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第04話 メルトゥーリアは語る(2)

「おぇー……」


 異世界へと足を踏み入れたら、もはやお決まりの不調が襲ってきた。こう何度も繰り返すうちに、いつかは慣れるだろうと思っていたが、どうやらその兆しは見えず今回もちゃんと気持ち悪かった。

 とりあえずと言った足取りで居間に向かうと聞きなれない声が出迎えた。


「あら、お帰りなさい。部屋にこもって一体何をしていたの?」


 メルトゥーリアだった。彼女の顔を見たことで今朝のことを思い出す。


 今朝早くに呼ばれ、何事かと思って領主宅へ行ってみれば娘を嫁に渡すと言われた。真昼の全力の否定は意味をなさず、バアトの有無を言わさない迫力に押され結局断れきれなかったのだ。せめてもの抵抗で今すぐ結婚という事態は避け、お互いのことを知る期間を設け、その後で結婚するという、いわゆる婚約者ということで落ち着いた。


 婚約者なら一緒に住むのがいいだろうとやはり強引についてきたメルトゥーリアを見て、フィーネは大層驚いた。「ご主人様結婚したんですか⁉」というフィーネに経緯を説明したが、果たしてちゃんと理解してくれたのかは分からなかった。


 不安はあるが一旦自分の世界に戻りたかった真昼は「勝手なことをするなよ」と言ってこの場を後にしたが、今のところは特に妙なことをした形跡は無く、彼女は何をするでもなくただイスに座っているだけだった。


「そんなの僕の勝手だろ」


 先ほどの問いにそう返したところで真昼はフィーネがいないことに気がついた。


「……フィーネはどうしたんだ? まさかお前変なことしてないだろうな」

「まさか。そんなことをするはずないでしょう」

「そうか。ならいいんだけど」

「ただ、私の視界に入らないで、と言っただけよ」

「……なんかしてんじゃねーかよ」


 こいつは置いておいてフィーネを探しに行こうとしたところで、女神のことを思い出した。


「なぁ一つ聞きたいんだけど、あんた達にとって神様って身近な存在だったりするのか?」

「神様? ……カルラシア神のこと? 私は別に信仰者じゃないからよく知らないけど」

「カルラシア神? イルフェナって名前じゃないのか?」

「イルフェナ? うーん……そんな名前じゃなかったと思うけど。名前が長すぎて全部は覚えきれないのよね。たしか、カルラシア・シュリウトラス……とかなんとか」


「そうなのか。ちなみに神様が夢に出てくるとか話し聞いたことないか?」

「さぁ。さっきも言ったけど私信仰者じゃないからそうゆう話しよくわからないのよね。ところで何でそんなこと聞いてくるの?」

「別に。ただ気になっただけだ」


 はぁ? なによそれ、と怒り気味に言うメルトゥーリアを残して真昼は居間を出た。

 フィーネを探しに出てみれば、厨房にいた。ちょうど昼食の準備が終わったところらしい。止めるフィーネを無視して食堂へ運ぶのを手伝いながら横目でみてもフィーネの様子に特に変化はなく、真昼は少しだけほっとした。


