Turn 0. 目覚め
初めは自分が前世の記憶を持ったまま生まれ変わった事が唯々嬉しかった。
地球ではない、おそらくゲームや小説に出てくるファンタジー世界。しかも周りの環境から察するに良い所のお嬢様として転生したに違いない。これはきっと前世ではあまりにも不憫な死に方をしたため、神様的な存在が慈悲を与えてくれたのであると、そう何の根拠もなく確信していた。
私の前世の名前は『如月 侑』。享年34歳。日本に生まれ、平凡な学生時代を経て、大学を卒業し、就職し、会社員となった在り来たりのOL。
何の変哲もなかって人生が狂い始めたのは就職をしてからだった。会社選びを間違えたのだ。私が働いてた会社はいわゆるブラック企業。中でも真っ黒な会社だった。無論就職当時は知る由もなかったが。今更考えてみると早々に辞めるべきだった。しかし社会人は大変なのが当然で、仕事は辛いのが当然なのだと思い込んでしまった。皆も自分と同じく大変で、他の会社も大して変わらないのであろうと思った。転職など逃げでしかない、なんて馬鹿な思い込みをしていた。いや自分を騙し続けてきたというのが正解かもしれない。
最初の辛さも働いている内に慣れていた。やはり人間、適応してしまえばなんて事ない。出世もしたい。この国で女性が成功するためには男性と同じ努力じゃ叶わない。もっと頑張らないと、もっと努力しないといけない。自分はできる。辛くなんかないのだ。自分は平気だ。そう言い聞かせ続けた。
しかし心身ともゆっくりと、そして確実に削られていった。今になって思い返せば危険を知れせる兆候は幾つもあった。でも無意識にそれらを無視したのだと思う。それが命取りとなった。喩えとかじゃなくて、言葉そのままの意味でね。ある日残業中に倒れてしまい、私は二度と起きることができなくなったのだった。薄れていく意識の中、聞いたことのない声が聞こえた。
『ごめんね、リア。私の愛おしい子…どうか神々の御加護がありますように』
とても悲しくて、切なく、今すぐにでも泣き出しそうな声。しかしその意味をするより先に、頬に伝わる冷たい床の感触を最後に私の意識はそこで途切れた。
軽い頭痛と共に覚醒した。とても長い眠りから目が覚めた気分だった。体がうまく動かない。声を出そうとしたが妙な違和感と共にうまく発声ができなかった。何かとてもよくない状態なんじゃないかと思ったその瞬間、別の違和感が襲ってきた。体の方ではなく心の方だった。『如月 侑』としての最後の記憶と、今の自分、『エリシア』としての記憶が繋がる。
混乱と疑問が雪崩て来た。これってもしかして転生って事?でも、何か違う感じがする。私ははっきりと自分が「エリシア」であるという自覚があったのだ。地球で死んだ『如月 侑』が別の体で覚醒したのではなく、『エリシア』が前世の記憶を思い出したという事に近い。私はエリシア。でも同時に如月侑でもあるけど、侑としての自分よりエリシアとしての自分が先に来る。これが違和感の正体だと思った。同じようで同じではない。前世の記憶が蘇ったお陰でその歳ではありえない情報量得たためか、エリシアとしての自我と自意識が確固たるものとなった。如月侑としての人生の方が圧倒的に長かったのに何故そう感じてしまうのかは分からない。
幼いため曖昧だった自分自身と周りに対する認識がはっきりとされ始めた。私の名前は「エリシア」。苗字は分からない。何せ周りの人は私の事を「エリシア様」か「殿下」と呼ぶのだ。今までその「デンカ」という呼び方の意味を知らなかったが、今は分かる。まるで前世の記憶と今の記憶の間に翻訳機でもあるかのようで、知らなかった言葉や情報が次々と前世の記憶と繋がり、理解される。不思議な感覚だけど、とても便利で助かる。これが巷でいう転生特典ってやつなのかな。知らんけど。
それはさておき、私は「殿下」と呼ばれる身分であることが大事なのだ。つまり、王族か皇族ってことだよね。社畜からファンタジー世界の王族もしくは皇族のお姫様。とんでもない出世である。前世の記憶は武器となる。その気になれば王様や皇帝とかも狙えるのかもしれない。いや、別に政治とか権力争いとか、頭が痛くなりそうなとこに関わらずとも、前世より遥かに良い人生が送れるはずだ。如月侑は恋の一つにできなかった悲しい人生だったけど、エリシアの身分なら美少年侍らせてハーレムとか作れるかもしれない。とても夢が広がる。
でもその時の私はまだ知らなかった。そんな下らない妄想に浸りながら大いに浮かれている場合ではない事を。この転生がそんなに甘くものではない事に気づいたのはそれから数日後の事だった。