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星は生きている

 「目を覚まして……」


 声が聞こえた……ような気がした。

 優しい声だった。

 だから惹かれて目を開ける。


 ……宇宙か

 俺は光の流星に乗っていた。

 聖剣の衝撃波ももはや失われている。

 だから俺は肉体を構成する分子の結合を紐解いて、意思ある輝きと化した。

 俺の肉体は今、光そのものなのだ。

 光の物質化は理論的に解明されている。

 逆を辿ることなど、今の俺にとっては容易い。

 よって俺は相対性理論により、体感的には遅く、実際には一瞬でアポストロスの元に向かっていた。


 いや、しかし……人間感覚が喪失しかけている。

 力を使った代償だろうか?

 喜怒哀楽の何たるかを忘れてしまったかのようだ。

 ……思えば、俺は徐々に小難しい思考を有すようになっていたな。


 ビスケと出会った頃は、幾分シンプルだった気がする。

 でも、今は物事を難しく考えてしまっているような気がする。

 そんな気がする。


 人類の知的水準が向上してからのち、自滅に向かおうとする現状の中身がよく理解できる。

 知性がある水準を超えると、人にとって劇毒でしかなくなる。

 見たくもない冷たい現実と真実を否応なく見せつけられるからだ。

 しかも今まで抱いてきた希望が、薄く脆いものだったという気付きを、高みに至った知能はもたらす。

 進化の道は、自滅の道。

 そんな絶望的な現状を、“我々”は超えることができるのだろうか?


 ああ、きれいだ

 背後には、丸くて青い星……地球。

 母だった。

 命の母だった。


 ただ、尊い。

 そこにある意思を感じる。

 そうだ。

 “我々”の星には目的があるはずだ。

 それは、どのようなものだったろう?

 みんなの声を聞けば、分かるかもしれないが……


 「これから死ぬのに、聞いても意味ないかな」


 振り向くと、流星の向かう先に無限の黒星が一つ、宙に浮いている。

 真っ黒なアポストロス。

 俺の体が引き込まれているのが分かる。

 もう少しで、俺は飲まれて消える。


 目の前に見えるものは、俺にとって死に等しい。

 死が見える。

 ただ、それが俺に肉体的破壊以外にどのような影響を及ぼすかは分からない。

 元々、死なんてものは人が理解出来るようなものじゃない。

 みんな知った気でいるだけだ。

 死という絶対的な平等があるということだけ知っている。


 対して、魂。

 実は魂の存在に関して、論文が残されている。


 人の意識は脳が生み出していると、大多数の人間は答えるだろう。

 しかし、それは違う。

 科学的に見て、人の意識を生み出す器官などというものは脳のどこにもありはしないからだ。

 ゼロである。

 認知能力や思考に携わるものは存在するが、その大本となるものはどこにもない。

 もちろん脳以外の器官が意識を生み出しているわけでもない。

 人の意識というのは、あまりにも科学で説明することができない。

 ならば、人の意識とは……クオリアとはどこから生まれてくるのか?


 それは、魂である。

 脳の最果て、命の座と呼ばれる場所に、魂と呼ばれる情報体が眠っている。

 まるで、人の体という乗り物をコックピットで操っているかのように。


 情報体自体に質量は存在しない。

 あくまで霊的存在である。

 脳の神経による情報のやり取りとは関係のないところで、人は心の源を持つに至る。

 もちろん、霊などいるわけがないと主張する輩もいたが、結果論から言って簡単にそれは否定できることではなかった。

 魂と呼ばれるゼロでしか、人の意識と呼ばれるゼロを肯定できないからだ。


 霊の始祖的存在はかつて、ビックバンで宇宙が広がる前の極小空間にあったという。

 遥か昔、宇宙誕生以前の世界は信じられないほど小さかった。

 人の手のひらに収まりきるほどの空間だったという。

 そこに、全ての物質の元があった。

 もちろん命とか、魂と呼ばれているものも含めて。


 しかし、この世の全てがそこに圧縮されているため、超々級の高圧環境である。

 世界一頑丈な物質をそこに入れたとして、一瞬で粉々に散ってしまうだろう。

 人ならそれ以下の時間で消滅することは間違いない。


 なのにだ。

 魂はそこにあった。

 何故消滅しないかと言えば、命や魂とは物理干渉を一切受け付けない幽霊のような存在、あるいは現象だからである。

 実在しない実在。

 ゼロではないゼロ。

 だから極限環境下でも存在することができたのだ。

 科学的思考による結論ではあるが、まるでフィクションのようにも思える。


 しかし実際、命は存在している。

 疑いようもない事実だ。

 だって俺達は今、この瞬間を生きているのだから。

 そして存在には必ず起源がある。

 逆説的な結論であるからして、やはりこの考えを簡単に一蹴することはできない。


 さて、宇宙はビックバンを通して広がった。

 まず、世界で最初に出来上がったのは星だ。

 命は実体を持たないため、何かに宿って(霊的存在なので、憑依と言ってもいいかもしれない)、存在を確立させる性質を有していても何らおかしくはない。(物質に依存することなく、ただ宇宙を漂っていた可能性もありうるが)

 最初期の世界には星以外のものが殆どなかったため、命は選択する余地もなく、荒れた大地に根を下ろした。


 星に宿った命は、自然環境を一から整えて、生命の海を創り出した。

 そこから人の先祖を含めた有象無象の生物が誕生したという。


 つまり、星は生きているということ。

 母なる星が子供達を生み出したということ。

 俺が前に考えた、ガイア理論の後押しである。

 俺を星の子と言い切るバニラの根拠でもある。


 命は感情を、クオリアを、心を“我々”に与えてくれた。

 だがこの心、生命を自壊させる要因でもある。

 ならば心とは、命とはなんのためにあるのか?

 答えが、目の前まで……


 しかし、眼前にアポストロスがいた。

 もうなのか。

 もう、時間切れなのか。


 暗闇の穴が続く黒球。

 映像からでは分からなかったが、穴の奥に巨大な瞳が見える。

 一点に俺を見つめている。

 深淵を覗く俺を、覗き返している。

 気持ち悪かった。


 俺はただ真っすぐ吸い込まれて。

 落ちているのか、昇っているのかも分からなくなる。

 人の平衡感覚などいい加減なものだ。

 宇宙には上下の概念がないに等しい。

 天と地という表現は、人の視野の狭さをそのまま表現していると思っていいだろう。


 人は正しく世界を認識しない。

 人同士ですら人を完全には理解できない。

 もし人類が完全な生命体として確立される道があるとしたなら、それは……


 「群体として進化することなのよねー」


 ……謎の声が聞こえた。

 有り得ない。

 ここには誰もいない。

 声なんか聞こえるはずがない。


 ……いや。

 ここは、敵の眼前。

 いるじゃないか、アポストロスが。

 巨大な瞳が、卑しく笑っていた。


 「そう!私達はまさに使徒なのですよん。名前を付けた人ってセンスあるわよねー」


 女、なのか?