 フィーネにもイルフェナのことを聞いてみたが知らないらしい。夢に神様が出るということも聞いたことがないとのこと。ますますあの女神の謎が深まっただけだった。

 料理をすべて運び終えたところで三人分あることに気付いた真昼は、フィーネに理由を聞いてみたらやはりメルトゥーリアの分だと言う。


「だって、わたし達だけ食べるなんてそんなの悪いですよ」


 そうフィーネは言う。その言い分は分からなくもないが、真昼は嫌な予感がしてならなかった。

 メルトゥーリアに声をかけて食堂に来たところで、真昼の予感は的中した。


「これあなたが作ったの?」


 眉根を寄せるメルトゥーリアに真昼はやっぱりかと思う。もはや次の言葉まで予想できた。


「私にカルディナが作った料理を食べろっていうの?」


 まったく予想通りだった。こいつらはそろいもそろって同じことしか言えないのか。


「そうだよ。せっかくあんたの分まで作ってやったんだ。感謝こそされても文句を言われる筋合いはないと思うけど?」

「大ありよ! だって何が入っているのか、分からないじゃない!」

「あんたさ、昨日ライゼルから何も聞いてないのか? 僕は、僕と僕の関係者へ失礼な態度を取らせないようにしてくれって言ったんだ。僕はあんたの父親の命の恩人なんだぞ」


 メルトゥーリアは苦虫をかみ潰したような顔をして黙った。


「それが理解できるのなら黙って食べろ。それが出来ないようなら出て行ってもらうしかない」


 メルトゥーリアの表情がどんどんと苦くなる。

 今にも叫び散らして食堂を出て行きそうだと真昼は思う。

 しかし、すとん、とメルトゥーリアは座った。


「いや、出て行かねーのかよ!」

「……何を言っているの? あなたが黙って食べろって言ったんじゃない。それとも立ったまま食べろって言うの?」

「いや、まぁそうだけど……」


 確かにメルトゥーリアの言う通りだった。まぁ静かに食事が出来ればそれでいいやと思った真昼はそれ以上何も言わなかった。

 真昼、フィーネ、メルトゥーリアが席に着き、今から食事を始めましょうというところで、


「ちょっとまって!」


 とメルトゥーリアが声を上げ、


「まさかあなたも一緒に食べるの?」


 フィーネを指さしながらそう言った。


「そうだけど、なんか文句あるのか?」

「大ありよ、使用人が一緒に食事の席につくなんておかしいわ! 主従関係がある以上そこはキッチリ分けるべきよ!」


 メルトゥーリアはバンッとテーブルを叩き立ち上がるとキッパリ言い放った。次第にフィーネがオロオロしだし、今にも席を立とうというところで、


「フィーネ、気にするな。お前はそこに居ろ」


 真昼がそれを制した。


「これは僕がそうしろと言ったことだ。フィーネは僕の使用人であり、あんたの使用人じゃない。あんたにとやかく言われる筋合いはない」

「それでも、これはおかしいわ!」

「ここは僕の屋敷なんだ、ここのルールに従ってもらうしかない。分かったらさっさと座れ。――もしこれが気に入らないと言うのなら時間をずらして一人で食べるんだな」


 メルトゥーリアは腕をわなわなと振るわせ、下唇を噛む。納得いかないというオーラが出ているのが見えた。

 これはさすがに出て行くかなと真昼は思う。

 しかし、すとん、とメルトゥーリアは座った。


「いや、座るんかい!」

「……あなたさっきから何言っているの。座れと言ったり座るなと言ったり」

「いや、そうだけども……」


 座ったということは納得したということだろうか。次第に釈然としない思いが大きくなる真昼だったが、さすがに腹が減ってきた。とっとと食べてしまおうとフォークを握った時、


「ちょっとまって!」


 とメルトゥーリアが声を上げた。


「今度は何だ⁉」

「まだ、いただきますをしていないじゃない。私達はこの野菜やお肉の命を貰うのよ。ちゃんと感謝しないとダメだわ」

「お、おおう。そうだな……」


 メルトゥーリアの至極真っ当な言葉に、真昼は振り上げた拳の下ろし場所を見失ったような思いをした。

 かくして、ちゃんといただきますをした三人は、このギクシャクした空気の中食事を開始した。あれだけ文句を言っていたメルトゥーリアは、しばし料理と見つめた後意を決した様子で一口目を口に運んだあと、二口目以降は普通に食べ始めた。


 その様子にフィーネが恐る恐る声をかける。


「あ、あのう、メルトゥーリア様お味の方はいかかですか? お口に合いますか?」

「……そうね。まぁうちの料理人に比べれば大したことないけど」

「当たり前だろ、フィーネは別にプロの料理人じゃないんだぞ。第一フィーネはあんたの所の料理人と比べてどうかなんて聞いてない。うまいかどうかって聞いてるんだよ」


 メルトゥーリアはさらに一口食べて味を確かめるようにゆっくりと顎を動かす。やがてコクンと口の中の物を飲み込む。


「そうね。決して食べられないというわけじゃないわ」


 こいつは素直においしいと言えんのか、と真昼は思う。

 フィーネはというと、褒められたのか、それともけなされたのか分からず首を傾げていた。

 食事を終ると、結局メルトゥーリアは出された料理をすべて平らげた。そのことを真昼が突っ込むと「食べ物を粗末にするのは悪い事よ」とそう返してきた。


「あのあの、食後のお茶はいかかですが?」


 その質問に、さも当然のごとく首を横に振る真昼に対し、


「私はもらおうかしら」


 メルトゥーリアはそう返していた。

 料理の時はあれだけ文句を言っていたくせにお茶は飲むのかよ、と口にしかけたが真昼は言わないで置いた。


 手早く食器類を片付け、お茶を用意したフィーネに対し、


「あら、ありがと」


 と言った後、メルトゥーリアはしまったという顔をした。まるで今の言葉を無かったことにしたいとでも言いたいようにティーカップに素早く手を伸ばす。そんな姿を真昼は頬杖をついて黙って見ていた。


