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エピローグ



 梅の見ごろが過ぎ、桜の見ごろにはまだ早い三月の約束の日、私は予定より三十分も早く待ち合わせ場所の建物に着いた。

 完治した身体で足取りも軽く、急ピッチで工事を進める現場の人達に軽く挨拶をして、エントランスホールを通り過ぎる。

 そして新築のきれいな廊下を眺めながら一番奥の部屋に入った私は、その光景に息を飲んだ。

 まるで中世ヨーロッパの古城に足を踏み入れたような、豪華な空間――天井も壁も床も調度品も、すべてが細部にまでこだわって作られているのが一目見ただけでよく分かる。

 中でも部屋の真ん中にどっしりと置かれたものすごく長いテーブルは、貴族の食事風景を思い起こさせるほど立派なもので、これからの事を想像するとわくわくしてくる。

 でも一番感心したのは、これだけの造りなのに嫌味がないという事だった。豪華だけどそんなに重苦しい雰囲気はなく、ちょっぴり高貴な気分を味わいたいという好奇心を満たすに留めている。なんて秀逸なデザインだろう。

「さすが早いのね」

 長テーブルの正面に位置する巨大ステージを見つめていると、マリさんが入ってきた。

「あ、お邪魔してます」

「何言ってるのよ。あなたの家でもあるのよ?」

 そんな事言われてもすぐにマイホーム気分にはなれない。

 そう、私は今日からマリさん達とここに住む。日本初、本格メイドホテルのオープニングスタッフとして。アリスの姉妹店に行かなかったのは実はこの誘いを受けていたからだ。

 オーナーは何とマリさん。まさかこんな金持ちだったとは……驚きである。

 メイドは本来屋敷に仕えるべきだと考えていたマリさんは、アリスにいる頃からこのホテルを計画していたそうだ。そこにアリスがなくなるなんてアクシデントが襲い掛かったもんだから、彼女はいい機会だとホテルの着工にかかったのだという。

 名前は勿論アリス。みんな文句ナシで一瞬で決まった。念の為メイド喫茶アリスの本社に連絡を入れたら、二つ返事でオーケイを貰った。それどころか将来的にはメイドの斡旋などを提携して――と、この辺はもう難しくて、私にはよく分からない。

「これから期待してるからね」

 と言われた私はメイド長である。このホテルの一番の売りであるメイドのトップを任されるのはちょっと荷が重かったけど、マリさんの「いつも通りやればいい」って言葉を信じて頑張っていこうと思う。

「ちょっとちょっと、何この豪華さ! 私に相応しいじゃない!」

 とテンション高く入ってきたのは、メイド兼フロアマネージャのマヤである。人を使うのが上手い事を考慮した結果である。

「何よその荷物!」

「これでも厳選したのよ」

 びっくりする私をよそに、海外旅行三回分はあるんじゃないかっていう量の荷物を放り投げて、椅子にへたり込むマヤ。引越し業者に任せられない荷物ってそんなにあるもんなのか? あ、彼女も勿論ここの住人になる。

「やるわねーマリ。私の理想通りよ。褒めてあげる」

「ありがと。足引っ張らないでね」

「な、何ですってえ! 何よその冷ややかな目っ! あんたこそ足引っ張るんじゃ――」

「ま、マヤ落ち着いて」

 いきなり喧嘩を始める二人の間に割って入りながら、私はこれからもこんな調子かと考えて溜め息をついた。ちょっと先行き不安かも。

「でも期待しちゃいますよねー」

 マヤが倒した椅子を直しながらステージの方を向く。

 自然と笑みがこぼれた。これからここで、多くのお客さんを楽しませるんだ。ホテルのメイドとして、ホテルのアイドルとして。

「絶対盛り上がるわ」

 マリさんが自信たっぷりにそう言った。

「もしかしたらこっから芸能界に売り込み、なんてね」

「違うよ」

 マヤの言葉を私は否定した。

「芸能界の方からウチに来てくださいって、頭下げに来るよ」

 呟いて、私は目を閉じた。三人でステージに立って、色とりどりのライトを浴びながら歌って踊って、いっぱいの声援と花束を貰って。やっぱり芸能界にはあまり興味がないけど、この三人ならどこへ行ったって、なんだって出来る気がする。ううん、出来る!

「頑張ろう!」

 と目を開けると、二人とも苦笑いを浮かべていた。

「青い春ってやつね」

「くっさいのよ馬鹿」

 えええそこはノって来るところじゃないのかよ。

 斬新にもタッグを組んで私を攻撃してきた二人は、やがて声を出して笑い始めた。

「ひどいよ二人とも!」

「ごめんごめん」

 私の肩に手を置いて、マヤが謝ってきた。でもまだ笑ってるし。

「大丈夫よユメリ。私達の結束は固いわ」

 フォローを入れてくるマリさん。いや、あんたとマヤが心配なんだが。という言葉は勿論口にできるわけもない。

「でもね、私達だけじゃ出来ない事はいっぱいある」

 マリさんがぴたっと笑顔を止めた。そして続ける。

「実際このホテルを三人で回すわけじゃない。ノウハウなんて全然足りない。だからその道のベテランや才能ある者に頼らないといけない。支配人にしたってそう、料理長にしたってそう。まあ私の先生も呼んであるから、運営に問題はないと思うけど」

