第三話 冥王学園の『進化者』
時は少し遡って、生徒会室。
今ここでは、生徒会長と風紀委員長がとある生徒と話しをしていた。
「それで、ジャムパン落として、無視されたことに逆ギレして、決闘挑んで、瞬殺されたの?」
「姉様、もう止めてください……」
冥王学園の生徒会長にして序列三位の『水の聖女』は、アリスベル・ソードラスの姉である。
名前はマリアベル・ソードラス。大学部の三年生だ。
「止めてって言われても……。事実を確認しただけよ?」
「反省しています。だから傷を抉らないで下さい。お願いします……」
LEVEL-6のアリスベルでも姉には勝てないようだ。
彼女も大企業のご令嬢である。言葉使いもそれなりのようだ。
「マリア。その辺で勘弁してあげろ。アリスベルも反省しているようだ」
「もぅ。カズはいっつも甘過ぎです! 風紀委員長なのですから、もっと言ってあげてください!」
カズ……保村和樹は、風紀委員長である。
マリアベルと同い年で、婚約しており、愛称で呼び合う仲だ。
序列は二位。二つ名は『炎豪』。
魔法剣士が多く在籍する冥王学園で、魔法剣士の中では最強だ。
「義兄様! 反省したので、もう止めてください!」
「ああ。その事はもう良い。
それより、よく『純白』に挑む気になったな。
ヤツの私服姿を見れば、LEVEL-7以上の『進化者』であると、一目瞭然だろ?」
和樹は、アリスベルが決闘を挑んだことをむしろ褒めているかのような口調である。
「あ、そうです、義兄様。あの人も自分の服を指差して『見れば分かるだろ?』って言ったんですよ? なんで見れば『進化者』だって分かるんですか?」
「……」
「……」
二人は可哀想な子を見る目をしていた。
無言で可哀想な子を見ていた。
褒めなければ良かったという顔付きをしている。
「……えっとね、アリスベル。この学園都市で私服登校が許されている生徒は、LEVEL-7以上の『進化者』だけなのよ
だから、私服登校していれば、一目瞭然。その人は『進化者』よ」
アリスベルは数度うなずくと、一つの質問をした。
「なぜ、私服で登校しても良いのですか?」
「制服を着る必要性が無いからだ」
その質問に、和樹は簡潔に答えた。
マリアベルが補足する。
「私たちも含めた『進化者』は、『進化』したときに基礎能力値が軒並み跳ね上がるの。レベルアップとは比べ物にならないくらい。
だから、制服……つまり、生徒の安全を考えて作られたこの防具を着る必要が無くなるの。
耐久力も跳ね上がるからね」
『進化』とは、人間のより上位の存在へと到ることだ。
故に、LEVEL-6では、LEVEL-7に絶対に勝てない。と言われるのだ。
「それに、私たちくらいになるとね。
ダンジョンで見つけた、武器防具の方が、制服より性能が良いのよ。
まあ、私とカズは生徒会長と風紀委員長だから制服を着てるけど」
「なるほど……。
ちなみに、『進化者』ってどんな人たちなんですか?」
「今の学園都市の学生には、『進化者』が十人いるわ」
マリアベルは各学園とそこに所属する『進化者』を教えていった。
冥王学園
『純白』『炎豪』『水の聖女』
クインガルズ女学園
『破壊の歌姫』
ダルガード戦闘学園
『剣聖』
ランス=ロッド騎士学園
『城砦』『銀閃』
魔導工学学園
『人形使い』
龍神教学園
『狂戦神官』『聖導師』
技能生産学園には残念ながらいない。
冥王が降臨してから、すでに百十七年。
歴史上の『進化者』は百人にも達しない。
その内の十人が今、学園都市の高等部と大学部に集中している。
過去最多人数である。
「アリスベル」
「どうかしましたか、義兄様?」
「とりあえず、『破壊の歌姫』と『狂戦神官』には関わるな。近づくな。何があっても手を出すな」
「……えっと、なぜですか?」
アリスベルは、和樹の言葉に困惑しているようだ。
「理由は単純。話しが通じないからだ」
「は、はぁ」
アリスベルは、まだ困惑していそうだ。
「確かにそうね。私もあの二人だけは止めた方が良いと思うわ。
確証はないけど、嫌な噂は絶えないから」
「分かりました。その二人には関わらないとして。
えっと『純白』のあの人は問題ありませんか?」
「ん? 冥夜君?
