1匹目
私は学校が苦手だった。勉強は得意だ。
しかし人との関わり、社会の形成、それらは私にとって余計で、鬱陶しいものだった。
いつの頃からか、学校へ毎日通うことはなくなり日に日に出席日数が減って、最後には中学の卒業式にすら参加しなかった。
私は社会で生きていくことをやめ、自分のあまりあるこの先の人生の余白をただ何かで埋め尽くしていく作業へと向かった。
いつの間にか人生は進み、私は大人になった。ほそぼそとアルバイトをして暮らし、誰とも心を許し合わず、孤独であることすら忘れて過ごしていた。
しかし人々が私の周りにユスリカの群れのように鬱陶しく絡みつく中で、たった一人だけ、蝶のような女性がいた。
名前をチカと言う。見た目は年齢からすると若く、茶色く染めて傷んだロングヘアをバンスクリップで留めている。背は、私より10cmは低かったが、気は強く、男勝りだ。蝶と言うと人は可憐で清楚な乙女を想像するかもしれないが、彼女はそんなタイプではなかった。それでも私にとって唯一無二の存在になるのが、彼女だった。
チカと出会ったのは、とあるアルバイト先であった。チカは勤務中は真面目なのにも関わらず休憩時間になると、ほとんど必ず上司や同僚の悪口をひっきりなしに喋り続けた。
「あいつは絶対セックス下手だよ、気遣えないもん。そういう奴は本当にだめ。」
どんなことでも適当にこじつけては、大抵セックスが下手だという結論に持っていった。
私は彼女の話を最初こそうるさいと思っていたが、次第にそんなあけすけな彼女が好きになった。
彼女にとって不満や理不尽は、それを愚痴の中で笑いに変え、人生を彩る1つの絵の具のようで、私のモノクロの人生に少しずつ色をつけていった。
アルバイトをやめてからも私達の交友は続いた。学校で作り方を知ることのできなかった友人が、初めて出来た。しかしそれは、私からアクションをかけたのではなく、チカの半ば強引な連絡先交換によって成り立ったものだった。
私は連絡先を教えてもらうやり方も、聞かれたとき断るやり方も知らなかったので、彼女のその強気な性格のなせる技に、その時とても感謝した。
私達は親友のようになった。暇さえあれば集まってカフェで話をした。と言っても、私はほとんど喋らずひたすらチカの話を聞くだけだ。
私からすれば、喋らずとも話し続けてくれるチカとの時間は本当に心地よく、また、チカからすれば少しも邪魔せず一日中でも話を聞き続ける私と一緒にいる時間が、心地良いのだろうという確信もあった。




