Turn 4. 抗えぬ性
魔法の試験とやらを無事乗り越えて優秀な先生を獲得することには何とか成功した。一つ成し遂げた気分だ。しかし、アンスラ・ボルトンね。この名前は知っていた。こいつEoCでエリシア、つまり私の数少ない家臣の一人であった。まさかこうも早いうちにゲームの重要NPCに遭遇するとは思わなかったよ。そう、アンスラは重要だ。全体の能力値の平均が高く、お陰で何を任せても普通以上の成果を出す。魔法関連の能力はずば抜けていて、戦闘においても重宝される人材である。よし、いい機会だ。何としてでも私の下僕…じゃなくて家臣にして見せる。
アンスラの訪問は三日に一度となった。授業が終わったら課題が出される。その繰り返しの毎日である。魔法の勉強ができるからちょっとワクワクしていたけど全然そうじゃなかった。魔法は大きく分けて初級、中級、高級の三段階に分類されるらしい。初級は自然現象の再現や適切な道具があれば魔法を使わずともできるような魔法のことだ。今、私が習っているのはこの初級魔法で授業の内容の殆どが「理科」みたいになっているため、あまり魔法ぽくないのだ。まあ、一応大学の専門も理系だったし、内容も難しくないので楽は出来る。
中級魔法となると毛色が違ってくる。精霊界の門を開いて精霊の力を呼び寄せたり、人の心に直接影響を与えたりするらしい。その分、難易度は格段に上がる。時間と努力さえ費やすれば誰でもある程度の成果が見込める初級魔法とは違って、中級からは才能が物を言うそうだ。そして、ただ魔法が使える人間と正式な魔法士との分かれ目でもある。中級魔法が使えないなら魔法士と名乗る資格はないらしい。早く習いたいな中級魔法。
本を読んだり魔法の課題をしたり、そんな平穏な日常を過ごしていたある日。護衛騎士のリアナがニヤニヤしながら寄って来た。
「エリシア様、本ばっかだと体に障りますよ?たまには体を動かさないと」
「まあ、勉強は大事ですが。私もこれに関しては同意見です」
あらまー。リュエルも同意見らしい。でも、運動か。面倒くさい。
「そう面倒くさがらず!エリシア様のためこのリアナがいいものを用意してきました!」
どうやら顔に本心が出ていたらしい。で、リアナは何をする気だろう。そういえば後ろし何か隠している。リアナの後ろの方にに立っているメイドの顔を見るとこれがまた対称的だった。一人は人間のメイド。顔に疑問符を浮かべている。「何ですかそれ?」と言い出しそうな顔だ。一方、獣人のメイド。何故か思い出に浸っている。
何だ。何をする気だ。
「はい、昨日イズ評議国から届いたばかりの特注品です!ご覧あれ!」
と言いながら、リアナがその手にしている物は何と。「猫じゃらし」だった。ちょっと大きめの
「…なんの冗談なの、リアナ」
「私は大真面目ですよエリシア様!冗談なんてひどいです!」
猫かよ?!私は?!いや虎だけど。一応人型だし、猫じゃらしに反応するわけないだろう!
「いい?いくらネコ科の獣人、」
リアナが猫じゃらしを右上に素早く動かす。思わず私の視線もそれを追う。
「…獣人といっても猫じゃらしに、」
次は左下。ほぼ反射的に視線が追う。体も反応してびくっとした。
「…ねこ、じゃらしに、じゃらされるわけが、」
次は真上。静まれ!我が体!本能に飲み込まれるな!と思ったその瞬間謎の浮遊感を感じる。あれ?リアナと同じ目線だ。どうして?気づいたら私は飛んでいた。どうやら猫じゃらしにつられて跳躍したらしい。って私ってとんだけ飛んでるんだ?!大人の頭までジャンプするとか本当に猫かよ?!
そして四足で着地。って、どうしたの私の体?!
