Turn 1. 無理ゲー
前世の記憶を取り戻してから数日が経った。時間は何事もなく過ぎてゆき、その間、私は現状の把握に勤しんでいた。何せ「エリシア」は2歳児であり、曖昧であやふやな記憶が多い。自分の正確な立場やこの世界に関することなどを把握するには情報が不足している。
知らないことは周りに聞けばいいけど、言葉を選ぶのがとても難しい。だって、私2歳児だもん。転生特典(?)らしき物のお陰で語彙が飛躍的に増えたわけだけど、頭に浮かび上がる文章をそのまま喋るわけにはいかない。多分、いや絶対引かれる。
「ねぇ、リュエル?」
「はい、何でしょうかエリシア様」
リュエル。私の中で一番親しい人物であり、少なくとも顔見知りの中では一番偉い人。母と言っても過言ではない。私の母はすでに亡くなっていた。その事実に気づいたのは前世の記憶を取り戻した時だった。以前は大人たちが言っていた「神々の国へ行かれた」という言い回しの意味が分からなかった為であった。母の顔はボンヤリとしか覚えていない。
まあ、今はリュエルの事だ。何と、リュエルは猫である。名はある。なんちゃって。彼女は獣人という人種らしい。しかも人間に猫耳と尻尾が生えているだけの半端な姿ではなく、正真正銘人形猫耳である。その白い毛並みは立派で宝石のような翡翠色の瞳はとても美しい。
ちなみに私の姿は半端な方だった。白虎の獣人と人間のハーフらしく虎模様の銀髪に虎耳、虎の尻尾が生えている。目は青と緑のオッドアイと来た。自分で言うのも何だが中々可愛らしい。気に入っている。それにしても何か既視感のある姿だ。自分の姿なので同然かもしれないけど、何か違う。「侑」の方の私がそれを感じている。気のせいだろうか。
「なんで、みんなはエリシアのこと、でんかってよぶの?」
「それは…エリシア様が皇女であるからですよ」
なるほど、私は皇女なのか。でも、あえてこう言い返す。
「こうじょってなに?」
リュエルがちょっと考え込む。多分2歳児の私の為に言葉を選んでいるのだろう。
「…エリシア様は、この国で一番偉い方の娘ですよ」
「とうさん?」
「はい、皇帝陛下がエリシア様に父君であります」
皇帝陛下か。そういえば一度も会ったことない気がする。単純に記憶にないのかもしれないけど。
「こうていへいかが、いちばんえらい?」
「はい、陛下はこのロエム帝国で一番偉い方なのです」
ちょっと待って。今聞き捨てならない言葉を聞いてしまった気がする。
「ろえむ?」
「ロエム…はこの国の名前です」
いやいやいや待ってよ、ロエム帝国ってまさか。軽く目眩がする。そのあと私の怒涛の質問攻めが続いた。何故リュエルは他の「人間」と姿が違うのか、母やリュエルは何処から来たのか、私に兄弟がいるのかなどなど。
笑顔で黙々と私の質問に答えていたリュエルが心配そうな顔となった。
「エリシア様?どこか具合でも悪いのですか?顔色がよくありませんよ?」
「…ううん、ちょっと…ねむいだけ」
どうやら困惑が顔に出たらしい。取り敢えず眠いと言って誤魔化す。全然眠くないけど。
リュエルはニッコリと笑い「では昼寝にしましょうか」と言って私を寝かしてくれた。私はベットで目を閉じて考え込む。
今までの情報を整理しよう。ここはロエム帝国で、私の母はロエム帝国の西にある獣人の国「イズ評議国」から嫁に来たらしい。リュエルは母がイズ評議国にいた時からの側近で母と共にロエム帝国に来たそうだ。そして私には成人間近の兄が2人と一つ年上の姉が1人いるらしい。
なんてことだ。国の名前や地理的位置、家族関係などが私が知っている、とあるゲームの設定そのままじゃない!?
