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第02話 カルディナとは(6)

 真昼もフィーネも特に何かを話すことなく歩いていると、いつの間にか自分の屋敷の目の前まで来ていた。


「あの……ご主人様。すみません、わたしのせいで……」


 沈黙に耐え切れずと取った感じでおずおずとフィーネは話し出す。そんなフィーネをちらりと振り返り見た後、真昼は正面を向く。


「別に、あんたのせいじゃない」

「ですけど……」

「……あんたさ、あんなこと言われてムカつかないのか? あんな、その……死んだとしても別に構わないみたいな言われ方してさ」


 フィーネは少しばかり目をぱちぱちとさせた後、伏し目がちに言う。


「わたしはカルディナですから、それが当たり前なんです。ご主人様みたいに他の人と同じように扱ってくれる人の方が珍しいんです」


 あの態度が当たり前ってなんだろうと真昼は思う。


「あのあの、そんなことより、いいんですか? その、マギカルト鉱石いらないって言っちゃって」

「……ああ、いいよもう」

「よくないですよ! ご主人様、あんなに頑張ったのに。わたしのせいで全部なくなっちゃって。――わたし、今からでも謝ってやっぱり下さいって言ってきます!」

「わーっ、まてまて! 行くな行くな!」


 駆け出していきそうなフィーネを慌てて止めると、真昼は深く息を吐いた。


「違うって、本当にもういいんだ。事情が変わったんだよ。マギカルト鉱石が必要であることには変わりないけど、本当はもっと莫大な数が必要だったんだ。たったのあれだけじゃあ、全く無いのと一緒のことなんだよ」


 あまり理解していない様子のフィーネに、


「ともかく! たったあれだけだと貰わなくても問題ないってこと。――それに、あれは別にあんたの為にやったことじゃない。ただ僕の怒りが収まらなかったからやったんだ。あんな奴らからなんて、たとえタダでくれると言われてもお断りってことだ」


 そう捲し立てると強引に締めくくった。

 しかしそれでも納得していない様子のフィーネは地面に視線を落とすと、


「やっぱりわたしダメですね……」


 そんなことを言い出した。


「はぁ? なんだよ急に。なんでそういう話しになる?」

「だってご主人様にご迷惑ばかりかけてます。――わたし頭全然良くないからお昼の時にご主人様がお話ししてくれたこと全然分からなかったですし、それに実は字の読み書きもできないし、数の計算もできません。……なにより、わたしといると、ご主人様まで酷いこと言われちゃいます」


 フィーネはそこで言葉を切ると、ややあって、


「やっぱりわたしなんかじゃあ、ご主人様にご迷惑しかかけないです。わたしじゃなくてお母さんの方がよかったんです」


 そう、絞り出すような声で言った。

 真昼は視線をどことなく向けた後、上を仰ぎ見る。そこには雲一つない青空があり、その空は自分の世界のものと何一つ違いが無いように思った。その空を見ながら真昼は口を開く。


「今ここにはいない、僕の知らない人と比べられてもな」


 真昼は前を向き直すと、フィーネを見ることなく言葉を続ける。


「僕はフィルネアさんのことは知らない。けれどあんたの事は少しだけ知っている。あんたは随分とくそ真面目で忍耐力があるようだ。……あの屋敷を僕が来るまでの間、ずっと掃除してくれてたんだろ?」


 真昼は、この世界に初めて来た日のことを思い出す。異世界を行き来する扉があった部屋は埃だらけだった。しかし、そのほかの場所は廊下も部屋も埃などなく、掃除が行き届いていた。樹里男が死んだのは一年以上も前で、つまりは誰かが掃除をしていたということだが、そんなのは明白である。フィーネしかいない。異世界の扉がある部屋は母親から入室を禁じられて、そのせいであの部屋だけ埃だらけだったことからも間違いは無いだろう。


 真昼の突然の問いかけに、フィーネは声が出ずかろうじて頷きかえした。


「しかもだ、フィルネアさんが亡くなってからはずっと一人でやってたんだろ? 僕だったらそんな面倒なこと投げ出すだろうね」


 そこで一旦言葉を切ると真昼は、ちらりとフィーネを見た後視線を戻し言葉を続ける。


「他にも僕が壁を壊して水浸しにした部屋も片付けてくれていたし、この世界のことでまだ僕の知らないことも知っているだろうし、それに……料理の味だって悪くない。あとお茶も――」


