……言ったろ?
私の朝は早いです。
目が覚めてからまず、自分の身支度を整えます。
顔を洗って、普段着に着替えて、髪をセットして。
二階から降りて、キッチンでみんなの分の朝食を作り始めます。
私はもちろん、バニラとプラムさんの分です。
護衛ロボであるモンブランは、電力が主な食糧なので特に用意は必要ありません。
これから作る朝食は、毎度恒例のトーストです。
ここ一週間食料が不足しているおかげで、摂取している栄養が傾いて不調をきたしかねない毎日です。
本当なら一発一般家屋に押し入って、缶詰なんかを某RPGのように合法的に強奪できればいいのですが……
一応シスターなので、それを許可してあげることはできません。
家の庭の野菜がまた育つまで待つしかないんですよね。
まあ、私が調理に失敗して前の家を食料ごと全焼させたのが原因なんですけどね、テヘペロ。
ちなみに、今の家は適当に移り住んだ二階建ての一軒家です。
さて、一分ほどでトーストが焼きあがります。
手抜きもいいところだな、とかプラムさんは毎日ぼやきますが、それなら一刻も早く大量の食料を確保してきやがれと思ってしまいます。
そんな微妙なイライラが原因というわけでもないですが、プラムさんの部屋にこっそり伝説の傭兵の如く侵入し、耳元でアンプに接続したギターを、最大音量でデスメタル風に弾いてやります。
ですが、特に驚いた様子もなく、普通に彼女がベットから起きだしました。
「ふっ、甘いなシスタービスケット。私は前日の晩から、耳栓をつけていたのだよ」
あら、これは不覚です。
これはいよいよ、マーブルと同じレベルで叩き起こしてもいいのかもしれません。
ある意味人を超えてますし、死にはしないでしょう。
例えば、超高電圧スタンガンを使用したり……
「なんなんだ、その不気味な笑顔は……」
「これは失礼。まあ、朝食ができてるので、キッチンに来てください」
「どうせまたトース――」
いつもの愚痴をスルーして、バニラの部屋へと向かいます。
室内ではモンブランがベットの横に待機しており、いつも主人を守って……いるかと思いきや、当然私とグルだったりしますねはい。
そろりと私の親友の元に忍び寄ります。
モンブランは優秀なことに、ベットの反対側でスタンバイ済みでした。
流石日々主人に対して下克上を狙うポンコツロボット。
普通にゲスイですね。
モンブランにミュージックスタートの合図である、サムズアップを見せます。
そして流れてきたのは……二年前に人類の殆どが滅亡するきっかけを作った、例のモノフォニーソングなのでした。
「きゃああああ!?」
バニラらしくない乙女チックな叫び声に、私もウットリいい気分。
「ちょっとビスケ!この曲流すのやめてくれる!?みんなのトラウマソングで飛び起きるの、そろそろ心臓に悪くなってきたわよ!?」
「心臓に悪いからやってるんですが、なにか?」
「さも当然のように!!そろそろ普通に起こしてくれないのかしら!!」
「なら、自分で起きるんですね。オンラインゲームをぼっちプレイで徹夜プレイするからそういうことになるんですよ?」
「ぐぬぬっ……」
こんな感じで言い返せなくなるんだから、チョロいものです。
モンブランと華麗にハイタッチして、キッチンに戻ります。
そのあと、起こした二人がうんざりそうな顔で食卓につきました。
「今日は体調悪そうですね?何かありましたか?」
私が分かって言っていることを分かっているのか、二人が無言でこちらを睨みます。
おお、怖い怖い。
大した迫力もないので拍子抜けです。
さて、それぞれがそれぞれ食事を終わらせて、外に出ていきます。
新しく設立されたコミュニティーの集まる場所へ。
……マーブルが消えたあの日から二年。
あれからアポストロスが襲来してくることはなくなりました。
パッタリと敵は姿を見せなくなったのです。
あの日、停滞した心を持った人達は、アポストロスに操作され全員死んでしまいました。
諦念を抱いた者達は、一人残らず淘汰されてしまったのです。
操作されなかったのは、まだ生きることを諦めない人達のみ。
バニラが心眼を使って現在の世界人口を調べたところ、その数は五千人を切るのだそうです。
かつての文明を再興するのに、あと数百年はかかることでしょう。
途方もない時間です。
でも、私達はそこで絶望したりはしませんでした。
アポストロス達が私達人類を攻撃していた原因は、種の存続を諦める停滞した心にあるのですから。
私達が生き残る為にも、ここで立ち止まっていてはいけません。
バニラの求めていた【生命の存在理由】に迫ろうとする心。
それこそが、この星の求めているものなのです。
人の生きる理由が分からなくても、答えを見つけられる余地がわずかでもあるのなら……
例え自分の命が尽きても、次の世代に意思を託して。
母親が子供を生んで、自分の存在理由をそこに代替えしながら。
命のバトンを繋げていく……
子供を育てることに生きる意味を見出して。
人の生きる意味を探求することを、遥か昔から自分の子供に求めてきたのです。
自身には成し得ないことを、次世代に託してきたのです。
これは血の繋がった者のいない私の憧れでもあります。
人間は獲得形質を有さない。
ですが、種として進歩することは出来ます。
遺伝子を時の流れに委ねることによって、私達はここまでやってきました。
これからも、それはずっと続いていくでしょう。
私達は今、この瞬間を生き抜くことができています。