 しかも想像してたのとなんか違うし。

 なんかノリが軽いような……


 「私達の母星は女の総数の方が多かったし。男性体が少なかったから、全員混ざった時に男の方の意識がどうしても弱くなっちゃったわけなのね」


 アポストロスの母星?

 というか俺、体が吸い込まれていない?

 まだ、死んでない?


 「故意に止めてるんだから当たり前でしょ。てかそういう機能がなきゃ、今頃地球もお月さまも全部消えて私達の養分になってるってーの。そもそも私達の同胞である地球と月を破壊するわけがないでしょ。月の軌道上で待機してたのは、君が月の破壊を阻止しにやってくることを予想したから。一度ヒトの王とお話してみたかったのよねぇ」


 人の王?

 俺がか?

 というかお前は一体……


 「まだ分かってないの?地球もとっととこの子に全部教えてあげればいいのに。本当に何考えてるのかしら?」


 何を教えてあげるっていうんだよ。


 「地球に住むヒト種が、単一生命体に進化せず勝手に絶滅しようとしてるから、私達が母星から派遣されてきたってこととか?」


 ああ、なるほど。

 人が勝手に自滅しようとしてることには黙って頷くしかないな。

 でも、単一生命体になる必要なんてあるのか?


 「何のために星が天体上に生命を発現させるのかって言ったら、宇宙の外に進出出来るだけの機構を持つ究極生命体を創り出して、宇宙の外にいるははに会うためでしょ。地球から与えられた役割を、ヒト種は放棄したんじゃないのよさー」


 その言い方……お前達アポストロスも、人と同じ役割を担っているのか?


 「お、よく気付いたわね!すごいすごい!」


 いや、だってお前、流暢に日本語を話すもん。

 それって要するに知能が高いってことだ。

 てことは、アポストロスは……人と同じ、知的生命体なんじゃないのかって思ったんだ。


 「そうなのよん!私達は、みんな最初はヒト種と同じ社会性を持つ知的生命体の群れだったのよね~。地球のニートなヒト種とは違って、順調に就職しんかしたけど」


 進化して、そのブラックホールみたいな姿になったってのかよ。


 「あら、あくまでこのブラックホールは身を守るための装甲なのよ?重力の力で攻撃を圧縮して、装甲の糧とする。私達の中枢には光を記録媒体や回路として使えるフォトニック純結晶で構成されたキューブがあって、全ての意識を統合して保存してあるの」


 ……貴石で体が作られているのか?


 「純粋な生命体としての肉体は千年前ぐらいに破棄してるし?私達は複数の生命体が個人を統合した、知的生命体の上位種と言ったところかしらね」


 マジか……

 いや、だとしてもだ、その上位種サマが下位種であるヒト種と何の関わりがあるってんだよ。

 人のことを殺さずそっとしておくって選択肢もあるだろう?


 「残念無念、そうもいかないのよね~。本っ当に残念!そのまま素直に進化の道を辿ってくれていたら、私達が母星からここまで来る必要もなかったのにね」


 そこまでして俺達を……滅ぼしたいのか?


 「滅ぼさなきゃいけないのよ」


 ……何故?

 俺達は、生きてはいけないのか?


 「生きることをヒト種が放棄したから、私達が殺すのよ……って言っても分かんないでしょうね」


 ああ、分かんねぇよ。


 「そうよねぇ。まあ、今から大体のことを特別に説明してあげるから、耳の穴……っていうか今の君は光そのものだから目も口もないしアレだけど……まあ穴っぽいものかっぽじってよ~く聞きなさいな」


 あ、そうか。

 今の俺は思念体みたいなもんだったな。

 だからまともに喋れもしない。


 「喋るというコミュニケーション自体原始的なんだけどね?」


 ……お前らが光を情報化出来るってんなら、言ってることも素直に頷けるよ。


 「知の究極がこうして言葉でコミュニケーションを図ることってそうそうないもの」


 多分お前に隠し事出来ないから正直に思うけど、そこは割とどうでもいい。


 「あっそ。ま、いいわ。じゃあまず、一番興味のありそうな……星から誕生した生命の目的から説明しましょうかね」


 生命の目的……

 バニラのもっとも知りたがっていた真実。


 「命はなにを目指すのか?それは生命体の生みの親である星の目的と同義なのよん。全ての星々の願いである“外世界にいるははに謁見すること”。これこそが、生命の目的」


 神への謁見?

 神って、宇宙の特異点じゃなかったんだな。


 「神を何とするかは生命体によってコロコロ変わるでしょ。星の認識する神がそれってだけの話よ」


 前に似たようなことをビスケと話したっけな。

 神様の定義は人それぞれって。


 「ズバリそれよん。で、星は星の認識するははに会うために、知的生命体が生態系のリーダーとなって、長い年月を経て上位種へと進化を遂げるのだわ」


 上位種になって、宇宙の外に行くために?


 「君だってあるはずなのよ?宇宙の外への探求心」


 ……思った。

 何回も。

 それを理由にバニラを説得しもした。


 「なのにだわ、ヒト種はその役割を放棄して、世界に残された未知を探求する心を見失ったのよ」


 それ、さっきも言ってたな。


 「うんうん。ヒト種はかつてインターネットを使って生命統一の第一歩を踏み出したみたいだけれど、どうやらそれは破綻したようだし?」


 インターネットが発展して人同士の繋がりが拡大しても、それが争いを生むこともあった。

 中途半端な繋がりだったからだ。

 それは事実として納得するけど……


 「そして二十年前、地球は私達の母星に信号を送ったのよ。地球上に住まう全ての知的生命体を殺してくれって。だから私達は地球に来て、ヒト種を滅ぼすのよ」


 ああ……そうか。

 人は星に見限られたのか。

 母に、絶望されたのか。

 種としての諦めを見抜かれていたのか。


 救いのない話だな。

 人が自らその道を歩んだことが、もっとも救えない。


 でも、それでもまだ光は消えない。

 希望が残されている気がする。

 “みんな”の声がそう言ってる気がするんだ。


 「ま、そうよねぇ。第一、君達視点で見ればヒト種は自然に絶滅するんだから私達地球ほっといていいんじゃない?って話になるし?」


 なら、何故お前はここに来た?


