雨
私は雨女だ。
大切な日はいつだって雨が降っていた。
始業式や終業式はもちろん、入学式や卒業式、遠足の日にも雨が降り、運動会や体育大会もいつも延期ばかり。ようやく開催してもぐずついた天気で、そういった特別な日に青天の下のグラウンドを駆け回った記憶なんてない。
初めての告白も、初めての口づけをした日も、いつだって雨は降り注いでいた。
それなのに。
それなのに、どうして今日は雨が降っていないのだろう。
今日は私にとっては、こんなにもどうしようもなく、特別な日になったというのに。
* * *
私が彼に告白をしたのは、学校の帰り道のことだった。ずっと前から気になっていた彼と二人きりで一緒に帰るチャンスがあったのだ。雨が降っていて、互いに傘を差していたから、二人の距離はそう近くはなかった。会話も弾んでいたとはいえなかったかもしれない。けれども、彼と二人で並びながら話す時間はとても甘くて温かく、そしてぎゅっと胸を締め付けるものだった。
そうして二人並んで帰路に就き、彼と別れる三叉路に着いた。
「それじゃあ」
と、彼が私から離れ、歩いていくその背中を見て、私は急に不安になった。
――ああ、こんな日が次に来る日はいつだろう。もしかしたら、こうして彼と一緒に二人きりで帰ることのできる日なんてもう二度とないのかもしれない。
と。その日は本当にたまたま彼と二人で帰ることができる機会に恵まれたのだ。
そう思った次の瞬間には、私は持っていた傘を手放して彼の元に駆け寄ってしまっていた。そのままの勢いで彼の手を掴み、私は微笑む。
「ねえ、私は貴方のことが好き」
そう口にしたときにはもう私はすっかり雨に濡れてしまっていた。
そんな私の姿を見て、驚いた表情を浮かべた彼の顔を、今でも鮮明に思い出せる。
それから、私たちは付き合うようになった。
何回か二人で出かけたりして、ある雨の日に私たちは唇を重ね合った。
もしかしたら、私たちのキスは傍から見ればすごく遅いものだったかもしれない。けれども、人生で初めて付き合った人とのキスをするタイミングなんて、いつがいいのかわからなかったし、私にとってはその瞬間がベストのタイミングだったのだと思う。
デートを終えて、駅から出て帰る途中、彼が強引に私の手を引いた。そして、気が付けば彼の唇が私の唇に触れていた。
突然の出来事に驚いて、私は持っていた傘を手放してしまったし、彼もキスをする直前に傘を放り投げてしまっていた。雨でずぶ濡れになった私たちの初めてのキスは、雨の味がした。
とても嬉しくて、泣き出しそうになったけれども、雨がずっと私の顔を濡らしていたから、自分が涙を流したのかどうかなんてわからなかった。
* * *
そして今日、彼は私に別れよう、と切り出した。
意味がわからなかった。
私たちは上手くやっていたと思っていたのに。少しずつだけれども、確かに前進していて、後退することもあったけど、それでも前に進んでいるのだと思っていた。
それなのに、彼は別れよう、と言う。
理由はいくつか彼が口にした。他に好きな人ができたのだ、とか。お前は少し面倒くさいのだ、とか。その好きになった子はとても綺麗に笑うのだ、とか。お前は俺の前ではいつもいい子を演じていて、本音を話さない、だとか。
うるさい、そんなの私には関係ないじゃないか。私の前で私以外の女の子を好きになっただなんて言わないで。私が面倒くさいんじゃなくて、貴方が鈍感すぎるの。その子は綺麗に笑うって、結局顔じゃないか。本音を話さないんじゃない、私が本音を言っても、貴方はちゃんと受け取らなかっただけ。
けれども、そんな風に思考だけが空回って、何も言えないうちに私を置いて彼は去っていってしまった。
見上げると、そこにはあまりに真っ青な空が広がっていて、その青が私の目を刺した。
どうしてこんな日に限って雨が降っていないのだろう。今日は私が生まれて初めて失恋した特別な日だというのに。
私は雨女なのに。特別な日はいつだって雨が降ったのに。
――ねえ、お願いだから降ってよ。雨が降らなきゃ……
アスファルトに雫が一滴落ちる。
それは雨ではなく、私の涙で。止め処なく私の目から溢れ出してアスファルトを何度も濡らす。
――雨が降らなきゃ、涙を誤魔化せないじゃない。
そうして青空の下、両手で顔を覆う。
きっと、私はこのまま涙に暮れ続けるのだろう。
雨が私の涙を洗い流す、その日まで。