ゲームの世界に転生。普通なら喜ぶべき状況かもしれない。自分が遊んでいた物で相当やり込んでいたゲームならなおさらだろうな。それだけでチートになりそうだし。
でも、私は喜べない。恐らくこの世界は「Empire of Conqueror」通称EoCの世界だからだ。いや、多分確実にそうである。前世の私には趣味と呼べる物が唯一ゲームだった。EoCは私が最近…いや「如月 侑」が遊んでいた最後のゲームだった。まず、このEoCというゲームについてだが。
EoCのジャンルは戦略シミュレーション。K●EI社が開発した三国志ととても似ているが、架空のファンタジー世界を舞台としている点が一番の違いだ。遊べるキャラクターは4人。キャラ別のシナリオの流れや難易度はかなり違うものの、ゲームの最終目的は共通している。それは「北のラングナ帝国からの全面侵攻を食い止める事」だ。シナリオによってラングナ帝国の侵攻時期、つまりタイムリミットも異なる。初回ではタイムリミットがいつなのか知る術がないのが難点だかそれはまた別の話。
問題は4人のキャラの共通要素が、私にとってエグい事になっているということだ。それはロエム帝国第二皇子の反乱から起因する。反乱の結果、現ロエム皇帝は死亡、ロエム帝国は第一皇子を擁する派閥と第二皇子を擁する派閥で二分される。なお、反乱の際エリシア・ロエムもまた反乱軍によって殺される。つまり私の事だ。本来ロエム帝国とイズ評議国は仲はかなり険悪だったが、ラングナ帝国という共通の敵があったため婚姻による同盟を結んでいた。
そこで輿入れしてきたのが私の母、当時イズ評議国議長の妹君である。しかし私の母は私を産んで間も無く病気で死亡、実質的に両国の同盟の証は私となっていたのだが、反乱に巻き込まれ私が死亡する事によってロエム帝国とイズ評議国の関係は破綻する。
そう。4人の主人公達の全てのシナリオにおいて私の死亡は確定事項となっている。っていうかゲーム開始時にすでに死亡しているのだ。私の記憶が正しいければ享年10歳である。冗談じゃない。
唯一、私の生存ルートが存在する。それは4人のシナリオを全部クリアーすれば開放される隠しキャラ。何を隠そう、5番目の主人公エリシア・ロエムこの私た。自分が主人公であるルートに入ればとりあえず助かるが問題はそう簡単ではない。
まず詳しい条件が分からない。ゲームでは四つのシナリオを全部クリアすればエリシアとしてプレイ可能となるわけだが、どうやって反乱の渦中で生き残れたのかが不明なのだ。そして何とかして生き残ったとしよう。エリシアのルートは鬼仕様である。はっきり言って無理ゲーなのだ。
ゲーム発売当初、ネット掲示板やSNSでは「こんなのクリアできるわけがない」的な書き込みが殺到してた。最初の領地は一つのみ。生産量がそこそこだが戦略的価値は低く、何よりもエリシア自身の能力値も決して高くない。家臣達の能力の平均は他のキャラよりも高いが家臣の数があまりにも少ない。
その上、後ろ盾になってくれるはずのイズ評議国は内戦中で役立たず状態。ロエム帝国皇帝の座を囲って争っている最中の第二皇子は何故か執拗にエリシアを殺そうとするし、NPCとなって他の4キャラは現状の打破する為の積極的な行動を取らない。まさに孤立無援の状況からゲームスタートである。
そして他のキャラクターと同様タイムリミットが存在し、しかも一番短い。普通にプレイすれば絶対クリアできないのだ。私も結局攻略が出てからやっとクリアできたものだ。
攻略の手順は一応覚えてはいるものの、それがこの「現実」となってしまったゲームに適用出来ると思わない。エリシアルートの攻略の要となる外交や隠密活動はゲームならば数字で成否が分かれるものだけど、ここはゲームではなく現実だ。戦闘指揮もゲームのようにはならないはず。
「どうしようこれ。転生早々詰みとか冗談じゃないわ」
時間はある。だが出来る事は多くない。何せ2歳児だし。でも諦めたら試合終了だからね。私は生き残ってやるよ!