布団の中にはいなかった。しばらく待っているうちに戻ってきた。食料と水を買いに行っていたらしい。

「皆さま、では出発いたそう」

 助丸さんたちは、俺らのお見送りに来てくれた。

「これから長い間、会えないかもしれぬ。お互い、健康には気をつけて、またお会いしましょう」

 裕太郎さんは耐えきれず涙を流していた。

「ヤス殿、綾殿、秀吉殿。どうかご無事で!」

「はい。もちろんです」

 俺は答えた。この時代に来てから随分とお世話になった方々とのお別れは、俺にとっても相当心苦しかった。毎日隣で寝てきた仲なのだ。人と人の繋がりをこれほどまでに実感したことはなかったかもしれない。彼らには感謝してもしきれない。

「では、行って参る」

 秀吉さんは、ゆっくりと歩みを進めた。俺と綾さんは彼の後ろに続いた。

「また会いましょう、皆様!」

 助丸さんは大きな声で、俺らに向かって言った。背中に当たったその声は、俺の胸の中で何度も響き渡った。

「はい!美味しいパン、作り続けてください!」

 俺は精一杯の声で彼らに叫んだ。彼らは大きく手を振ってくれた。俺は惜しみつつも、この宿町を後にした。

 胸が潰れそうな思いだった。いつ再会出来るかはわからない。でも彼らとの出会いが俺を成長させたのは事実だ。また会いたい、俺は本気でそう思った。綾さんもまた同じ気持ちのようだった。目を赤くして、彼らとの別れを惜しんだ。

 

 俺らは町を出てからも、着実に歩みを進めた。既に清洲城からはかなり離れているため、この旅からは追手を気にせず普通の道を歩いていける。それ故にたまに人とすれ違う。

「秀吉さん、我々は今どこに向かっているんですか?」

 俺は思っていたことを彼に聞いた。行くあてもなく無意味に歩き続けるのは避けたい。

「まずは堺に向かうつもりじゃ。あそこはでかい町で、商売がしやすいと聞いたことがある」

「さ、堺?」

 俺は綾さんが堺出身だったことを思い出した。綾さんはなんだか嬉しそうにした。時代が違えども故郷に帰れるのは、相当喜ばしいことなのかもしれない。

「私、堺出身なんです」

 綾さんはニコニコしながら秀吉さんに言った。

「そうでござるか。未来から来た、というのは助丸殿から聞いていたのだが」

「え?知っているんですか?」

「昨日の夜、教えてくれたのじゃ。お二人のことを守ってくだされ、とな」

「そうだったんですか」

 俺と綾さんにとって、秀吉さんがこの事実を受け入れてくれたというのは、とても大きな一歩だった。やはり秀吉さんは良い人だ。俺は勝手にそう思った。

「未来というのは、今から何年後の世界なのじゃ?」

「おそらく,400年以上かと思います」

「400年!?それは驚いた」

 秀吉さんは大きな声で笑った。実に陽気で、明るくて、頭が良くて、俺とは違って完璧な人間だ。

「それと、もうと1つ、聞きたいことがあるのじゃが」

「はい、何でしょう」

「お二人は一体、どのようなご関係でいらっしゃいますか?随分と仲が良いようにお見受けいたすが」

 俺は一瞬、返答に困ったが、

「ただの仲の良い友達ですよ。ただの」

 と答えた。綾さんは恥ずかしそうに笑っただけで、何も言わなかった。秀吉さんはそんな俺たちを見て、声を上げて笑った。

 

 そんな調子で、俺らは西に進んでいた。一体何日歩いたのだろうか。それは定かではない。だが、たまにすれ違う人の言葉に関西のなまりが聞こえるようになってきた。

「もうそろそろでござるな」

「そうみたいですね」

 意外と順調にここまで来れた。もちろん、地図もスマホもない。

 そしてまた暫く歩くと、小さな集落が見えた。

「ここに泊まろう」

 俺らは集落に入り、宿を取った。宿屋の方に場所を聞くと、今俺らがいるところから堺まではかなり近いということがわかった。明日の午前中には、堺に着く見通しが立った。

「やっとだー。やっと長い旅も終わりだ」

 俺は全身から疲れが飛んでいく気分だった。ゴールが近いと知って、かなり精神的には楽になった。

「綾さん、やったね」

 と俺は綾さんに声をかけた。だがその頃、彼女は既に畳の上で眠りに落ちていた。自分の右腕を枕にして寝ている。毎日歩いてばっかりで、相当疲れが溜まっていたのだろう。

「すまぬ。ちょっと外に買い物に行って参る」

 秀吉さんはそう言って部屋を出た。俺と綾さんだけがそこに残された。俺は彼女の掛け布団を持ってきて、風邪をひかぬよう、そっとかけてあげた。すると彼女は、

「ヤスくん、ありがと」

 と目を閉じながら礼を言った。彼女は起きていたのだ。俺は急に恥ずかしくなった。

 彼女はゴロンと寝返りをうって、俺のほうに顔を向けた。そしてゆっくり目を開けて、体を動かし、正座する俺の膝の上に頭をのせた。温かい体温が俺に触れた。

 俺は右手で彼女の頭を優しく撫でた。何も考えていなかった。ただ優しく撫でた。

 すると彼女はゆっくりと起き上がって、俺の目を甘い表情で見つめた。そして俺の胸に勢いよく飛び込んできた。俺は彼女を受け止めて、背中に手を回した。

「あったかいなー」

 彼女はボソッとそう呟いた。俺は背中に回した手を離し、右手で彼女の頬に触れた。彼女の顔は俺の目の前にあった。俺らは暫く見つめあった後、軽くキスをした。

明日も投稿する予定です。

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