第03話 罠を仕掛ける者あれば解く者あり(3)
真昼には「気になるリスト」というものがある。それは名前の通り自分のことで気になっていることを纏めたものである。その中には、身長が低い、童顔、声が高く女っぽいという身体的な事から、運動神経が悪いといったことにまで及ぶ。いうなればそれは真昼のコンプレックス群であり、真昼はその「気になるリスト」にあることを触れられるのをとても嫌っていた。
これらのことを纏めたのには意味がある。自分の弱点ともいえる部分を明確化し、将来的に改善していくためである。しかし、どうやらその改善の兆候はいまだ見えず、真昼の頭を悩まし続けている。
結局十六、七、八の少年少女は大人であるライゼルによって怒られることで、この場は納められた。メルトゥーリアもライゼルの言葉により、真昼が樹里男の孫だということを信じたようだった。
「あーあ、なんだか損した気分。まさかジュリオ様の孫がこんな子供だったとはね」
「……あんた、さっきの自分の言葉忘れたのか? 年上には敬意を払えよ」
「それを言ったらあなただって、あのカルディナの娘に敬意を払うべきなんじゃないの? 私たちの中じゃあ、あの娘が一番年上なんだから」
「僕はいいんだよ。フィーネは僕の使用人なんだから」
メルトゥーリアはうーんと唸ったあと、真昼の方を向き、
「確かにそうね。――ごめんなさい。知らなかったとはいえ、とても失礼な態度だったわ」
そう言って頭を下げた。
なんだ、意外と素直じゃないかと真昼は思う。リーリアムの妹言うことでもう少し礼儀知らずな奴だと思っていた。
「これからの成長に期待ね。今のままだと女の子にもてないわよ。きっと」
前言撤回。こいつは十分礼儀知らずだ。
真昼が反論の言葉を口にしかけた時、ライゼルの怒声が響いた。
「メル! いい加減にしないかお前は!」
メルトゥーリアの身体がびくっとした後、ライゼルの怒涛の説教が始まった。次第に涙目になっていくメルトゥーリアにも、父親が近くで寝ていることもお構いなしにライゼルは怒鳴り続ける。どこかで見た光景だと思ったらリーリアムにも説教していたことを思い出した。
怒られているのはメルトゥーリアのはずなのに説教の中で時折聞こえる「人の価値は背の高さではない」とか「人を見た目で判断してはいけない」「真昼様はああ見えても」といった言葉が真昼の心を少しずつ削っていった。
真昼はなんともいえない気持ちになった。
「あのあの、ご主人様。領主様のご病気の原因は分かったんですか?」
もういっそのこと耳を塞いでしまおうか、と思っているところにフィーネが話しかけてきた。そういえばその為に来たんだった。
「いや、結局僕じゃあ分からなかったよ。といってもこういう事に知識が無い以上、当たり前と言えば当たり前の結果なんだけど」
そう言って肩をすくめる真昼に、フィーネは少し考えるしぐさを見せる。
「あのあの、もしかしたら気のせいかもしれないんですけど……」
「なんだよ」
「ああ、でも間違いかもしれなくて」
「いや、いいから言えよ。じれったいな」
「……わたし、領主様の寝室から魔力を感じるんです。ここに来た時からずっと」
「魔力を、感じる……?」
フィーネの言っている意味が分からない。魔力を感じるとはどういうことなのだろうか。
真昼は寝室の扉に目をやるが、特に違和感は無かった。
「魔力を感じる……それはまさか……」
真昼達の会話を聞いていたのだろう。レイルがそう割り込んできた。
「なんだよあんたまで。じれったい言い方をするのが今流行ってんのか?」
「……これはあまり信憑性の無いことです。話半分で聞いてください」
真昼の問いかけには答えず、そう断って言葉を続けた。
「カルディナが犯した過去の大罪。その日を境にカルディナの中ではおかしなことを言い出す者が現れたそうです。――それはなんでも魔力の存在を、流れを感じるというものです」
「それってさっきフィーネが言っていたこと……」
レイルは頷くと、説明を続ける。
魔力というのは通常人間には知覚することができず、カルディナも例に漏れず知覚できないはずだった。しかし、大罪の日以降魔力を検知できるようになったと主張するカルディナが少数ながらいたらしい。その言葉は大罪の影響で信用が地に落ちたことから誰からも信じられなかったのだという。