 「そもそも、地球が信号を送ってきた理由っていうのはヒト種がこれ以上星の資源の無駄使いをさせないためなのよん。星の資源は基本的に有限。人が滅びる時期まで黙って待つつもりなんて地球にはな~いの。それに、ヒト種の中に少数生き残ろうとしてる例外がいるみたいだし?完全に絶滅しない可能性があるのなら、なおさら私達が完膚なきまでに滅ぼさなきゃ」


 ……滅ぼしてどうなる?


 「どうもしない。新しく地球上に命が発現し、上位種となって更に上位種同士で融合する。究極生命体を統合しての力で世界の壁を越え、ははを目指す。それだけのことよ?」


 ああ、なるほど。

 究極生命体を統合しないと宇宙の外には行けないのか。

 だから、アポストロスの苗床である地球をお前達は壊さないんだな。


 「厳密に言うなら、壊さないじゃなくて殺さない、ね。星も生きているのだし。」


 俺達の母親、だものな。


 「君達は殺すけどね」


 酷いな。

 必死に生きている人達もいるのに。


 「関係ないわよ、そんなの。地球の裁決は下ったの。無数の星々に信号を送ったのが良い証拠」


 なら、俺はどうして生まれたんだろうな。

 俺は……地球に創られたらしいぜ?

 人を滅ぼそうとする地球が、どうして人を守る俺を創ったんだ?


 「ねぇ~!私達もそう思うわぁ~。まるで矛盾してるよね。だからヒトの王と話してみたいって思ったわけだけど」


 はは、そっか。

 知の究極でも知らないことはあるんだな。


 「必要のないことは知らなくていいのよ」


 如何にも不完全なヒト種が言いそうなことじゃないか。


 「不完全で結構。もし生命体として完全であったならば、私達も他の同胞と混ざる必要なんてないもの。命は、どうしたって不完全。だから母親に会いたいと思う気持ちが星から芽生えてくるのじゃないかしら」


 ……寂しくないのか?

 せっかく俺達は個別の意識を持って生まれてきたのに。

 たった一つの命になって、寂しくないのかい?

 お前達がなろうとしているものは、孤独なのに。


 「それでも会いたいと思うのよ。心がそれを目指すの。命がそれを目指すの。私達の全意識がそれを目指すの」


 ……俺は、嫌だなぁ。


 「……私達の希望はそこにしかないのに?」


 多分俺達もそこに希望を見出すべきだと思うよ。

 存在意味を見失った人類がそれを二十年前に聞いていれば、アポストロスが地球へ来襲なんてこともなかったろうしな。


 「もう遅いけどね」


 そう、なにやったって敵はどんどん地球にやって来るんだ。

 どうせなら、俺の意思を貫き通してやるよ。


 「君の意思ってなによ?」


 人類をこのまま存続させてやるんだよ。

 人が人のままで母親ほしの手から自立して、外世界へと向かうんだ。


 「無理よ。世界の壁は頑丈なの。ヒト種如きが超えられるものじゃない」


 それでもやるんだ。

 できる。

 きっとできる。

 俺達ならそれが叶う。


 「もう一度だけ言うわ。無理よ。不可能なのよ」


 ……もしかしてお前、この世界は1+1=2なんて数式だけで説明出来るとでも思ってるのか?

 あのな、1+1の答えが3にも4にもなることだって結構あるんだぜ?

 創発……自然界じゃ珍しくもない現象だ。

 お前みたいなアポストロスが一つの個体になれば、確かに莫大な数字にはなるだろうさ。

 だけど、その答えから次の数字に変化することは永久にない。

 だって、最終的にはたった一つしかお前らは残らないんだから。


 「…………」


 この際だし、お前らが知る必要もないことを一つ教えてやるよ。

 人って生き物は、他者に認められたいから成長するんだ。

 他者とどうしても違う部分があるからこそ、それを尊重して、お互いに強くなることが出来るんだ。

 そりゃあ人が集まれば争うし、蹴落とすし、すごく醜いものなんだけどさぁ。

 たまに、人は人と触れ合ってすごい力を発揮するんだ。

 軽々と”我々”の想像を超えることがあるんだよ。


 「……それは君の言葉?それとも星の言葉?」


 俺もいる。

 俺もある。

 それでいい。


 「今の意見が全てだと?」


 人を守る。

 そのためにお前らを倒す。

 これ以上なく単純でいいだろ?


 「そんな単純な願いを叶える手段がなにもないんだけどね」


 ……分かってるさ。

 ここはお前の体内みたいなもので、そのお前は知的生命体。

 知的生命体に対して、俺の力は無効化される。


 「その通り」


 俺がここまで来たのは全部無駄だと言いたいわけだな。


 「無駄の蓄積はヒト種の得意分野でしょ?今だって、人類史五百万年の積み重ねを自滅でパーにしようとしてるじゃない」

 

 俺が止めるし、問題ない。


 「どうやってここから脱出するの?その気になれば君なんか数秒で圧殺できるけど?」


 その数秒以下で、俺はお前を殺せる。


 「……どうやって?」


 俺が手にこっそりと持っている、この携行型縮退炉用ボックスの中身はなんだと思う?


 「……」


 分からないのか?

 知の究極も大したことないな。

 縮退炉ってのはブラックホールを極少量発生させる装置のことなんだぜ?

 肉体の半分以上がブラックホールでできてるお前を殺せるもので、なおかつブラックホールを安定化させる箱に入れる必要のあるものと言えば?


 「ホワイトホール……」


 俺の知人が考えてくれた案さ。

 下等なヒトのアイディアによって、お前は死ぬんだ。

 その代わり、俺も死ぬけど。


 「……驚いた。ホワイトホールを作れるとは夢にも思わなかったわ」


 お前みたいな超常の存在でも驚くことはあるんだな。


 「私達でも再現することの叶わない特別な現象だし……地球の命の力はすごく大きいのね。いずれにせよ、道ずれに死ぬ覚悟はあるということかしら」


 ああ、もちろんだ。

 わざわざ二十年もかけてここまで来てご苦労だったな。

 早速で悪いが、俺が黄泉の彼方まで吹っ飛ばしてやるよ。


 「死ぬのが怖いの?やけに挑発的だし。ちなみに私達の行動原理は種としてのモチベーションから来てるから、母星に影響がない限り死は怖くないけど」


 そのでっかい目をニタリとさせながら言うな、気持ち悪い。


 「私達が仮に美少女だったとしても、気持ち悪いって言ったくせに。死ぬのが怖いから、虚勢を張りたいんでしょ?」

 

 ……バレたか。

 ま、やせ我慢だしな。

 しょうがないだろ?

