第03話 罠を仕掛ける者あれば解く者あり(2)
「それで、本日はどのようなご用件なのです?」
ひたすら否定を続けて何とか納得した様子のライゼルとレイルを、とりあえず屋敷に招き入れて真昼はそう言った。
そもそも昨日の件から真昼としては顔を合わせづらく、こうやって椅子に座って向かい合うことすら嫌で、本当は門前払いしてしまいたかった。しかしレイルの、そのようなことをすれば先ほどの件を広く周知します、という脅しともとれる発言に屈した真昼は話だけでも聞くことにした。
「まずは昨日の件について謝罪を。事情を知らぬこととはいえ軽はずみな発言をどうかお許しください」
そう言ってライゼルは深く頭を下げた。
「昨日のことはあの場にいた兵士とリーリアム本人から聞きました。弟のとった行動を許すことは到底できません。たとえカルディナであろうとも命をむやみに危険にさらすのは人として行ってはならないことです」
そのことを知ったライゼルはリーリアムに厳重注意を行ったのち、弟の行為は兄であり領主代理である自分の責任であると、こうやって謝罪に訪れたのだという。
黙って一通りライゼルの話しを聞いた真昼は口を開く。
「でもさ、それでもカルディナは劣等種族であるっていう意識にはかわりないですよね?」
その声には今までにはあった敬意が感じられなかった。昨日の件から真昼のライゼル達に対する印象は非常に悪くなっていた。横柄な態度をとっても構わない、敵視されても構わない、そう思うようになりもう言いたいことをそのまま言おうと思っていた。
「それに関しての否定はできません。我々は幼い頃よりそう言い聞かされて育ち、実際にそう接してきました。これに関しては真昼様にご理解頂くほかありません」
理解ねぇ、と真昼は思う。
「残念ながら僕には分からない感性なので理解のしようがないですね。――それより本題を話していただけます? そんなことを言うためにわざわざ領主代理が出向いたわけではないでしょう」
ライゼルはレイルと視線を合わせた後、真昼の目をまっすぐ見る。
「実を言いますと真昼様の言う通りで本日はこの件だけはなく、お願い事があり足を運んだのです。このような頼み事をいえる状況ではないことは承知しております。しかし事は一刻を争うのです」
真剣な眼差しのライゼルからはただならぬ緊張感を感じた。
「私の父、バアトが病に伏せっているのは以前お話ししたことと思います。その父ですが最近より一層の衰弱を見せており、最悪の場合あと数日で帰らぬ人になるかもと主治医より言われました」
バアトの不調に関しては確かライゼルに初めて会った時に確かに聞いていた。それがなければもしかしたら山賊退治なんてことにはならずに済んだかもしれないのだ。
真昼は当時のことを思い出し、先ほどのライゼルの話しに違和感を覚えた。
「あれ? たしか大事ないって、念のため休んでいるだけで体調はそこまで悪くないって言ってませんでしたっけ?」
「それは、実は方便なのです。父があと数日も持たない程の不調だと町民に知れれば余計な不安を与えるだけなので、そのように言葉を合わせているのです」
あぁ、なるほどと真昼は思う。しかし同時に疑問にも思う。それならば何故真昼にバアトの不調を打ち明けたのだろう。
「それを僕に言ってどうしようというのです? 僕には医学の心得はありませんから病人を治すなんてできませんよ」
「承知しております。それに何人もの医者を呼び寄せ診てもらいましたが、いずれも原因は分からないと匙を投げております。我々はどうすればいいのか分からない状態なのです」
まだ、不治の病であっても原因が分かれば心の置き場所を決めることが出来るのですが、とライゼルは続けた。
「そこで私共は様々な可能性を、どんな些細なことでもいいので原因究明につながる糸口がないか模索することにしたのです。――ここからが真昼様へのお願いごとになります」
ライゼルはそこで一旦切ると、真昼の方へ身を乗り出す。
「父の不調の可能性の一つとして魔術的要因もあるのではと考えております。呪いとでも言いましょうか、そう言った魔術の類が原因では無いかと。真昼様は魔術に詳しくない私の目から見てもとても優秀な方です。真昼様には原因の究明にそのお力をお貸しいただきたいのです」