ただ、それを信じた魔術師いた。その魔術師が残した書物には実験の結果、確かに魔術の発動などを、目で見ることなく言い当てた者がいると記載されている。
「――この魔術師がカルディナの信用回復の為に共謀していたという可能性が捨てきれず、結果としてこのことは周知されることは無かったのです」
「その魔術師の実験結果が事実なら、フィーネになら領主に影響を与える魔術の場所が分かる……かもしれないってことか」
これは試さない手は無いと思う。どうせ他に手掛かりなんて無いのだ、うまくいけば儲けものだ。
「フィーネ、感じるという魔術がどの辺りにあるか分かるか?」
「えっと、寝室の方にあるのは分かりますけど、ここからじゃ具体的な場所までは……」
「なら寝室の中で探してみよう」
「少々お待ちください。まずはライゼル様にご報告を」
寝室へ入ろうとする真昼達を制しレイルはライゼルの元へ向かう。
見ればライゼルはいまだに説教の途中であった。涙目になっていたメルトゥーリアは既に涙を流しており少々気の毒なほど落ち込んでいた。
レイルの登場で説教は中断となり、ライゼルに見えぬようメルトゥーリアはほっとした表情をした。しかし「後で続きをやるから今私が言ったことの意味をちゃんと考えておけ」との言葉に魂が抜けたようになっていた。
レイルは先ほどの真昼とのやり取りを簡潔に説明する。
「――なるほど。ではフィーネさんに調べてもらえば魔術の場所を特定できるということか」
「まだ、可能性があるという段階ですが。しかし試す価値は大いにあるかと考えます」
そうだなと腕を組み思考を巡らせるライゼルの横でメルトゥーリアが口を挟む。
「ちょっとまって。それって父さまの寝室にこのカルディナを入れるってこと⁉」
「はい。そうなります」
「そんなのダメに決まってるでしょ!」
そう声高に叫ぶメルトゥーリアを、面倒な女だなと真昼は見る。
「あんたさ、そんなことと父親の命と、どっちが大切なんだよ。考えるまでもないだろ」
「それはそうだけど……。でもっ、もしかしたらカルディナに命を救われたなんて知ったら父さまのお心に傷が残るかもしれないじゃない! それだけじゃないわ、その娘がこっそり父さまに危害を加えるかもしれない!」
メルトゥーリアの言動に、頭に血が上っていくのを真昼は感じた。しかし、ここで怒っても仕方がない。落ち着けと一度大きく息を吐く。
「ライゼル様、あなたも同じ考えですか?」
真昼の言葉にライゼルは肯定とも否定とも取れない唸り声を上げる。
「ライゼル様、あなたが決めてください。僕はあなたに雇われた身であり、この場の最高責任者は領主代理であるあなたです。僕はあなたの判断に従います」
フィーネを寝室に入れ父親を救うのか。それともカルディナに救われたという不名誉を被らないよう拒否するのか。ライゼルの苦悶の表情からそれらのことが頭の中でせめぎ合っているのが見て取れた。
ややあって、ライゼルは口を開いた。
「真昼様、フィーネさん。お力をお貸しください」
「ライ兄様!」
ライゼルの決断にメルトゥーリアは声を上げる。そんな彼女に対してライゼルは首を横に振り、目をしっかりと見つめる。
「メル。お前の言いたいことは分かっている。確かに父様のお気持ちは心配だ。――しかし、それでも私は父様に生きていてもらいたい」
そんなことを言われたら反対することが出来なかったのだろう。メルトゥーリアは俯くと小さな声で「ライ兄様がそうおっしゃるのなら」と言った。
「決まりだな。では寝室へ入らせてもらいます」
真昼はフィーネと一緒に寝室へ足を踏み入れる。フィーネが入ってきたことで、事情を知らないシルヴィアは驚き立ち上がろうとしたが、ライゼルがそれを制する。
ライゼルが事情を説明しているその間にも真昼は調査を進める。フィーネに部屋の中を歩き回ってもらい魔力を感じる箇所を探させる。
やがてフィーネはある場所を指さした。そこはベッドの横に置かれた正方形の小さなテーブルだった。ベッドと同じくらいの高さで、その上には綺麗な花を咲かせた花瓶が置かれていた。