 本当は俺、泣きそうなくらい怖いんだよ。


 「心、ねぇ」


 こういう自己犠牲もまた、心の多様性からたどり着いたものの一種だろう?


 「イデアルティプス的な進化を辿れば、そんな思考は有さなかったのにね」


 理想的な進化を遂げた種は、人間なんかとは違って完璧に近いんだろうな。

 生憎、こっちは欠陥だらけだ。

 仮に種として完成したとしても、完璧なんかには程遠い。

 完璧のかの字もないね。

 でも、そこがいいんだろうが。

 さっきも思ったけど、それが創発を引き起こす一番の可能性なわけだし。


 「ヒト種の可能性に懸けたいのね」


 ……ビスケに教えられたからな。

 人はまだ、大丈夫なんだってこと。


 「あら、意外と単純な願望で君、ヒトを守るのね」


 ……は?


 「死ぬ前に、良いことを聞かせてもらったわ。ありがとう」


 ……感謝の言葉の直後、俺はホワイトホールの力を解除した。

 お礼なんてされたら、殺すことに迷いが生じてしまいかねない。


 スイッチを押して箱を開ける。

 中身が出現。

 全てを外へと弾き飛ばす白い球体が可視化されていく。

 そう、ホワイトホールはブラックホールの真逆……全ての物質を外へと押しやる絶対拒絶の白星。


 それは俺がプログラムした通り、急速に膨張を始めた。

 同時に、球体から槍の形状へと変化していく。

 白星の力よりも更に強い重力を用いることで、強引に人の武器の姿へ。


 地球も月も壊したくないアポストロスからしてみれば、気軽にブラックホールの出力を上げて対処するようなことはしないはずだ。

 近隣の星を吸い込みかねない行為だからだ。

 先ほどの会話から予想するに、こいつらが星食いをするとはとても思えない。

 そこに俺の勝機があった。


 さあ、今度こそ……届くと信じて。

 地球の夜明けをもたらさんと、腕を大きく振るって。

 俺は白き槍を投じた。


 ブラックホールによる重力と推進力が、白い槍を加速させていく。

 それは一秒にも満たない間の中で、音速すらも超えて直線を描いていく。

 果たしてそれは、寂しい無音の、しかし強烈な重力の世界の中で。

 地表へと接触した。


 恐らく、俺の光の槍はこの地表で消滅してしまったのだろう。

 黒星の質量に変換される形で。

 ここからは、世界を歪める力を打ち負かせるだけのなにかだけが進める領域。

 白い槍でどうにもならないのなら、もうこの敵を倒す手段はないと思っていいだろう。


 そして、一秒。

 一瞬のようで、俺にとっては長い時間。

 人類の命運をかけた一秒なのだから当然だ。


 結果は……どうだ?

 敵のコアまで辿り着けただろうか?

 見た目の変化はない。

 疑問。

 失敗かどうかの判別がつかない。

 不安に駆られそうになる一歩手前。


 途端、ブラックホールが爆発もせずに晴れていく。

 まるで黒い霧が払われたように。

 ……成功だった。


 太陽がアポストロスのコアを照らしていく。

 それは虹色に輝く巨大な丸い球だった。

 全ての体積にフォトニック結晶体を使っているのだろう。

 これが、敵の本体。

 貴石の化け物。


 ……これでブラックホールによる爆発の危険はなくなった。

 しかし、このアポストロス本体が地球の重力に引かれて落下したならば、被害は甚大なものになるだろう。

 もちろん抵抗はするが、地球から距離が離れすぎているために俺の力はショボいものになっている。

 せいぜい手のひらからマッチ棒並みの火を灯すくらいが関の山だろう。

 だからこれを用意した。

 ……超小型核爆弾。


 水爆程度の爆発力。

 これ一つで東京を根絶やしに出来る。

 アポストロスの核を攻撃するには申し分のない威力だ。

 なので、俺もろとも木っ端微塵になるのは確定なんだよなぁ……


 死ぬのは怖い。

 やり残したことはいっぱいある。

 でも、バニラがビスケと仲直りするって言ってくれたし。

 まあそれで満足するとしよう。


 ところで、俺が死んだあと魂はどこへ行くのだろう?

 ……分からない。


 過去、地上で死んでいった命は計り知れない数に及ぶだろう。

 それでも死後の魂がどうなるのか解明されることはなかった。

 全くの未知だ。

 そう、未だ誰も知らない。


 直後、未知という言葉に高揚感を覚えた。

 恐怖による胸の高鳴りが、冒険心によるものにそのまま置き換わった。

 気付いて、悟った。


 ああ……そうか。

 俺は今、旅立つんだな。

 誰もが知りえない未知に向かって。


 好奇心がくすぐられる。

 人類の誰もが知りえなかった新しい世界がそこにある。

 もしかしたらそこに、新しい可能性があるかもしれない。


 人々が死後の世界を宗教に取り入れた意味。

 それは最初、単に想像する余地があったから、新しい世界を夢見て諳んじたのかもな。


 そして死の瞬間。

 俺は爆弾のスイッチを押して、笑いながら光に包まれた。




 ---



 