そうゆうことかと真昼は思う。
確かにここ二日で見せた真昼の働きは他の人の反応から見ても魔術師としても特異なことなのだろう。ライゼルの見立ては間違いでは無いように思えた。
しかし、真昼は言葉の終わりからずっと頭を下げているライゼルに向かって、
「お断りします」
と、キッパリと言った。
「……理由をお聞かせいただけますでしょうか」
「まず僕にメリットがありません。領主様を助けたことで一体僕に何の得があるというのか」
「父の病の原因を究明頂けた際にはマギカルト鉱石を好きなだけ――」
「それだけじゃありません」
真昼はライゼルの言葉を遮ると話しを続ける。
「僕にも祖父の旧友である領主様を助けたいという気持ちが無いわけではありません。しかしその思い以上に僕はあなた方に不快な思いを何度もさせられてきました。そんな人たちの頼みなど聞きたくないのです」
わかったらどうぞお帰りくださいと立ち上がる真昼にライゼルは食い下がる。
「その件に関してはなんとお詫びすればわかりません。しかし私共にはもう時間が無いのです。どのような些細な可能性も試してみたいのです。――どうか真昼様のお力を我々にお貸しください!」
そう言ってライゼルは立ち上がると再び深く頭を下げた。
そんな気は無いと、とっとと出て行ってくれと口を開きかけたところに、
「あのあの、ご主人様。領主様を助けてあげてくれませんか?」
と、今まで黙っていたフィーネが言った。
真昼は信じられないものを見る目でフィーネを見る。こいつは何を言っているのか、僕が何でこんなに怒っているのか、こいつは分かっていないのか。
「何でお前がそんなこと言うんだよ? こいつらに何をされたのか忘れたわけじゃないだろう」
「それは覚えています。でも……」
そこで一旦言葉を切ると、フィーネは真昼をまっすぐに見つめる。
「――でも、お父さん死んじゃうのはきっと、とっても悲しいです。わたし、バアト様は町で遠くから見たことがあるだけですけど、亡くなったらわたしもとっても悲しいです。きっとライゼル様たちはわたしなんかよりもっともっと悲しい思いをすると思います。だから……」
助けてほしい。そうフィーネは言った。
真昼は開いた口が塞がらなかった。ライゼルもまさかのフィーネの言葉に驚きを隠せないでいた。
理解できないと真昼は思う。なぜ自分を虐げた相手を助けてほしいなどと言えるのか。カルディナだから、虐待を受けるのが当たり前であれごときでは怒りもしないのか。分からない。フィーネの言葉が、考えが。
フィーネとライゼル双方から頭を下げられ、真剣にお願いをされ、真昼は、
「……分かりました。その話しお受けします」
そう言っていた。
喜ぶフィーネと、ぱっと頭を上げて口を開こうとするライゼルに、ただしと真昼は付け加える。
「僕はあなた達が考えているほどに魔術に精通しているわけではありません。もしかりに原因が魔術であったとしても僕には見つけられない可能性があります。いえその可能性の方が高いです。それでもいいですか」
実は真昼が協力を拒んでいたのにはこの理由もあった。あくまで樹里男が用意したスマホの力で魔術を行使している真昼は魔術の基礎すら知識に無いのだ。たとえなんらかの魔術が原因であっても真昼には解決できる気がしなかった。
「それでも構いません。真昼様のご協力に心から感謝いたします!」
そう言って何度目かも分からない頭を下げているライゼルに真昼は、
「ただし! 僕にリーリアムを近づけないこと。これを条件にさせてください」
と真昼は言った。リーリアムの顔はどうしても見たくなかった。
「分かりました。それは使用人にも徹底させ真昼様の視界に入らないよう致します」
ライゼルは、先に戻りリーリアムを遠ざけておくようレイルに指示を出す。
わかりました、とレイルが退室しようとしたところで真昼は「ちょっとまった」と制する。
「あともう一つ条件があります」
そう言う真昼をライゼルとレイルは固唾をのんで見つめる。
ちょっとの間をおいて真昼は口を開いた。
「……今日ここに来るときに見た、屋敷の前での光景は記憶から消してください」
