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皇女殿下は生き残りたい  作者: 辰巳あさひ
水晶宮の虎姫
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Turn 3. 魔法使いの弟子

ロエム帝国には魔法庁という部署が存在する。魔法庁は国最大の魔法の研究機関であり、魔法に関わる行政を取り仕切る皇帝陛下直属の官庁だ。そして私、アンスラ・ボルトンの職場でもある。


魔法士の職場として魔法庁は一長一短のある所だ。膨大な規模を誇る魔法庁図書館は、一部禁書指定の物を除けば職員の魔法士なら自由に閲覧できる。研究のための設備も充実しているし、予算も豊富である。


だからと言って研究のみに専念できる環境とは言い難い。何せここは官庁なのだ。研究以外の雑な仕事や書類仕事も少なくないし、国から出される研究課題も少なくないため自由に研究できる時間は限られる。


短所を差し引いても魔法庁勤務は魅力のある職場であることは確かだ。魔法庁に入るのは簡単ではない。魔法庁所属いうことだけで、人から実力のある魔法士として認識される。魔法庁で出世できなくても、ある程度経歴や研究成果があれば引く手間またなので、働き口には困らないのだ。


しかし、やっぱり煩わしい物は煩わしいと言わざるを得ない。毎日行われる朝の会議とか特にそうだ。簡単な報告やそれに対する指示が出されるだけの退屈な行事。そろそろ終わるかなと思った時、魔法庁の長である宮廷魔法士殿が困った顔で一枚の書類を眺めていた。これは面倒ごとの予感がする。


 「最後に、水晶宮からの魔法の教師の派遣要請ですな」


 「水晶宮は確かエリシア皇女殿下の…」


 「左様。水晶宮の侍従長のリュエル様からの要請です。エリシア殿下の教師役を派遣してほしいと」


場が静まる。皇族の教師役は確かに名誉なことだ。何よりも権力者との繋がりを得られる絶好の機会なので出世願望のある者ならば是非ともなりたがるであろう。逆に帝位から一番遠く尚且つ何の権力基盤のない皇族の教師なんて名誉しかない。出世に繋がる訳でもなく、唯自分の時間だけが取られる。誰もやろうとしないだろうなこれは。


 「教師と言っても…エリシア殿下って今年3歳でしょう?3歳の子供に魔法とは…」


確か可笑しいな話だ。字を読めるかどうかすら怪しい歳の子供に魔法を学ばせようとするなんて、どうかしているとしか思えない。


 「しかし、離宮からの正式な要請を無碍には出来ません。誰か志願する者はいませんか」


全員が宮廷魔法士殿から目を逸らす。まあ、やりたく無いのは分かるけど、もうちょっと取り繕えと言いたくなる風景だ。しかし、こうなるとまずいな。何故ならば


 「では、ボルトン君」


やっぱりそう来たか。だろうな。こんな面倒な仕事は新人に押し付けられるもんな、畜生!


 「…はい」


 「君に頼みたいが、宜しいかね?」


 「…しかし、宮廷魔法士殿。皇族の教師役という大役、私みたいな未熟物に務まるでしょうか」


 「はっはっは!謙遜する必要ない。君の実力は皆が認めているし、貴族出の君なら皇族相手も十分務まるだろう」


どうやら逃げ道はないようだ。


 「畏まりました。エリシア殿下の魔法の教師役、謹んで拝命させて戴きます。しかし、3歳の殿下に魔法の勉強が出来るとは思いません。もし、授業ができないと私が判断しら場合には…」


 「分かった。君がそう判断した場合、リュエル様にはワシから断っておくとしよう。しかし最低限、誠意は見せてくれたまえ。意味は分かるな?」


 「はい」


こうして私はエリシア様の魔法の教師となってしまった。


水晶宮へ正式な返答を送ってから数日。初授業の日がやって来た。水晶宮は正殿の西にある離宮で皇妃陛下に与えられる宮殿の一つである。今は無き第二皇妃のルピス陛下に与えられた離宮だ。私はメイド達に案内されある一室の前に立った。メイドが来訪を知らせると「通して」と幼い声が聞こえた。門を潜るとそこには半獣人の幼い女の子が座っている。おそらくエリシア様だろう。外見に関しては一応聞いたことはあるものの実際見るのとその異様さが際立つ。虎模様の銀髪という普通の人間ならまずあり得ない色彩の髪かや、青と緑の色違いの目も中々印象的であった。


