第一話 いつもの朝
風が吹き、桃色の花びらが僅かに舞う路上を、僕は、とても暖かい白のマフラーを巻いて歩いていた。四月とは言え、この時期は少し寒いのだ。マフラーと同様白のコートを着込んでいる。
時々遠くから視線が飛んでくる。
周りが黒を基調とした制服で登校するなか、一人だけ白い私服で登校すれば、まあ目立つのは必然だ。
もう慣れたものだ。
この学園都市で私服登校が許されているのは、たった十人だけ。
まあ、校章くらいは付けてある。
視線が気になるなら、制服で登校しろよとも思うが、それらデメリットが気にならないくらいのメリットが存在する。
なにより僕は、『黒』が嫌いだ。あの黒い制服を着たくないがために、私服登校の許可を手に入れようとした時期すらある。
まあ、それはさておき。
今日は始業式だ。つまり早帰りだ。さっさと家に帰って、やること済ましてゆっくりしたいよ。
学校の正門の抜けて、無駄に広い敷地を歩いていると後ろから急に何かがぶつかってきた。
ドンッ、とぶつかられると同時にベチョッ、と不吉な音が聞こえた。
嫌な予感がして、地面を見てみれば、潰れて目も当てられないジャムパン。ドロッとしたジャムが血のように飛び出していた。
これは後で汚染の奇跡をかける必要がありそうだ。
「あぁ! 私のジャムパン……。ちょっとあんた! 何てことしてくれるのよ! 私の朝ごはんが台無しじゃない!!」
……いや、僕のコートが台無しなんだけど?
目の前には金髪のツインテール。小柄で可愛らしい。胸は無い。
僕の嫌いなタイプだ。
腰には二本の剣がある。『魔剣』だな。
どこかのボンボンか、あるいは実力者か。
「ねぇ!? あんた! 聞いてるの!? どうしてくれるのよ!? て言うかどうにかしなさいよ!!」
……ああ、はいはい。聞いてますよー。
君の前方不注意ですよー。
無視してさっさと登校しよう。謝ったりしたら、付きまとわれて朝飯を弁償しろ、とか言うタイプだ。これは。
僕は、その面倒臭そうな少女へ無視を決め、とぼとぼと歩き始めた。
後ろからキーッという声が聞こえてくる。
「もう怒ったわ! 決闘よ! 決闘しなさい! 私はあんたに決闘を申請するわ!」
少女は胸元の校章を起動させた。
すると僕の胸元の校章から機械音が響く。
『決闘ガ申請サレマシタ。受諾シマスカ?』
「する」
僕は一言、それに答えた。
決闘を挑まれたら、受諾する。すでにルーチンワークだ。
次に響くのは、両者の胸元からだ。
『決闘ガ受諾サレマシタ。バトルフィールドヲ展開シマス』
それを合図に二つの校章の中間点を中心に直径百メートルの亜空間が一瞬で形成される。
僕ら『ステータスホルダー』が全力で戦闘を始めれば、街は一溜りもない。それなりの強度で作られてはいるがダンジョンに比べれば脆いものだ。
だが、形成された亜空間とそこに現れる簡易闘技場に付与される性質は、ダンジョンの外壁と同じく『不壊』。
付与された性質を取り除くか、『不壊』すら突破する特殊効果の攻撃でもない限り、周囲への影響は皆無。
何が言いたいかと言えば、全力でこの少女を攻撃できるということだ。
まあ、この学園都市での決闘のルール上、殺すことは出来ない。
また、勝敗は別の要因で決まる。
「あんた名前は? 私はアリスベル。アリスベル・ソードラス。LEVEL-6よ」
「冥王学園序列一位、常夜冥夜。レベルは……見れば分かるだろう?」
僕は自分の私服姿を指して言った。
学園都市で、私服登校を許されているのは、たった十人だけいるLEVEL-7以上の存在だけだ。
まあ、目の前の少女は、首を傾げているあたり、そのことを知らないようだが。
「序列一位…………。義兄様より強いんだ……」
どうやら、序列の方は知っているらしい。
学園都市に七つある各学園にそれぞれある序列は、その学園内での生徒の強さを表す。
つまり、僕はこの学園で一番強い。
「いくわよ!」
カウントダウンが終わると、すぐに少女は突っ込んできた。
小さな体躯で、両手に長くはない剣。右手には炎の魔剣、左手には氷の魔剣。
口元と見れば、小さく魔法詠唱を口ずさんでいる。
敏捷特化の魔法剣士タイプだな。
こういうやつはたいてい、防御力が低い。
僕も行動を開始する。
首に巻き付くマフラー、いや白狐の従魔に手で触れ、命令する。
「ビャク、叩き潰せ」
コン、と小さく鳴くと僕の首に巻き付いていた尻尾の内の一本を宙に浮かせ巨大化させた。
放たれたのは、音速を越える五連撃。
避ける間もなく両腕両足を砕かれ、止めとばかりに胸を貫かれて、少女は倒れ伏した。
決闘騒ぎを聞きつけたのか、闘技場には野次馬が駆けつけ始めていたが、見る間もなかったな。
どうせどこかの元締めが賭けを始めていたのだろう。喜んでいる野次馬と落胆している野次馬がいる。
校章が砕かれると、亜空間が消滅する。
そしてすぐに僕らは元いた学園の敷地内に戻った。
決闘の勝利条件――校章の破壊を満たしたことにより、この決闘の勝者は僕だ。
校章が、破壊されると同時に発動させた広範囲最高位回復魔法の残光を一瞥すると、僕は学校へ向かった。
ここ、冥王学園で最強の序列一位。『純白』の二つ名で呼ばれる僕にとって、決闘を受諾し、相手を秒殺する日々は、人知を遥かに超越した校章があるからこそできる貴重で平和な時間である。
あ、コート洗わなきゃ。
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