一応スマホでトラップ式の魔術を解除する魔術を見つけておいた。しかし問題はその魔術自体を見つけることが出来るかということだ。
「こちらです。この部屋が父の寝室です」
そう言われて案内されたのは領主宅の大きな扉の前だった。さすがは領主の寝室とでもいうべきか他の扉と比べても一回り豪華な装丁だった。
バアトはもう何日もこの部屋で寝ているが一向に回復しないどころか日に日に体調が悪くなっているそうで、もし害をなす魔術があるのならこの部屋だろうと、真昼達はまず初めにここへ連れてこられた。
ちなみにライゼルはちゃんと約束を守ってくれたのか、ここに来るまでの間でリーリアムの姿を見るどころかその名前を聞くことすらなかった。
「じゃあ入りますよ」
「少々お待ちください真昼様。申し訳ないのですがフィーネさんはここまでとさせていただけませんか」
部屋へ入ろうとする真昼をライゼルはそう言って止める。
「……なんでです?」
「申し訳ありません、やはりカルディナを父の寝室に立ち入れることはどうしても許容しかねるのです。もちろんフィーネさんが父をどうこうするなどとは考えておりません。しかし――」
言葉を続けるライゼルに真昼はやっぱりこうなったかと思う。
こうなることが予想できたので本当は屋敷に置いて来たかったのだが、もしかしたら真昼の留守中にリーリアムが屋敷を襲撃するのではと考えて連れてくることにしたのだ。
そのことをライゼルに言うと「さすがにそれは」と言っていたが真昼はリーリアムならやりかねないと思っていた。あいつはそうゆう男だというのが真昼の印象だった。
「その代わりと言っては何ですが、レイルを同伴させます。そんな輩はいないとは思いますが、もしフィーネさんに危害や暴言を言う者がいましたらレイルが阻止します。レイルは忠実で信用のできる男です。そのような形で手を打ってはいただけませんか」
確かにライゼルの言う通り山賊退治の際などを思い返してみてもこの男だけはカルディナ蔑視の言動をとっているところを見たことが無い。それどころかフィーネにも他の人と同じように接しているように思う。
「わかりました。それでいいです。――フィーネ、僕が戻るまでここに居ろ。誰かの口車に乗せられたりするんじゃないぞ」
「はいっ、分かりました。ご主人様も頑張ってください!」
フィーネとレイルに見送られる形で真昼は領主がいるという寝室へ足を踏み入れる。
部屋はかなり広く、中央には大きなベッドが置かれている。その大きさは大人三人が寝てもまだ余裕がありそうな代物だった。そんな広いベッドの中央に寝ている男が一人。ベッドの傍らに女性が一人いた。
「父のバアトです。横にいるのは母のシルヴィアです」
そう紹介された女性――シルヴィアは既に事情を知っているのか、ライゼルが真昼を紹介するのを待たずに駆け寄ってきた。
「あなたがジュリオ様のお孫さんですね。ああ、この度は主人の為にありがとうございます。どうかどうか主人をお願いいたします」
そう言って深く頭を下げるシルヴィアに真昼は、
「なんとか頑張ってみます」
とだけ返した。正直できる気もしないのにそんな風に返すのも気が引けたがしょうがない。
しかしこの女性、さすが領主夫人なんてものをやっているだけあってすごく美人だと真昼は思う。それにライゼルの母親であればもういい歳なのに随分と若く見える。
領主のバアトは、今は寝ているとシルヴィアが言う。
その寝顔はとても普通の寝顔とは言えず、眉根を寄せ苦悶の表情をしている。頬もやせこけ顔色も悪い。これでも健康なのよ、と言われても絶対に嘘だと思うほどだった。呼吸一つするのにも苦しそうに感じられた。
挨拶もそこそこに、真昼はさっそく何か魔術が仕掛けられていないかを探した。が、開始して一時間も経たずして真昼は頭を抱えた。
なにもない。怪しいものが一切ない。
スマホから魔術を探す魔術なるものが無いか探してみたが、そのような魔術は無い。素人同然の真昼の目では、何が怪しいのかすらさっぱり分からなかった。
取り敢えず魔術解除の魔術を試してみるという手もないことはないが、スマホにあるのは解除する対象に手をかざすという狭い範囲に効果を発揮するものであり、手当たり次第にやるとどれぐらい時間がかかるか分からない。