花瓶を持ち上げてみても、テーブルの天板の裏側を覗いても特に怪しいものは見当たらない。
「本当にここか? 特に何もないように見えるけど」
「はい。ここから魔力を感じます」
ここまで来てフィーネを疑ってもしょうがない。真昼はスマホを取り出すとテーブルと花瓶の間ぐらいに左手をかざし、魔術解除の魔術を使用する。
「エフェクト・カンタラクト」
うっすらと光る円形の何かが見えたと思ったら、それは瞬く間に消えていった。
「今のが、魔術……だったのか?」
これで魔術は消えたのだろうか、そう思っているとライゼルが近寄ってきて似たような疑問を口にするが真昼には分からない。
「フィーネ、どうだ? 魔力は感じなくなったか?」
「……はい。さっきまで感じていた魔力は無くなりました」
「他の場所で感じるということもないか?」
「はい。もう何も感じません」
ということはこれで領主の不調の原因を取り除けたということになる。ベッドの方に目を向けると、先ほどまで苦悶の表情を浮かべていた領主の顔が幾分か和らいだように見えた。それはどうやら真昼だけではなく、シルヴィアとライゼルも同じらしい。互いに安堵の言葉を交わしていた。
少々あっけないなと真昼は思う。もっとこう、魔術を守る悪魔みたいなのが出てきて、それを倒したら意味深な言葉と共に消滅するなんてことを勝手に想像していた。
そんなわけないかと真昼はその考えを追い払っていると、ライゼルが近づいてくる。
「真昼様。この度は何とお礼を言えばよいのか……。本当にありがとうございます。こんなに安らいだ父の顔はもう何日ぶりかも分かりません」
「いえ、うまくいってよかったです。それにまだ先ほどの魔術が原因であると断定はできません。これからちゃんと領主様の体調が回復に向かうかどうかです」
わかっていますと頷くライゼルはよほど安心したのだろう、目には涙が浮かんでいた。
そして、なぜかフィーネも泣いていた。
「いやいや、なんでお前まで泣いてんだよ」
「だってだって、領主様が死ななくてホントによかったって思って」
そう言ってフィーネは涙を拭っていた。
「真昼様、このお礼は必ずさせて頂きます。なんでも言ってください。ベクトル家総力を挙げてお礼いたします」
ライゼルの言葉にどんなお礼を貰おうかと思考を巡らせる。とは言ってももう決まっているようなものでやはりマギカルト鉱石ということになるだろう。領主の命を救ったのだ、山賊退治の時の非じゃない数を請求しても受け入れてくれるだろう。いっそのこと真昼が生きている間ずっと貰えれば樹里男の遺言も達成できる。
「今回の件ではフィーネさんにもお世話になりました。よければフィーネさんにもお礼をさせてください」
「え、ええー! わたしですか⁉」
突然の申し出にフィーネは驚き、手を目の前でぶんぶんと振る。
「いいですよ。わたしなんて、何もしていないですし」
「そんなことはありません。あなたが魔術の場所を特定してくださったからこそ真昼様が解除することが出来たのです」
ぐいぐいと迫るライゼルにフィーネは縮こまる。もはや困り果てていた。
「うー……でしたら、わたしの分もご主人様へお願いします。実際に魔術を消したのはご主人様ですから」
「……よろしいのですか?」
「はいっ! それにわたしはもうご主人様からいっぱい色々なものを頂いています。今回だって領主様のご病気を良くしてくれて、きっとこれから元気になったお姿を見ることが出来ます。ご主人様からこんなにもたくさん頂いているのにライゼル様からも頂いちゃったらきっとバチが当たっちゃいますよ」
フィーネはそう言って、えへへと笑った。
そんなフィーネを見て真昼は息を薄く吐くと頭を掻いた。
「フィーネさん、あなたは……。分かりました、そこまで仰るのであればもう言いません。――真昼様、フィーネさんの分もお礼をさせて頂きます。なにがよろしいでしょうか? はやりマギカルト鉱石でしょうか?」
ライゼルの問いに真昼は少し考えるそぶりを見せた後、ややあってライゼルに向き合う。
「いえ、別のものにしたいと考えておりますが、よろしいでしょうか」
「ええ、なんなりと」