 「で、死んだと思ったんだけどなぁ」


 俺は今、生きていた。

 教会の寝室に設置されているボロベットの上で。

 ビスケが隣で絶賛睡眠中だった。

 核爆弾を起動して光に飲み込まれたと思ったら、ここにいたのだ。


 「どないやねん」


 意味不明すぎて、関西弁が出てきた。

 あの時の俺は光と化していたが、決して無敵ではない。

 光はとても分散しやすい。

 外敵からの攻撃を受ければ、体の一部である光は俺の力の拘束から離れて吹っ飛んでいき、二度と戻ってこない。

 基本、あの状態は脆いのだ。

 あんな大爆発で生き残れるわけがない。


 「もしかして俺は、また新しい力を手に入れてしまったのか?」

 「なぬ!?ビスケの寝室でそんな中二病的なことを言われたら、ミーはどうコメントを返したら良いか分からないではないか」

 「うお!?」


 寝室の入り口に、シュガー神父が立っていた。

 今ここに来たのだろう。


 「今のは強烈な一言だったな。素で吐いたセリフだったからなおさら痛々しい」

 「そんなアニメ好きな中二ポエマーを見るような、慈しみを感じさせる目で俺を見てくれるなよ」

 「もう良い年齢なのだし、中学二年生を留年するのはこれで最後にしような?」

 「現実的な話をすると、義務教育は留年ないんだけどな」

 「精神的な例え話をしているのだよ。それとも、そんなあからさまな言い方で話題を逸らそうとしていたとか言うんじゃないだろうな?」


 図星であった。


 「……あんたには敵わないよ」

 「奴隷が主人に勝てると思っているのかね?」

 「奴隷ってことは雇用契約すら交わしてないんスね俺達」

 「実際に契約書など書いていないではないか」

 「俺は神父を信用してる」

 「ミーも奴隷としてマーブルを信用しているぞ!」

 「そこまで奴隷を推すのか!あんたは俺をなんだと思ってるんだよ!」

 「家畜だ」

 「奴隷より更に酷くなった!?」

 「なら豚が良いか?」

 「それ分類がハッキリしただけで、結局家畜と同義じゃん!」

 「かつての一般家庭では、ペットとして飼われた豚もいたという」

 「……もうなんとでも呼べばいいよ」


 神父ならもっと酷いカテゴライズを俺に当て嵌めそうな気がするので、ここらで諦めておくが吉だろう。


 「ところで、俺をここまで運んできたのはあんたなのか?」

 「いいや、違うぞ」

 「なら、誰が……」

 「ミーは見ていた。突然貴様が光と共にビスケの隣へ現れたところを。最初に教会の中で貴様がシスタービスケットの隣へ光と共に出現したのを思い出したよ」

 「……その話、初耳なんだが」

 「いつの間にか伝えるのを忘れてしまっていたのだよ。雑誌のクロスワードに夢中だったのだ」

 「マジか!」

 「結構マジだ!」


 そんな下らない理由で、俺はそんな重要そうなことも知らずにいたのか!


 「俺がもし宇宙空間で死んでたら、あんた永遠に伝え忘れたままだったんだぞ?」

 「知らぬが仏と思ったのだよ」

 「どこがだよ!知った方がいいに決まってんじゃん!しかもあんた神父のくせして仏教由来のことわざ使ってんじゃねーよ!」

 「うるさいわ!!奴隷如きが主に逆らうではないわ!!」

 「困ったら逆ギレかこのヤロー!」

 「ミーだって罪悪感を感じてるのだから、そこをいちいち突いてくるな馬鹿者!仕舞には泣くぞ!!」


 神父は意外とデリケートだった!!


 「話を元の軌道に戻さないと、貴様を殺してミーも死ぬ!」

 「なにヤンデレみたいな理不尽言ってんの!?」

 「ミーはヤンデレではなくヤンヤンだ!」

 「それただひたすら病んでるだけだろ!というかそのジャンル一体誰得なんだっつの!」

 「ヤンヤンにも需要のある時代は確かにあったのだぞ?」

 「認めたくない人類の歴史だな」


 メンヘラな女性をあえて狙う男も前時代にはいたらしい。

 メンヘラは何かに依存する人が多いのだという。

 つまり、彼女達のニーズは依存されたがっている男にあったというわけだ。


 「まあ、自分の尻をピーして穴の奥をピーーーーーーーする変態ほどではないな」

 「音声規制かかってるように見せかけて、実は自分の声でピーって言うのやめてくれないか?」

 「全く、貴様がそういうネタバレをしなければ読者は大人しく騙されていたというのに」

 「読者を騙す必要性がどこにあるんだよ!てか読者って誰だ!」

 「異次元世界でたった今もこの文を読んでいるそこの奴らのことだ」


 神父は天を仰ぎながら言い切ったが、全くもって意味不明だった。


 「わけが分からん」

 「分からないということは、貴様が登場人物的な意味合いで正常だということだから安心するがいい」

 「逆にあんたの方が心配になってきたよ」

 「ミーは今まで貴様のことを心配していたというのに、恩知らずな奴だな」

 「……俺は今までどのくらい寝てたんだ?」

 「貴様が出現してから、十分も経っていないぞ」

 「ついさっきじゃないか!」

 「ついでに言うと、一時間前くらいに東京が明るくなったばかりだ」


 ってことは、一時間前にアポストロスが消滅したってことだ。

 俺はその時、宇宙空間にいた。

 これはつまり……どういうことだってばよ?


 「俺は夢を見てるんじゃないだろうな」

 「ここがもし夢の世界だったら、貴様のことだからシコシコなことをやり放題な世界になっているのではないか?」

 「俺はそんなに下品な男じゃないし!!」

 「シコシコとは、食べ物の食感を表す擬音語なのだぞ?少なくともミーはそっちの意味で使った」

 「……嵌めたな?」

 「さあ、知らんなぁ?」


 悪人の顔で見下す顔一つ。

 怒りで真っ赤な顔一つ。


 「お前のそのふざけた脳をぶち壊す!!」

 「やれるものならやってみろ!このシコシコ大魔神が!!」

 「あんた絶対そっちの意味で使ってんだろ!!」


 ビスケの寝ているベットから飛び出して、神父とボコスカ喧嘩を開始した。


 「うぅん……ちょっと静かにしてくれませんか?」


 アニメ風な煙が辺りに充満する中、喧嘩の騒ぎが原因かは知らないが起きだした人一人。

 もちろんそれはビスケだった。


 「何でケンカしてるんですか?シコシコが原因で争ってるなら、私マーブルのことこれからシコシコ大神聖マーラ様って呼びますよ?」

 「神父が原因で喧嘩したのに、俺だけマーラ様呼ばわりかよ!しかもマーラって煩悩の化身やん!」

 「シコシコとは、食べ物の食感を表す擬音語なんですよ?あと、マーラはパタゴニアに生息していた動物のことですし。少なくとも私はそっちの意味で使いました」

 「お前ら揃いも揃って俺を虐める気か!!!」

 「これは弄りなのであって虐めではありません」

 「被害者の主観次第でそんなの簡単に変わるじゃん」

 「それは加害者側からも同じことが言えますよ?物的証拠がない状態で弄りと言い通せば、それは弄りという名のコミュニケーションになるのです」

 「過去に存在していた法律の限界を感じる言葉だな」


 しかし今気付いたのだが、ビスケがシコシコネタで俺を弄っているということは、その話題が出た時点で彼女は目が覚めていたということになる。

 もし彼女が俺を弄るタイミングを見計らっていたとしたら……

 ビスケ……恐ろしい子っ!!


 「まあ……お前が無事で良かったよ」

 「あのくらいの日差しなら大丈夫と思ってた私の過信ですね」

 「今度からは注意するんだぞ、シスタービスケットよ」


 神父に頭をポンポンされるビスケ。

 その様子はまるで父と娘のようで。

 ……いや、実際にそうなのか?