うーんと唸りながら腕を組む。もはや真昼の頭の中では、どう言って帰ろうかという脳内会議が行われていた。
その時、誰かに見られているような気がした。
視線を感じた方をちらりと見ると寝ているバアトと目が合った――ような気がした。
しっかりと視線をバアトの方に向けても、その目は固く閉じられやはり寝ているように見える。勘違いかなと真昼は思った。
「いかかですか真昼様。何か見つかりましたか」
「いえ、全くなにも見つかりませんね」
真昼の言葉にそうですかとライゼルがうなだれた時、
「ちょっと! どうしてこんなところにカルディナいるのっ⁉」
怒鳴り声が聞こえた。その声はこの部屋のすぐ外からだった。
慌てて部屋の外に飛び出すとフィーネに食って掛かる女の子とそれを止めようとするレイルがいた。
「メル! お前何をしている!」
ライゼルの声に女の子がこちらを向く。
「あっ、ライ兄様! 見て、こんなところにカルディナがいるわ。きっと盗みに入ったのよ」
「ちがう、その方はだな――」
駆け寄りライゼルと女の子が言い合っている間に真昼はレイルに近づいた。
「レイルさんよ。なにかあったらあんたが止めてくれるんじゃなかったっけ」
「そのつもりでおりましたが、相手がメルトゥーリア様となると」
「メル……なんだって? あいつ何者なんです?」
「メルトゥーリア様です。ライゼル様、リーリアム様の妹君にございます」
「へぇー妹なんて居たんだ。確かにあの口汚いところとかリーリアムにそっくりだ」
そう言って女の子――メルトゥーリアの方を見ると目が合った。
「なんで父さまの寝室の前にカルディナだけでなくこんな子供までいるの。レイル、その子供を外に出しておきなさい」
「子供⁉ 子供って僕の事か⁉」
真昼は子供という言葉に過剰に反応した。
ライゼルなどから見れば確かに子供だが、メルトゥーリアは真昼と同い年ぐらいに見える。子供呼ばわりされる筋合いはない。確かに背は少しメルトゥーリアの方が高いようだが。
「メル、お前は私の言葉をちゃんと聞いていたのか?」
「もちろん聞いていたわ。ここにジュリオ様の孫がいらっしゃっているのよね。その方にご挨拶するために私は来たのよ。前回いらしたときはお会いできなかったから」
「だから、このお方がその方で、こちらの女性がその使用人の方だと言っているだろ」
ライゼルの言葉にメルトゥーリアは少しの間キョトンとする。
「うふふ、ライ兄様いつからご冗談を言うようになったの? とても面白いわっ」
そういって笑い出すメルトゥーリアにレイルはずいっと前にでて口を開く。
「メルトゥーリア様、僭越ですがライゼル様は冗談を一切言わないお方です。そのことはメルトゥーリア様もご存じのはずでしょう」
一切の部分を力強く言っていたのが気になるがレイルの言葉にメルトゥーリアは目を見開く。
「それじゃあ、本当にこの子供がジュリオ様の……? 嘘でしょう? こんな小さな子供が山賊や魔物を倒したっていうの?」
メルトゥーリアの言葉に真昼は苛立つ。
「あんたさ、子供子供って人に向かって失礼だろ。同い年ぐらいのくせに」
「む。その口の利き方は何なの? ジュリオ様の孫だからといっても年上には敬意をもって話すべきよ」
「それに関しては同感だね。じゃああんたは何歳だっていうんだよ」
メルトゥーリアは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張る。
「私? 私はね、今年で十六歳になったのよ」
「十六って、お前の方が年下じゃねーか!」
「ええっ? 嘘でしょ? こんな小さいのに?」
「よけーなお世話だ!」
メルトゥーリアは驚きのあまり口に手を当てて絶句した。そこでふと目に入ったフィーネに近寄る。
「ねぇあなたは何歳なの? 見た所私と同じぐらいだけど」
なんでフィーネに聞くんだよ、今は関係ないだろと真昼は思ったが、
「え? 私ですか? 私は十八歳です」
「えっ嘘だろ⁉ お前僕より年上だったのか!」
フィーネの言葉に驚かされた。
「真昼様。今父は寝ておりますのでお静かに願いします」
さらにライゼルに怒られた。