「お初にお目にかかります。魔法庁三等研究員のアンスラ・ボルトンと申します。以後お見知り置きを」


 「第四皇女のエリシア・ロエムだ。よろしく頼む」


挨拶の後、侍従長のリュエル様から今までの事を聞く事になった。ある日、魔法が習いたいとエリシア様が仰ったので、リュエル様自ら授業を行っていたらしい。エリシア様の学習能力は凄まじく、リュエル様が嗜み程度の魔法の使えない事もあって、すぐにリュエル様からは教えられる事がなくなったそうだ。そこでちゃんとした教師役を付けるべく、魔法庁に要請を出したらしい。


ちょっと興味が湧いてきた。侍従長の「嗜み程度」の魔法がどれだけの物なのか分からないが、魔法の勉強を始めてだったの2ヶ月で教えることがなくなるのは普通あり得ない。一番簡単な魔法ですら完全な初心者なら使えるようになるまで半月はかかるものだ。魔力の制御はともかく自然現象への理解がなくては魔法はまず使えない。


 「では、授業の前に簡単な実力試験を行いたいと思います。リュエル様、私が頼んでおいた物の用意をお願いします」


侍従長がメイドに指示を出すと、テーブルの上に幾つかの物品が置かれた。蝋燭とコップ、そして粘土である。これらは魔法の実機に使われる定番の物だ。


 「殿下には魔法を使い、幾つかのことをやっていただきます。難しくありませんが、これができなければ私から教えても意味がないでしょう」


試験は次のような手順で行われる。


火の魔法で蝋燭に火を付け、風の魔法で火を消す。

水の魔法でコップを充し、凍らせる。そして出来上がった氷を水に戻す。

最後に粘土を砂に変えて、再び粘土に戻す。


一見簡単に見えるが、普通完全な初心者がこれができるまで一年はかかる。まだ幼く、しかも魔法を習って2ヶ月目のエリシア様には多分できない。そう思ってこの試験を用意したのだ。エリシア様が失敗すれば、私は何の得のない教師役から開放され、自分の本来の仕事に集中できる。でも、もし成功したら…


 「では、はじめてください」


エリシア様はすぐ魔力を操作し、いとも簡単に蝋燭に火を付ける。そして風を起こしそれを消す。簡単な作業だが初心者の多くは風の出力をうまく調節できず蝋燭台ごと倒してしまう事が多い。その点エリシア様は範囲と威力の調整全て重畳であった。


続いてコップに水が集める。


 「水はコップの半分までで構いません。集まったら氷にしてください」


多くはここで失敗する。水を凍らせるのは魔法の初心者には中々の難作業だ。よく魔力切れを起こしたりする。時間掛かるだろうなと思っていると軽い熱風が頬を撫でる。何故、熱を?魔力の操作を誤ったのか?と思ったらコップの水は既に氷になっていた。


 「…参考までにお聞きしたいのですが、何をなさったのですか?」


 「水を凍らせたのだが?」


 「いいえ、今、熱を感じたのですが」


 「ああ、水の持つ熱を奪って飛ばしたのだ」


流石にこれは驚きだ。普通はコップの温度を下げて氷を作る。それが一般的な発想だ。物質の熱を直接奪うなど完全に一人前の魔法士の考え方ではないか。誰かに教わった?いや、でも3歳の子供にそれが理解できるのか?


 「…では続きを」


今度は周辺の温度が若干下がるのを感じる。恐らく凍らせたのとは逆の工程で周囲の熱を氷に集めて溶かしたのだろう。見事だ。


そしてエリシア様は最後の粘土の試験も簡単に完了させて見せた。土に含まれている水分を飛ばし、乾いた粘土を粉砕して砂に変える。そして逆に水分を集め砂を粘土に練り直す。


初級魔法の殆どは魔力の操作そのものは然程難しくない。難しいのは自然を理解することだ。それができなければまず魔法という学問は始まらない。目に見えない現象も多く、抽象的な概念も少なくない。それを3歳の子供が全て理解し、魔法を行使したというのか?


 「試験はこれで終わりか?」


 「あ、はい。お見事でした」


 「では、よろしく頼む。先生」


ああ、これが天才という存在なのか。私はどうやらどんでもない化物の教師になったらしい。しばらく自分の研究はできそうにないな。軽く溜息を吐くと、エリシア様の後ろに立っていたリュエル様と目があった。


猫顔の表情は上手く読み取れないが、あれは多分「してやったり」のドヤ顔に違いない。ああ、確かしてやられた。でもこれから楽しくなりそうだ。この天才がどこまで成長するのか楽しみで仕方ない。


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