 「お前ら、親子じゃないよな?」

 「今更その質問か、シコシコ大魔王よ。貴様の脳みそもシコシコ洗った方が良いんじゃないのか?」

 「その呼び名はやめい!てか俺の質問にちゃんと答えろよ」

 「まあ……そうだな。親子、だな」


 その割には、なんか歯切れ悪いな。

 親子なら、もっと堂々と言えばいいのに。


 「そっか。いいな、親子って」

 「そういえばマーブルって、親いないんですもんね」


 何気にキツイビスケの発言。

 良い意味でも悪い意味でもストレートなんだよなぁ、彼女は。


 「強いて言うなら、地球が親なんだろうな」

 「生物学的には、地球の生き物はみんなその子供ですけどね」

 「なんか手のひらを太陽に透かした曲が流れてきそうなセリフっぽいぞ」

 「みんなみんな生きているんだ友達な~ん~だ~と思ったら大間違いなんですけどね。子供に対してここまで偽善っぷりを歌詞に込めた曲はそうないですよ?人生におけるポジティヴな面しか歌ってないところなんか、滑稽で面白くはありますけどね」

 「お前のことだからこの曲を肯定するとは思ってなかったけど、まさかの全否定!!」

 「生きているから嬉しいのは事実ですけど、同時に苦しいし、絶望することもありますしね」

 「……千九百年代の古いこの曲になんか恨みでも持ってるんスか?」

 「生を軽々しく肯定した曲は嫌いですね。でも、愛と勇気だけが友達なブレッドマンのオープニングには素晴らしいものを多く感じました」


 ……実はその二曲、同じ人が作詞してるんだよとは言えなかった。


 「ブレッドマンとか猫型ロボットなんかのアニメは、数百年以上続けて放映されてたからなぁ」

 「実際に人語を解する猫型ロボットが開発された時は、アニメファン達が号泣したらしいですよ?」

 「想像上の未来が現実に追いついたら、そりゃあ感動ものだな」

 「ま、ロボットに慣れたらあとは盛り上がることもなくなったらしいですけど」

 「そうやって人々の感動はどんどん数少なくなっていったと」


 成熟した大人が子供の児戯に興味を持たなくなるように。

 年経た老人が生への執着を薄くしてしまうように。


 「その究極を体現したのが、今の世の中というわけね」

 「ワタシノゴシュジンノ、ワキヤクハツゲンニハクシュwww」


 入り口の傍でバニラの声が聞こえた。

 ついでに、主人を馬鹿にするポンコツロボットの音声も。

 どうやら、俺達の声を聞きつけてここまで来たようだ。


 「そうか。バニラ、お前通信してた時も教会にいたんだもんな。ここにいても不思議じゃないか」

 「一時間前に死亡フラグを乱立してた君が、ここにいることの方が不思議だとあたしは思うのよ」

 「死亡フラグは主人公に限って適応されないケースが数多くあるものなのだよ、ドクターバニラ」


 バニラの言葉に、神父の意味不明な言葉が続く。


 「フラグクラッシャーと呼ばれる特殊体質のことね、シュガー博士」

 「そうなのだ。旗をバンバン乱立する癖に、その全てを今のところマーブルはへし折っている。これからも彼は旗を作っては折り、作っては折りを繰り返すことだろう」

 「ヒロインやサブキャラにとっては心中落ち着かないどころの話じゃないわね。なんてはた迷惑な主人公なのかしら」

 「その他にも小難しいモノローグを展開して中学二年生を行ったり来たりしているし、果てには誰がこの物語のヒロインかも分からないような平等な接し方を女性キャラにしているものだから、そっち系のフラグが立つかも怪しい状態だ」

 「今時のニーズが分かっていないわね、ニーズが」

 「ワタシノニーズニハカナイマセンネ」


 ドクター二人がふむふむと俺を見ながら話しているが、何のことだかさっぱりである。(ロボットの方はどうでもいい)

 しかし時々俺のことを、親が子を見守るように愛情深い眼差しで見つめてくる。

 誠に、誠に不快なのであった。


 「お前らの会話がさっぱり理解できないんだが」

 「一級フラグ建築士には程遠いってことよ」

 「ますます意味が分からん」


 むしろ、意味が分かったら色々ダメな気がする。


 「メタ発言についていけない登場人物って可哀そうねぇ」

 「いや、それこそ知らぬが仏だろう、ドクターバニラ」

 「優しい設定の性格なのねぇ、シュガー博士は。物語的にも、登場人物的にも」


 ビスケはさっきからふむふむと頷いているが、会話に参加する様子がないので多分知ったかぶりだろう。

 そろそろ俺とビスケを置いてきぼりにするのはやめて欲しいんだけどなぁ。

 というか、ビスケとバニラって喧嘩したまま別れたんじゃなかったっけか。


 「……ビスケットさん」


 バニラが急にビスケの方へ向き直る。


 「あの、その、えと、んと……」


 出だしがグダグダだった。

 さっきまでの流暢な会話はどこに吹っ飛んだんだと突っ込みたくなった。

 子供に応援するようにガンバレーと馬鹿にするポンコツロボットを足蹴にしながら、彼女は。


 「ごめん……って素直に言うと思ったらとんだ大間違いで、ビスケットさんの発言は未だに青臭くて受け入れられないものも多いけど、まああたしの邪魔にはならないようだし、別に許してあげないこともないんだからね!」


 素直さの欠片もないじゃん!!

 どんだけツンデレ発言だよコイツ!!


 「……と、ツンデレ風に言ってみたわけですがやっぱり嘘はダメよね、うん。あの時、あんなにキツイこと言って……ごめんね、ビスケットさん」


 今度こそ、彼女はビスケに謝罪した。

 俺との約束通り。


 「……」


 しばらくビスケが黙る。

 それを緊張しながら見守る男二人とロボ一体。


 「……ビスケ」

 「……え?」

 「ビスケットじゃなくてビスケって呼んでいいですよ。私もあの時は感情的になりすぎました。よくよく考えてみれば、考え方なんて人それぞれですしね」

 「……許してくれるの?」

 「うん。ごめんなさい、バニラさん」

 「本当に?」

 「本当ですよ」

 「……ぅ」

 「バニラさん?」

 「うわぁぁぁーーーーん!!!」


 突然、バニラが泣き出した。

 一同騒然。

 まさか彼女が泣くなんて、と。

 完全に予想外だったのだ。


 「私だってずっと研究所で一人だったから、人との接し方なんて分からなかったんだもん!ビスケさんと話した時、初めての女友達になれるかもって思ったんだもん!喧嘩した時、本当は辛かったもん!!びぃええーー!!」