新たな可能性を望む人だけが生き残ったことで、地球が人類を認めてくれたのかもしれません。
だからアポストロスがこの星に来る必要がなくなったのかもしれません。
皮肉にも、人類を滅ぼそうとしたアポストロスによって、人類の終焉は回避されたというわけです。
それは、星の子であるマーブルが、必死で私達を守ってくれたおかげでもあります。
彼がいなければ、私達は明日を見ることも叶わなかった。
彼に会えたら、ありがとうと言いたいです。
感謝しても、しきれないくらいの恩があります。
そう……とても、会いたい。
話したい。
あの声を、もう一度聞きたい。
くだらない話で、笑いあいたい。
一緒に朝食を食べたい。
でも、会えない。
死んだから。
私達の……人類の可能性を信じて。
「マーブル、また会えるって言ってくれたんですけどねぇ」
あのマーブルなら、なんとかして私に会いに来てくれるかもって。
あんな言い方、期待しちゃいますよね……
「ん」
と、私の持っている小型端末に着信が入りました。
昼頃のことです。
名前は……バニラでした。
「はい、もしもし」
「あ、あたしよあたし」
「あたしあたし詐欺ですか?」
「バニラなんですけど!!大体、あなたから巻き上げる金なんてないでしょうに」
「私を狙っているのかもしれないでしょう?」
「そういうのを自意識過剰って言うんじゃないかしらね」
「私に対する妬みですね、分かります」
「…………
数秒の無言。
多分戸惑いとか怒りとかその他もろもろの感情を堪えてるんでしょうね、ムフフ。
「なんか納得いかないわ」
「バニラが納得いったら私が納得できませんけどね」
「……用件を言うわね」
「おや、もうギブアップですか」
「用件を言うわね!!!」
「はいはい」
「はいはい言いたいのはこっちの方なのに……」
バニラの声に気力がなくなってきたので、ここらで勘弁してあげるとしましょう。
「それで、用件というのは?」
「終わったわ」
「何がです?」
「全生存者の移送」
「……遂に、ですね」
「ええ」
……コミュニティー。
生存する意思を持った人々による、生存者の為の集団。
私達は社会性を持つ生き物ですから、他者との結束もなくこの世界を生き抜くのは困難を極めます。
だから、地球上に生き残った全ての人々を集めることにしたのです。
ここ、東京都に。
バニラが心眼で人を見つけ、プラムさんが東京へ移送する。
私はモンブランと一緒に、移送されてきた人のメンタルケア的なことをやっています。
意外に私の毒舌が好印象で、素直な発言が逆に安心できるらしいです。
それまでシスターっぽい活動なんて殆どやってこなかったですから、張り切ってやりましたとも。
ここに移送されてきた人々もまた、自分の技能を生かしてコミュニティーの発展に勤しんでいます。
機械のメンテナンス、食糧生産、コミュニティーメンバー間の調停などなど。
中には、宇宙航空の研究を進めている超能力者のメンバーもいますね。
大型3Dプリンターで、必要な機材を製造して本格的に宇宙船を作ってますし。
動力さえ供給できれば、半永久的に移動し続けることの可能な船を目指す、だそうですが……まあ期待せずに期待しておきますかという感じですね。
「では、明日やりますか」
「もちろんよ」
軽い同意をしたのち、通話を切ります。
あの日から、ずっと願ってきた……
二年越しの願いが、明日叶うかもしれません。
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目の前には、教会がありました。
私の住んでいた家。
二年前の騒動で半壊していて、とても住めたものではありません。
それでも、私達はこの場所を選びました。
思い出のある場所の方が、彼は喜ぶでしょうから……
この世界に生きる全人類が、私の背後に立っています。
バニラやプラムも。
目を閉じ、ここで祈る為に。
「みなさん……願ってください。自分がこの世でなにを成したいのかを……どんな犠牲を払ってでも、このこの長い人生を歩みたいと思える願いを……」
信仰心による祈りではありません。
自分の願望を純粋に……ただ純粋に。
「……本来、人類は害悪でしかない」
あの時、彼が言った言葉。
私は覚えています。
あの時の彼の気持ち……今なら分かります。
「人は生きる為だけでなく、自身の欲望を満たすために様々な種を殺してきました。動物の皮を剥ぎ、装飾品に仕立て上げて。家畜を養殖し、食べる為だけに肥え太らせて。それを知らず、のうのうと金を対価に肉を当たり前のように食らう者達。そのくせその人自身に不幸が訪れると、途端に不平不満を主張し始める、愚かな人」
私の話を咎める者は誰もいません。
そんなこと、分かりきっているから。
言ったってどうしようもない人の本質なのに。
「でも、いいんです。穢れていても、醜くても、それでも命はあっていいんです」
例えそれが滅びの運命を背負っていたとしても、あってほしいと思える。
「だって、命はこんなにも可能性に満ち満ちているんですから!!」
やっと気付けました。
マーブルが考えていたことを。
やっと、彼に追い付けた。
「さあ、目を覚まして」
命が輝いていきます。
このきらめきこそが、私達を結ぶのです。
私は教会に一人で入っていきます。
あの日、彼と初めて出会った場所。
そこにたくさんの光の粒が揺蕩っていました。
きれいで、美しくて。
……懐かしい。
あの時みたいに、それは一か所に集まって。
私達はまた出会いました。
「……言ったろ?また会えるって」