Turn 2. 生存本能エリシア
その日の夜。いつも通りリュエルは私の寝室で絵本を読み聞かせてくれていた。正確には挿絵の多い本であって決して子供用の絵本ではない。残念な事にこの世界に子供用の絵本という物は未だ存在していないらしく、本はとても贅沢品で貴重品だそうだ。そしてリュエルは本をそのまま読むのではなく本の内容を私のレベルに合わせて内容を噛み砕いてくれているので「読み聞かせ」とは言えないかもしれない。
「ねえ、リュエル。あたしも、お本読んでみたい」
「あら、エリシア様は気の早いお方ですね。エリシア様には未だ難しいですよ」
「リュエルが、字、教えて?」
「…構わないのですが…今日はもう遅いです。では明日から文字の勉強を致しましょう」
「うん!」
私もそろそろ眠い。子供の体のせいなのか頻繁に眠気に襲われる。そして、子供の真似事は正直疲れるのだ。精神年齢は34歳だし、結構恥ずかしい。
明日からは字を習う事になった。これは私の生存のための第一歩と言える。知識は力なり。とりあえず人より早く、何もかも身に付ける。10歳の時に訪れる予定の死を回避するためにはまず自分の身を守術を学ばねばならないと思った。この世界には確か魔法も存在するし、早めに習得して置きたい。
そして次の日の午後。勉強の時間がやってきた。
「リュエル様?エリシア様が文字の勉強をされるのですか?」
リアナが驚きの声を出す。リアナは私の護衛騎士でリュエルと同じくイズ評議国からの母の側近らしい。ちなみにリアナは黒猫である。何故かこの離宮には猫の比率が結構高い。母が虎だからかな?猫好きの私としては中々天国のような環境なのでとても気に入っている。
「はい。エリシア様が文字の勉強がしたいと申されまして…」
「いやぁ、でもちょっと早過ぎませんか」
「…そうですよね」
リュエルは一応勉強の用意をしてはくれたものの、流石に字を習うのは早過ぎと思っているらしい。
「だいじょうぶ。ちゃんとできるよ」
「エリシア様の歳では勉強よりは、走り回ったり遊んでおくべきですよ。何なら私が剣を教えましょう!」
「リアナ、剣の稽古こそ早過ぎです」
「そうでしょうか?確か私は3歳の時から木刀振り回していましたよ」
リュエルが軽く溜息をつき、呆れた顔でリアナを見つめた。
「貴方の方が異常です」
「まあ、確か私はちょっと早すぎだったかもしれません」
ちょっとか。3歳が。
「でも、リュエル様も結構早かったではありませんか?何歳からお始めになったのですか?剣の稽古」
「…6歳です」
リュエルって剣術もできるらしい。普段大人しいし、仕草も柔らかいから全然想像つかないけど。でもリュエルって背も高いし、顔も凛々しくて格好いいから、剣持ったら様になるかもしれない。
「ねえ、べんきょうしよう?」
取り敢えず今は文字からだ。武術の方は一応後回していいと思う。2歳児に何させる気なの、リアナ。
「はい、エリシア様。始めましょう」
まず、文字を覚える。文字の体系はアルファベットに近かった。字音が17文字、母音が6文字、計23文字で文字数事態は少ないが多様な組み合わせが存在して表現できる発音の数はかなり多い。文章力や語彙力は34歳レベルなので文字さえ覚えればこっちのもんだ。
そして10日後。私は全ての文字を覚えた。ひらがな、カタカナ、漢字の三重体系の日本語に比べれば容易い。日本人なめるなよ!加えて私は命懸けである。
「…素晴らしいです、エリシア様」
リュエルが驚愕の表情を隠せない。事情を知らない彼女にとって私はとんでもない天才にみ見るだろうな。
「あたし、凄い?」
「はい。とても良く出来ました」
「…驚きました。私は字覚えるのに何年掛かったのやら」
リアナはそう言いながら目を細める。
「剣の才もあるかもしれません!明日から早速稽古と行きましょう!」
「落ち着きなさい、リアナ。せめてエリシア様が転ばずに走れるようになってからにしましょう」
剣の稽古自体反対しないんですね、リュエルさん。
「ハーフとは言え虎です。これは騎士も狙えるのでは?」
「気が早いですよ、リアナ。でもルピす様のご子息。確かに期待出来るかもしれません」
どうやら私の保護者達に英才教育の火が付いたらしい。これからスパルタになりそうだ。なんか悲しくなってきたよ。前世では働き過ぎて死んで、次は死なない為に頑張るのか。この転生酷過ぎる。
次の日は数字を教わった。幸いこの世界も十進法なので数字さえ覚えれば計算はお手の物である。元々理系だし。
数字も簡単に覚え、四則演算も簡単にこなして見せるとリュエルとリアナは私が文字を覚えた時以上に驚き、騒いだ。ですよね。しかし驚きを取り越して不気味がられてしまうとまずい。ちょっとペースを落とすか。
その後は離宮の図書室にある本を片っ端ら読む。覚えたばかりの文字なのでどうしても読むのが遅いが、これは確実に自分の物になるまで繰り返し、慣れるしかない。
因みにリュエルは私が本が読めるようになってからも夜の読み聞かせを続けてくれた。リュエルといる時間は楽しいし、心が安らぐので私としては大歓迎である。
ある程度本が読めるようになるまで半年以上かかった。未だに前世の読む速さにまでは達してないけど、今はこれで十分だ。その内段々早くなるだろうな。そして私はある本のを前にしていた。今までは本の厚さもあり、内容も難しかったので後回しにしていた本である。
「初級魔法入門。やってやろうじゃないの!」
と勢いよく読み始めたものの。難しい!そもそも「魔力を感じる」とかどうやってやるわけ?
「あら?エリシア様どうされたのですか?」
私が唸り声を出しながら苦戦していろとリュエルが話をかけて来た。
「リュエル、手伝って。この本難しくて内容がよく分からないの」
「いったいどんな本でしょう?って初級魔法入門ですか?!」
「リュエルは魔法使える?」
「簡単な魔法なら使えますが、それより図書室にこんな本があったのですか。流石にこの本はエリシア様にも難しいと思いますよ」
何と!?リュエルは魔法が使えるらしい。
「でも、私も魔法が使いたいの!」
リュエルは軽くため息をつくと
「わかりました。ですが、これから魔法の独学はお辞め下さい」
「何で?」
「いくら初級とは言え、魔法は危険です。私に認められるまで、お一人で魔法をお使いになるのも禁止させていただきます。いいですな?」
「わかった!約束するね!」
思わぬ所で魔法の師匠をゲットしてしまった。最初からリュエルに頼んでおけばよかったかもしれないけど、リュエルが魔法が使えるって知らなかったし。でも魔法ってそんなに危険なものだったのか。
「はぁ、でもエリシア様。幼い時から習い事に熱心なのはいい事ですが、もうちょっと年相応の我がままを言っても構いませんよ」
「善処する!」
「いったいどこでそんな表現を…」
こうして私の魔法の授業が始まった。3歳の誕生日の3ヶ月前の事である。