そうね。日常生活ならたぶん平気よ。まだまともな方よ」
マリアベルの意味深な発言に気が付かないのか、アリスベルは笑顔でさらに質問した。
「えっと、どんな人ですか?
好きな食べ物とか、好みのタイプとか!」
「なんだ、惚れたのか?」
和樹が遠慮も配慮もせずに聞いた。
「はい!」
アリスベルも即答である。
「はぁ、これだからアマゾネスは……。
もっと人となりを見た方が良いと思うけどな」
「いえ! 強い人が良いです!」
アマゾネス。
女性だけの戦闘種族で、他種族の強い男と交わり、必ず女の子を産む種族だ。
強い者同士の子どもは強い、と思っており、基本的に自分より強い男と交わる。
そして最大の特徴は、決闘などの一騎討ちで初めて負けた男に惚れることだ。
ここ百年で、どんなブサメンでも勝てばアマゾネスが貰える、と言われるくらいだ。
ダンジョンの出現により、地球には様々な種族がやってきた。
魔人種、獣種、妖精種、亜人種。
蛮女族もその一つだ。
「義兄様と姉様も同じようなものだと聞きましたが?」
「うっ……」
返答に詰まる和樹を放っておいて、マリアベルが、アリスベルに詰め寄った。
「それでそれで! どこを好きになったの?」
惚れた相手ができれば、コイバナが始まるのはどの種族でも同じ、不変の真理である。
「えーっと、その……。決闘をしたときに、キュッと胸が苦しくなって……」
「貫かれたからな」
「そして、カッ! と、胸が焼けるように熱くなって……」
「大きな傷は、たいてい焼けるように熱いと感じる」
「その後、ふわふわとした温かいものに包まれて……」
「回復魔法の影響だな」
「以上です」
「終わりか!?」
「カズ、ちょっと黙ってて!」
和樹の突っ込みをは空しく空振り、コイバナは女子だけで盛り上がっていった。
生徒会室にあるお茶を入れて、和樹は独り言を呟いた。
「心臓を貫かれて、恋に落ちるとは。どこぞの地竜のようだな」
和樹は、昔読んだことがある神話を思い出したようだ。
「義兄様。地竜ってなんのことですか?」
レベルアップで常人を遥かに越える五感を手に入れている姉妹は、それを聞き逃さなかったようだ。
アリスベルの質問に和樹が答えた。
「〈大神〉の一柱、竜神がまだ幼竜だった頃の話し、という神話だ」
当時まだ剣王だった竜神の神妃は、幼竜の頃の竜神に挑み行った。
理由は、竜殺しの為した英雄を目指したためだ。
深く複雑な洞窟を抜け、最奥にて地竜の幼竜と相対する。
剣王は、鱗を切り裂き、四肢を切り落とし、竜種最強の攻撃『竜の息吹き』をも切断した。
しかし、異常な回復力を持っていた、その地竜の特殊個体はなお生きていた。
それどころか、切り裂いた鱗は再生し、切り落とした四肢は、新たに生えだした。
だが、剣王は諦めず、何度も幼竜を斬り続けた。
前足を、後ろ足を、尾を、翼を、頭部を。
そして最後には、心臓を突き刺した。
それでも地竜が倒れることはなく。
剣王は体力の限界で倒れてしまった。
倒れ伏した剣王の目の前で大きく口を開けた地竜。
『竜の息吹き』を放つかと思われたが、放たれたのは、求愛の言葉であった。
「……という神話だ。
俺も剣士だからな。剣王や剣神の神話は時々読んだりする。
アリスベルは読まないのか?」
「そんな神話があるんですか。
私は、読んだことがありません」
「そうか。まあ、この世界の話しではないらしいからな。
嘘か真かは分からないがな」
「神話なら私が詳しいわよ?」
和樹とアリスベルの会話に、マリアベルが割り込んだ。
神話ならば、『水の聖女』の出番である。
それから三人の会話は、冥夜が呼び出しを貰うまで続いた。
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