 メルトゥーリアは軽く香りを確かめた後、ティーカップに口をつける。その光景はさすが領主の娘といったもので、動きに一切のよどみがなく気品すら感じられた。

 が、その直後気品のかけらもない表情になった。

 ティーカップをテーブルに置き、吹き出さないよう慌てて口に手を当てると、目を大きく見開いてゴックンと喉を鳴らした。肩で息までしていた。


「メ、メルトゥーリア様、どうしたんですか?」

「はぁ……はぁ……。こ、これは一体何っ⁉ な、なんでこんな――」


 苦いの、と続けようとしたところですかさず真昼が口を挟む。


「おいおい、どうしたんだよ。あ、もしかして苦かったとか? まぁあんたみたいな子供にはまだこの味は早いかもなー。素直にミルクでも飲んだ方がいいんじゃないの」


 メルトゥーリアは真昼をキッと睨みつけると、一度鼻で深呼吸した後ティーカップをあおり、お茶を一気に飲み干した。大きく息を吐き呼吸を整えると、ティーカップをテーブルに戻す。


「メルトゥーリア様、大丈夫ですか? お口に合いませんでしたか?」

「ふ、ふん。これぐらいどうってことないわ。むしろ私のような大人にはこれぐらいがちょうどいいのよ」


 自信満々にそう言う顔には勝ち誇ったような笑みを浮かべていたが、


「わぁほんとですか⁉ じゃあじゃあ、おかわりお持ちしますねっ」


 フィーネの言葉に、メルトゥーリアは途端に魂が抜けたようになった。




 場所を居間に移すと、真昼は日本語の勉強をするかとフィーネに提案した。


「え? ニホンゴですか?」

「ほら、前に言ったろ。僕の故郷の言葉を教えるって」

「えっ、ホントですか? わーいっ、よろしくお願いします!」


 喜ぶフィーネと一緒に真昼は横並びでイスに腰掛けると、携帯電話を取り出した。


「前も言ったけど、僕は別に教師でもないし人に何かを教えるのなんて初めてなんだ。あまり期待するなよ」

「大丈夫ですっ! わたし頑張りますからっ」


 フィーネのやる気に満ち溢れた言葉を聞きながら、真昼は携帯電話で文字の羅列と打ち込むと、それをテーブルの上に置いた。

 置いた携帯電話側面のボタンを操作すると画面が消え、縁に沿うように発光した後、空中に手のひら二つ分の大きさの四角い枠が現れた。それは先ほどまで携帯電話の画面に表示されていたのと同じものだった。


「これじゃあ、ちょっと小さいな」


 真昼は再度携帯電話側面のボタンを操作すると枠が少しずつ大きくなっていく。


「わぁー、なんですかこれ? とってもきれいですね」

「ホログラムディスプレイだよ、って言っても分からないか」


 真昼は適当に魔術の一種だと誤魔化すと、フィーネはあっさり納得した。

 それじゃあ早速と真昼は日本語の勉強を始める。


「まず、今見えているのが、ひらがなだ。日本語はこの五十個の字を組み合わせる事で表現する。他にも――」


 真昼はホログラムディスプレイに指を近づけ、下から上に動かすとその動きに合わせてディスプレイ内の文字が動いた。これがカタカナで、これが漢字と説明をしていく中で真昼はふと疑問に思う。