 大いに泣いていた。

 彼女の本当の気持ちまでもが流れ落ちてくる。

 とてもきれいな涙だった。


 「そんなの、私だって同じでしたよ」


 ビスケが、泣きじゃくるバニラを優しく抱きしめた。


 「私もずっと友達がいなかったんです。女の人の友達ってずっと憧れだったんですよね。だから、あの時は言えなかったけど……私と友達になってくれませんか?」

 「びぇぇぇぇーーーーーーん!!!!」


 言葉を聞いて更に泣き出すバニラ。

 キャラ崩壊もいいとこだ。

 でも、ビスケのことをしっかり抱きしめ返していた。


 「もぅ、泣いてばかりじゃ友達になって良いのか悪いのか分からないですよ?」

 「そんなのいいに決まってるでしょー!!うわーーーん!!!」

 「じゃあ、初めての友達成立ですね!だからほら、少しは泣き止んでくださいよ」

 「そ、そんなこと言ったって……こんなの泣いちゃうもん!!」

 「なら、これからする楽しいことを考えましょうよ!例えば……女子会とか!」

 「ぐすっ……女子会?」

 「女の子だけで集まって、恋愛トークとかするんですよ?」

 「あたし、恋愛とかしたことないわ……」

 「これからしていきましょうよ!」

 「……ビスケさんがそう言うなら」


 二人がやっと笑いあう。

 ああ、なんて尊い光景。

 胸が熱くなった。

 俺が見たかった景色の一つだった。


 人は傷つけあう生き物だ。

 でも、もし仲直りが出来たその時は、悲しみの分だけ嬉しくなる。

 俺も嬉しくなって、ちょっと貰い泣き。

 やっぱりいいな、こういうのって。

 ずっと、こういう景色を見られたら良いのに。

 本当にそう思った。


 「ミー達も恋愛トーク、してみるか?」


 肩を組んで顔を近付けてくる神父。

 素直に気持ち悪かった。


 「離れろっての。というかあんた、ビスケの父親ってことは既婚者じゃんか」

 「ミーがいつ結婚したといった?」

 「……養子か?」

 「似たようなものだ」

 「……出自は関係ないさ」

 「その通りだ。だからミーも恋愛してみたいのだ」


 今時、恋愛なんて言葉を使う奴は数少ない。

 希少である。

 人の繁栄を再び築くことのできる人達がいること。

 それは喜ばしいことではあるのだが……


 「あんたが言うとなんかキモイ」

 「ストレートに毒舌だな、マーブルよ」

 「本当にストレートな意味で毒を食らわせてもいいんだぞ?」

 「実際毒を作れる貴様が言うと怖いものがあるぞ」

 「真顔で言いやがって……ボツリヌス菌でもいっとくか?」

 「それ五百グラムで人類まるごと滅ぼせる毒ではないか。そんなにミーのことが嫌いか?」

 「体を密着させるのをやめてくれたら、友好度をボツリヌス級からトリカブト級にしてやるよ」

 「どっちみち人が死ぬレベルなのだな」

 「男同士が体を密着させて恋愛トークってのは、それぐらい罪深いことだって思っとけ」

 「世界中のゲイのみなさんに失礼なことを言うのだなぁ」

 「まさか、あんたゲイじゃないよな?」

 「こっちの世界に歓ゲイするぞ?」

 「……」

 「おいおい、冗談だ冗談!ジョークも通じないとか、貴様は堅物かこの野郎!」


 背中をバシバシ叩かれる俺。

 馴れ馴れしいことこの上ない。

 ただひたすらうざいんですが、やめていただけませんかね?