「……では、これから領主様が回復された暁には、その病を治した者として、命の恩人として僕とフィーネの名前を町の人たちに伝えてください。そして今後、命の恩人である僕たちを丁重に扱うようにと、言ってしまえば差別的な態度は取るなと町の人に言い聞かせてください」
「え? ご主人様それって……」
「それをちゃんと守ってくださるのであれば、他には何もいりません」
なにか言いたげなフィーネは無視して真昼は返事を待つ。ライゼルはしばし眉間を寄せて押し黙る。考えを纏めているのだろう。ややあってライゼルは口を開いた。
「やはり、カルディナであるフィーネさんに命が救われたことを周知するのは難しいです。その事実を知られれば町民だけでなく他の有力者からもベクトル家の評価が下がりかねません」
ライゼルの様子からこのようなことは言いたくないという様子が見て取れた。一旦言葉を切ると、そこでと言葉を続ける。
「せめてというわけではありませんが、父の命を救ったのはジュリオ様の孫である真昼様ということだけを広め、同時に真昼様に連なる者への一切の非礼を許さないとお触れを出す、という形ではいかがでしょうか」
要するに領主を助けたのは真昼のみであり、敬意を払って真昼の関係者にも礼を尽くす。ただその関係者にたまたまカルディナがいるだけである、ということで体裁を保とうということだった。
その提案にはライゼルからの譲歩が見て取れた。本来ならカルディナ蔑視の価値観が蔓延しているこの世界であれば、カルディナのことを考えた真昼の提案は考えるまでもなく却下となるはずなのだ。
だから、真昼はその提案を受け入れることにした。
「わかりました、それで構いません。ただ、町の人たちへの徹底をお願いします」
「はい。必ず」
ライゼルの力強い頷きに真昼も頷き返す。
もうここにいてもやる事は無いと思った真昼は、ライゼルにそのことを告げるとこの場から立ち去ろうとする。
しかし、そんな真昼をフィーネが引き留める。
「ま、まってください、ご主人様! いいんですか? わたしのためにそんなお願いにしちゃって」
「……なんだよ。お前のための願い事って」
「だって……」
「お前、僕の話しちゃんと聞いてたか? 僕を命の恩人として祭り上げろって言ったんだ。お前のことはただついでにお願いしてみただけだ。あくまでメインは僕なの。僕のためのお願いなんだよ」
そう言って真昼は寝室を出て行こうとするがフィーネはまだもごもごとしている。
「前々からさ、お前に言いたいことがあったんだよな」
そう言って目の前に立つ真昼に、フィーネはびくっと身体を震わせた。
「は、はい……」
「お前そうやってちょいちょい自分なんかの為にって言うけど、せっかくお前の為を思って行動した奴からすると、そうゆう事言われるとなんていうかこう、心にモヤッとしたものが残るんだよな。だからさこうゆうときは素直に受け取って、ありがとうって言っておけばいいんだよ」
フィーネは口を半開きにしてぼうっと真昼の方を見つめていた。そんなフィーネに、
「言っておくけど! これは僕の事じゃないからな。どっかの誰かのことだ、勘違いするなよ。分かったか!」
真昼はビシッと指を突き付けた。
少しの間真昼の指の先を見つめていたフィーネはややあって、
「はいっ。分かりましたご主人様。本当にありがとうございます!」
笑顔でそう言った。
「お前分かってるか? これは僕の事じゃないんだぞ」
「はいっ、分かっています。それでもありがとうございます、ですっ」
本当にわかってんのかよと真昼は思う。
真昼は改めてライゼル達に声をかけるとこの場を後にした。
そんな真昼には気がかりなことがあった。
それは、誰があの魔術を仕掛けたのかという事だった。あんな魔術が自然発生することは無いだろう。ということは仕掛けた者がいる。領主という仕事柄恨みを買うことも少なくは無いだろうが、それよりも――
色々と考えを巡らせても答えを出せるはずがない。もうこの件に関して自分が出来ることないと真昼は思う。
あの屋敷にはライゼルがいる。きっと彼なら犯人を見つけ出すか、せめて同じことが起こらないようにするだろう。真昼はそう思った。