 日本語とこの世界の言葉が自動翻訳されているのにちゃんと伝わっているのだろうか。

 考えていてもしょうがないと続けていると、食堂から勝手についてきていたメルトゥーリアが口を挟んできた。


「あ、あなた達なにをしているの? これは一体どうなっているの?」


 少し離れた所で見ていて気になっていたのだろう。気になりすぎて我慢できないといった様子だった。


「なにって、フィーネに言葉を教えてるんだよ。僕の世界の――故郷の言葉だけど」


 そう何気なく返した瞬間、しまったと真昼は思った。


「はあ? カルディナに言葉?」


 案の定メルトゥーリアは信じられないといった顔をすると、肩をすくめる。


「カルディナに言葉なんて教えても意味ないでしょう。どうせカルディナには字を覚える頭もないでしょうし。あなたそんなことも知らないの」


 やっぱりこうなったかと、メルトゥーリアの態度よりも自分のうかつさに腹が立った。


「あんたには関係ないだろ。それにフィーネが字を覚えられないなんて、どうしてあんたに分かるんだ。やってみないと分からないだろ」

「分かるのよ。カルディナはみんなそうなんだから」


「あんたの中ではそうなんだろうな。でも僕の考えは違う。料理や掃除や裁縫や買い物ができるのに、字を覚えられないなんてそんなことはありえない。――さっきも言ったが、あんたには関係のない事だ。あんたに迷惑が掛かってないんだからほっといてくれ」


 この話しは終わりだと、真昼は日本語の勉強を再開しようとするが、


「悪いけど、私のような良識人には無知の人に物事の道理を教えてあげる義務があるの」


 メルトゥーリアは、これはしょうがないことなのよと鼻を鳴らす。

 さすがに苛立ってきた。こいつは一度痛い目にあわせる必要がある。


「じゃあその良識人さんに聞くが、なんでフィーネがあんたにこんな扱いを受けなければならない? フィーネはあんたに何かしたのか?」

「こんな扱いって、それは当たり前でしょう。その娘はカルディナなんだから」

「たしかにフィーネはカルディナだな。でもそれとこれと何の関係がある? あんたはフィーネがカルディナだというだけで、こんなにきつく当たるのか?」


「そうよ。だってカルディナってそうゆう種族なんだもの。私はそう教わったし、みんなそうしているもの」

「みんながそうしているから自分もそうしている? じゃあ、みんなでそんな態度をとるのはなんでなんだよ」


 メルトゥーリアは何かを理解したように、ははーんと笑う。


「あーそうゆうことね。あなた知らないのね、カルディナが何でこんな扱い受けるのか。いいわ教えてあげる、カルディナはね大昔にやっちゃいけないことをしてしまったのよ。だから今でもその罪のせいで私達に仕えるように言われているのよ」


 真昼は突然、テーブルをバンっと叩いて立ち上がる。


「な、なによっいきなり。ビックリするで――」

「語るに落ちるとはこのことだな」


 メルトゥーリアにぐいぐい詰めよると、鬼の首を取ったように語りだす。


「あんたは言ったな。あんたがフィーネを雑に扱うのは大昔にカルディナが起こした大罪のせいだと。それが今のフィーネと何の関係がある。大罪を犯したのは昔の、顔も知らないカルディナでフィーネじゃない。それを理由にフィーネにきつく当たるのはおかしいだろうが!」


「お、おかしくないわ。だ、だって、同じカルディナなんだから」

「じゃあ聞くがもし僕が昔、女に暴力を振るわれたからといって、同じ女であるあんたに復讐として殴りだしたら、あんたはそれに納得できるのか?」

「な、納得できるわけないでしょう! だって私は何もしていないんだから!」


「そうだろうが! あんたは今フィーネにこれと同じことをしているんだよ。別のカルディナがやったことをフィーネに償わせようとしているんだ。普通納得できないだろうが!」

「そ、それは……。で、でも――」

「でもじゃないっ! 僕の言っていることが間違っているのか? それとも、僕の言っていることが分からない程あんたの頭は弱いのか⁉」


 真昼は言いたいことは言い終わったと、メルトゥーリアの次の言葉を待つが「えっと」と「でも」を繰り返すばかりでなかなか言葉にならない。

 その様子に真昼は、勝ったなと満足そうに笑った。


 しばし、もはや何も言わなくなったメルトゥーリアを眺める。頭の中で色々と考えているようであったが反論が思い浮かばない様子だった。

 ややあって、キッと真昼を睨みつけたあと、


「もう知らない! こんなところに、こんな人のお嫁になんて私には無理だったのよ!」


 そう叫ぶと今度は本当に出て行った。

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