 「……そういう空気感を出されると、私が会話に入りにくくなるではないか」


 男女で色々賑やかに話していると、またまた入り口から人が入ってきた。

 そいつは俺を宇宙まで運んだ超人、プラムだった。


 「おお、プラム。お前も無事だったんだな」

 「なにを言っている、マーブル。私はお前と違って戦闘をしたわけではないぞ」

 「だってお前の持ってる聖剣の衝撃波って、普通の人間に耐えられるようなものじゃないだろ。核の土台になったようなものなんだぞ?」

 「前にも話したが、超人であればあの程度、両腕の筋肉断裂くらいで済むのだよ」

 「あの程度って認識はどう考えてもおかしいだろ」

 「肉体の治癒力向上のおかげで、腕は既に完治している。膝を擦りむいた程度の傷となんら変わりないのだ。


 ……彼女は人を超えている。

 肉弾戦に限っては、地球上に住まう生命体最強と言っても過言ではない。

 強さのベクトルに振り切った者の到達点。

 もし今後もアポストロス戦を協力してくれるのであれば、強力な戦力となるのだろう。


 「お前はアポストロスと戦って死にたいんだって言ってたな」

 「正確には、戦って生きる理由を得たい、だろうな」

 「そんじゃあまた一緒にアポストロス退治、協力してくれるか?」

 「私が必要とされるのであれば」

 「……人に認められたいのか」

 「承認欲求がないと言えば、嘘になるだろうな」


 正常な人間の発言だった。

 人はみんな、認められたい。

 だって、それぞれが固有なのだから。

 人という枠の中の、全く違う生き物。

 人同士で歩み寄る必要のある別の命だからこそ、理解しあう努力がそこにあって。

 それは尊いものだと俺は思うのだ。


 「……教会に住んでみる気はないのか?」

 「それはないな。だが、この近くに居を構えようとは思う。通信機もあるし、必要な時は随時呼び出せばいい」

 「じゃあ、お前が必要になったら、必ず呼ぶよ」

 「私のできることと言えば、そのくらいしかないからな」

 「お前ならもっとできそうなことがあると思うんだけどな。その身体能力は色々なことに生かせそうな気がする」

 「例えば?」


 聞かれて考える。

 プラムが貢献出来ること。

 うんうん真剣に考えていると、神父が横槍を入れてきて。


 「いくら英雄だって女なのだろう?だったら風ぞ……ぐべらぁぁぁぁ!!!!」


 言い終わる前に、三人の女達から同時に三発ボディーブローをもらい吹っ飛ばされた。


 「シュガー神父。あなたがスケベなのは長い付き合いで分かってますけど、神父の立場を弁えてくださいね?」

 「あたしはビスケがやったからついノリでやっちゃった。まあでも女の敵っぽいからいいわよね」

 「英雄に向かって下ネタか。良い度胸だな、この神父の恥さらしが」


 自業自得だが、酷い扱いであった。

 女性陣の見る目が非常に冷淡である。

 というか神父が下ネタ言ったの初めて聞いたな。


 「神父ってこういうふざけ方もするんだな」

 「ん、元々シュガー神父は女好きですよ?仕事の一つである野菜作りをサボって、ナンパしに出かけたことも結構な頻度でありますし」

 「マ・ジ・か!!!!」


 俺の疑問に、ビスケが神父の奇行を暴露する形で返答した。


 「しかも外出してる女性がいないからって、一般住居に不法侵入してまで対面して口説いてましたし」

 「多分、成功はしなかっただろうな」

 「精力の欠片もない女性に冷たい目で見下されたって泣きながら帰ってきましたね」

 「泣いて帰ってくるだけで良かったな。時代が時代ならお縄だぞ」

 「まあ、今の時代に正常なメンタルを保っている人なんて、ある意味変人ですから」

 「それって自分も変人だって言ってるようなもんだぞ」

 「そういう風に言ってるんですよ」


 ああ、自覚はあったのね。


 「変人が父親ですから、似るのもまあ仕方なしってやつです」

 「養子、だったっけか」


 考えるより先に言葉が出ていた。

 まず先に考えてたら、こんなデリケートな部分に触れる発言はしなかっただろう。


 「実の父親が誰なのかは知りませんけど、育ての親は間違いなくシュガー神父です」

 「そういえば、普通に父さんって言わないんだな」

 「そういう風に教育されましたから」

 「そういう教育?」

 「やけに突っ込みますねぇ」

 「お前のこと、何でも知ってみたいからな」


 いつかバニラの言った言葉にちょっと似ていた。

 何でも知っているではなく、何でも知ってみたい。

 彼女の発言とは違い、確かな好意がそこにあった。


 「……それって告白ですか?」

 「……自分でもよく分からん」

 「普通の女子なら、まずそのセリフで冷めますよ」

 「お前は普通じゃないんだろ?」

 「私は私です」

 「そんな“私”を、俺は知ってみたくなったんだ」


 言ってて自覚した。

 俺って結構ストレートな性格なんだな。


 「友情か恋愛かで私の対応も変わってくるんですけど?」

 「……じゃあ恋愛で」


 後ろではぼそっと「フラグ立ったんじゃない?」とか「ミーの娘を誑かすとは流石主人公だな」、なんて誰かが呟いたのが聞こえたが、今はそれどころじゃない気がしたので全部無視した。


 「みんなの前でそういうことを言っちゃいますか。まるで公開処刑ですね」

 「窮地に立たされたお前の反応も知ってみたいし」

 「サディストって私嫌いです」

 「なら、これから優しくするよ」

 「口先だけの男は嫌いです」

 「俺達ってふざけることはあっても全然ケンカとかしなかったじゃん。実は俺達、相性いいんだと思うぜ」

 「……もうこれ、ただのガチな告白になっちゃってますよ」

 「そっか。これが告白か」


 アプローチしたつもりはなかった。

 正直に俺の心の内を吐き出した結果だったからだ。

 ……なんか無自覚を自覚した途端、恥ずかしくなってきたな。

 シャイボーイ化が促進されていく俺。

 それでも会話を止められる雰囲気でもなく。


 「せっかくだから、ちゃんと告白してみてくださいよ」

 「……俺の所有権をお前にやるから、お前の所有権を俺にクレメンス」


 いきなりの要求に、違和感丸出しのセリフを提供してしまったのだった。


 「土壇場で恥ずかしやがりましたね」

 「男ってのはこんなもんだ」

 「胡麻化す時によく用いる言葉を使いましたね」

 「これが俺クオリティーだし?」

 「随分と雑なクオリティーですね」

 「人に完璧は必要ないんだよ」

 「今度は哲学の方向へ逃走しましたか」

 「ただの逃げじゃなくて、闘争のための逃走なんだぜ」

 「……わけが分からないです」


 そりゃそうだ。

 俺自身も言ってて意味が分からないし。


 「分からないからこそ、あなたのことをもっと知ってみたくなりますよね」

 「……そういう風に俺の言葉を使われるとは思わなかったな」

 「私がここまでお膳立てしてあげたんですから、ここから先は根性出して言ってくださいよ?」


 お膳立てッスか。

 じゃあもうそっちが告白すればいいやんとか思ってしまうわけだが、実際にそれを口にしたら神父同様ボディーブローをぶちかまされてしまう気がする。

 部屋の隅っこまで吹っ飛ばされて、現在ラマーズ法で腹の痛みに耐えている神父のようにはなりたくないしなぁ。

 ……やるしかないな。

 決意して、俺は言った。


 「……お前のことが好きになっちまったから、結婚したまえよマイハニー」


 やべ、最後焦って一段階すっぽかして結婚まで到達してしまった。

 しかも言い方がふざけているとしか思えない。

 これじゃあいつも通りのコントになってしまう。


 彼女の目をチラッと見てみた。

 俺をじっと見つめていた。

 俺のことを採点しているみたいな、そんな感じで。


 それ、割とあり得るな。

 男を見る時の女は減点方式を多用するらしい。

 まるでそれは商品のような扱いなのだという。

 本当の感情が入るのはその評価のあとだ。

 男性にも同じことが言えるけど、女性は特にその傾向が強い。


 「今、不毛な思考に逃避してるんじゃないですか?」

 「……俺ってそんなに分かりやすい奴だったっけか?」

 「二週間一緒に住んでいれば、分かることだっていっぱいありますから」

 「俺もビスケみたいに、たくさんお前のことを理解したいもんだな」

 「じゃあ、手っ取り早く交際でもしますか?」

 「……はい?」

 「流石にいきなりの結婚発言はキモかったですけど、付き合ってあげてもいいですよ」

 「お、おう?」


 思考が追い付かなかった。

 何せ、彼氏彼女になっても良いという許可が出たのである。

 曖昧に答えてしまった。


 そんな俺達を周りのギャラリーがニンヤリと見ていた。

 俺だけ思考が追い付いていない感じ。


 「……疑問符付きの回答をするとは、なんてチキンな男なんでしょう」


 それについては、弁解の余地がまるでなかった。


 「恋愛において、待ちの姿勢を貫く男は総じて弱者だということを理解していないようですね」

 「へ、へぇ、すいやせん」


 上司にゴマする平社員の如く縮こまる小さき男一匹。


 「まあいいでしょう。待ってあげますよ」

 「何を待つって?」

 「そのぐらい察してください、このヘタレ」


 そんなことを呆れたように言う彼女の姿を、俺は死ぬまで忘れないような気がした。

 そのぐらい、このやりとりの一瞬一瞬がとても得難いものだと思えたのだ。

 こうして、今日という長い長い一日が終わったのだった。

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