「…」
静かに立ち上がり、姿勢を正す。何もなかったようにゆっくりと優雅に椅子に座る。
「今日はいい天気ですこと」
二つの異様な空気が部屋に渦巻く。人間のメイドたちの「今、いったい何が起きたの?!」的な困惑の反応。リュエルとリアナの他、獣人の従者「あら、やっぱりエリシア様もこっち虎の子ですね」的な嬉しさと和の反応。
「リアナ」
「はい、エリシア様」
「それは没収でね」
「いやです」
「主に逆らう気?!リュエル!あなたからも何か言ってよ!」
ニヤニヤしていたリュエルがまじめな顔となり背筋を伸ばす。すごい代わり様だ。
「リアナ・フロントワード」
「はい、侍従長リュエル様」
よし!バシッと言ってやれ!
「イズ評議国の騎士の名誉にかけて、それをエリシア様に取られることは許しません」
「承知!」 「リュエル?!」
裏切った?!
「ふふふ、エリシア様。これがお望みであるならば、自らの力で奪い取ることです!」
リュエルの認可を得たリアナは今まで大胆に挑発してくる。何なのよ?!いくら私が獣人のハーフからといってあんな猫じゃらしにつられるのってこの世界じゃ普通のこと?!そんなのゲームの設定種には書いてなかったのに!いや、待ってよ。何か引っ掛かる。
「リアナ、一つ聞いていいかしら?」
「何でしょうか、エリシア様」
「特注品ってどういうこと?それ普通の猫じゃらしではないのですね?」
「さすが、エリシア様。察しがよろしい。ちょっとした魔法のかかった代物です。刃物で叩き切らない限り壊れないほど頑丈で何よりも…」
「何よりも?」
「メリボ草の発酵液が使われています。にじみ出る量は微量ですが、耐性のない幼き獣人のエリシア様には堪らない香りのはず」
メリボ草。植物の図鑑で見たことがある。要するに地球のマタタビと似た効果を持つ草だ。ネコ科のみならず獣人の間ではメリボ草で作った酒が一番人気があるとか。
「薬物を使うなんて、卑怯よ!」
「体に害はありませんので、心配なさらず。それより…」
「それより?」
「これが気に入らないのでしたら、早く私から取り上げるべきなのでは?」
「言われなくても!」
あ、ダメだ。相手は大人でしかも騎士。リアナから猫じゃらしを奪えるわけがない。ならば放置して、無視すれば済むことだ。頭では分かっているけど、体が言うことを聞かない。気をしっかり持っていても、自然に目で追ってしまう。少し油断したら体が飛び出す。抗えない。ないわー。獣人ってこんなに獣だったの?!
そして私とリアナとの壮絶な追撃戦は一時間ほどで幕を下りた。私の体力が完全に尽きたので強制終了。完敗である。今日は何も考えず熟睡できそうだ。明日の魔法の授業に障らなければいいけど。もしかして、筋肉痛とかなるんじゃ…
ーチュンチュン!チュンチュン!
いきなり、鳥かごの中の小鳥が泣き出した。これは実際生きている鳥ではなく、いわゆる魔道具と呼ばれるもので「伝声鳥」という名前らしい。名前通り人の声を伝える言わば電話みたいなものだ。対となる伝声鳥としか会話できないけれど、かなり便利である。ちなみにこの伝声鳥はアンスラが連絡用においていたものである。
リュエルが伝声鳥に軽く魔力を通すと伝声鳥からアンスラの声が聞こえてきた。
「ボルトンです。その、緊急の案件がありまして連絡させていただきました」
電話、いや伝声鳥越しのアンスラの声に濃い困惑の色を感じる。
「なんでしょうか」
「明日の授業ですが。ベイロン皇子殿下もご一緒したいと…」
「はい?!」
こんな素っ頓狂なリュエルの声は初めて聴いた気がする。まあ、無理もない。ベイロン・ロエム。ロエム帝国の第一皇子であり、帝位に一番近いとされる人物である。そしてEoCにおける4人の主人公の一人でもあった。