「あ、あの本場のメイドさんですね?」

「へえ、マリあなたそんな修行積んでたの」

 どんな人か話しこもうとした私とマヤを、マリさんが制した。どうやらここからが大事な話らしい。彼女は続ける。

「私達、前のアリスではあまりステージなんて経験してなかったでしょう? だからいくら秋葉原でトップメイドだったからって、いきなりこんな立派なステージに立つのは、やはり無理があると思うのよね」

 マリさんらしくない消極的な意見だと思った。

「だからプロデューサーが必要だと思うの。特に演出のね。だから紹介するわ――入って頂戴」

 マリさんが大きな声でプロデューサーを呼び入れた。

 開けっ放しだったドアの向こうから、ぎこちない動作で車椅子の男性が入ってきた。

「嘘……」

 あの日からずっと押さえ込んでいた気持ちが飛び出そうになって、私は思わず両手で口を押さえた。けれど涙の方は三ヶ月分の想いに耐えきれず、一気に決壊して私の頬を伝っていった。

「初めまして皆さん。プロデューサーの貴宮です」



 車椅子の彼の膝に縋りつくような格好で、私は泣き続けていた。

 誰なのよ、とわめくマヤの背中を押しながらマリさんが出ていったから、今は二人っきり。

「どうして、教えてくれな、かったのよ……迎えに行こうと、思ってたのに……」

「ストーカーは追いかけるものだろ」

 貴宮は一瞬私の髪に触れ――私がびくっ、てなったからだろう、手を戻した。

「でも本当に? 本当にプロデューサーなの?」

 見上げた私の顔に、彼は優しく頷いた。

「ああ。ユメリを二位に押し上げた腕を見込んで、ってマリちゃんが誘ってくれた」

 それを聞いたらまた涙腺が緩くなって、私は突っ伏してわんわん泣いた。全然止まらなかった。彼が元気になってくれた事がとても嬉しくて、彼がこんなにも近くにいてくれる事がとても嬉しくて、ただ、嬉しくて。

 お願いがあるんだけど、と呟いた貴宮の顔を私は再び見上げた。なんだろう。今は何でもしてあげたい。

「御主人様っ、て殴ってみて」

 思考が止まる。涙がすっと引いていくのが分かった。

「退院祝いって事でさ」

「ふざけんな!」

 まだ包帯を巻いてるおなかを思いっきり殴って、私は立ち上がった。そこはないだろ、と貴宮が本気で痛がるけど、知った事か!

「あー馬鹿みたい! あの火事以来会えなかったから心配してたのに、やっと再会できたと思ったらすぐにコレ? 感動のシーンなのに! 伝えたい気持ちいっぱいあるのに! 話したい事いっぱいあるのに! すっごく寂しかったのに! 寂しかった、のに……」

 怒っていた筈なのに、貴宮の顔を見ていたら、何でだろう、また涙が溢れてきた。

「ありがとう……ありがとう……」

 手伝ってくれてありがとう。

 デートしてくれてありがとう。

 助けに来てくれてありがとう。

 見守っていてくれてありがとう。

 瓦礫から守ってくれてありがとう。

 離さないでいてくれてありがとう。

 ホンモノだって言ってくれてありがとう。

 また会いに来てくれてありがとう。

 いっぱいのありがとうをちゃんと言葉に出来なくて、私はただそれだけを呟き続けた。

「名前教えてよ」

 貴宮の言葉に、私は呟くのを止め、鼻を啜った。

「君の名前をちゃんと呼びたい」

「……もう呼んでるよ」

 貴宮はそれを私の意地悪だと受け取ったようだった。でもちゃんとした説明はしてあげない。だって――

「貴宮だって本当の名前教えてくれてない」

「そ、そっか」

 と、言おうとしたその口を、私は止めた。

「定着してしまいました、貴宮直様」

 言うなり私は彼の胸に飛び込んだ。勢い余って車椅子ごと後ろに倒れこむ。

 彼の背中に手を回して、私は思いっきり抱きしめた。

「ほら、指以外なら大丈夫になったよ? ね、私頑張るから。貴宮の指に触れられても大丈夫なようにきっとなるから。だからお願い、もう離さないで」

「もちろん」

 貴宮の両手がすっと動いた。

「ま、待って、慣れるって言ったけど今日はまだ自信ない! こんな素敵な日にあなたを傷つけたくない!」

 そう叫んだのに、貴宮は私の哀願も抵抗も無視して、ぎゅっと抱きしめてきた。

 肩に伝わる指の感触が、私に電流を走らせる。

 生まれてくる狂気に必死で抵抗するけど、やっぱり、やっぱり敵わなそうだった。

「だめ、だめ、だめだよ、早く、離して」

「離さない」

 貴宮は私の顔に手を添えると、唇を強引に奪ってきた。

 声が出せない私は、彼の首筋に引き裂かんとばかりに爪を突き立て、抵抗した。

 それでも彼はがむしゃらに私の唇を奪い続ける。

 怖くて怖くて仕方がない。

 けれど――

 けれど、たった一つだけ、あの嫌な思い出と違うものがある。

 確かな私への想い、これに身を委ねていけるなら、いつか恐怖も優しい波となって消えてくれる気がする。

 ごめんなさい、ごめんなさい。そしてありがとう。

 私の狂気をそれ以上の強さで包んでくれるこの人を、私は絶対に離しはしない。

「これでいい」

 突き立てた私の爪を撫でて、貴宮がそう呟いた。



 ―了―

初めまして、間宮あきと申します。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。一人二役一人称で書いてみましたが、いかがだったでしょうか。

ご意見・ご感想頂けたら嬉しいです。どんな言葉でも私の宝物になります。


それでは改めて、ここまで読んで頂きありがとうございました。

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