 そこで真昼は、言葉を止めた。


「え? お茶がなんですか?」

「――ともかくだ! 僕は掃除されず埃まみれの家で食うものもなくひもじい思いをしながら、一人寂しくマギカルト鉱石を集めるなんてお断りなんだよ。あんたがいなきゃ僕は困るんだ。わかったか!」


 一気に捲し立てると、フィーネの目の前にビシッと人差し指を突き出した。

 初めは目をぱちぱちとさせていたフィーネだったが、


「はいっ! わたし、お母さんに負けないくらいにご主人様のお世話頑張りますっ!」


 胸の前で両手をグーにして気合を入れるように言った。その顔は少し前まで泣きそうになっていたのが嘘のように満面の笑顔だった。

 フィーネのお母さんという言葉に真昼は思いだしたかのようにポツリと言う。


「お墓、作るか」

「え? なんですか?」

「墓を作るかって言ったんだよ。フィルネアさんの、あんたの母親の墓を」




 墓の作り方なんて知るはずもなく、屋敷の裏手にある林の中からよさそうな木を見繕っては、漫画か何かで見たのをそのまま、見よう見まねで木を二つ十字に括って地面に立てた。十字の形で固定するのと、倒れないように立てるのが思いのほか大変で、気がつけば空は赤色に染まっていた。おまけに真昼の手のひらもすっかり赤くなっていた。


 聞けばフィーネは母親が死んだあと、どうすればいいのか分からず誰とも知れない人の言う通りにその遺体を焼き、残った骨をなるべく綺麗な箱を選んでその中に入れているらしい。カルディナと言う事からか墓を作るという発想自体が無く、その箱はどうすればいいのか分からず今なお持っているとのことだった。


 屋敷の裏庭から少し奥に行った場所で、真昼が作ったお世辞にも立派とは言えない墓の下に骨を埋めると、フィーネはその前にしゃがみ込み両手を合わせる。


「お母さん、ご主人様がこんな立派なお墓を作ってくれたよ」


 嫌味か、と思ったが真剣に手を合わせるフィーネにそんな様子は一切なく、真昼は自分の邪推を頭の中から振り払う。

 目を瞑り心の中で母親に語り掛けているフィーネの後ろ姿に、過去の自分の姿が重なる。


 家族の墓参りに行けるようなったのはつい数か月前の事だった。もはや一年以上も経ったというのに行けば何かを失う気がして、どうしても行くことが出来なかった。


「そんなわけ、無いのにな……」


 きっと話したいことがいっぱいあったのだろう。ずいぶんと熱心に長い間手を合わせているフィーネに、自分は初めての墓参りの時に何を考えていたのだろうと思う。今のフィーネのように手を合わせ何事かを考えていたような気がするが、つい数か月前のことだというのに思い出すことはできなかった。


「あのあの、ご主人様もよろしければお母さんとお話しして頂けませんか」


 そう立ち上がって言うフィーネに、真昼は頷く。そういえば元々フィルネアに挨拶の一つでもしようと思っていたのだった。

 しかし、いざこうやって目の前で手を合わせてみると自己紹介以外に何を言っていいのか分からない。


 娘さんは僕に任せてください? いやいや結婚するわけじゃあるまいし。僕が祖父さんの遺言を達成できるように見守っていてください? それはおかしい。見守る相手は僕ではなくフィーネだろう。それなら――


 色々と思考を巡らせるもしっくりくるものがなく、かとっていつまでも手を合わせ続けているのもおかしい気がする。真昼は思考を中断させると、心の中で思う通りにフィルネアに語り掛ける。

 安心してくれ。フィーネはちゃんと笑えているよ。

 なぜそんなことを思ったのかは分からないが、もうこれでいいかと思うと、真昼は少しぎこちなく立ち上がり軽く伸びをする。ずっとしゃがんでいるのは疲れる。


「あのあの。ご主人様、ありがとうございます。お母さんにお墓作ってくれて」

「そんなお礼を言われるようなことじゃない。死んだ人はお墓に入るものなんだよ。僕の世界――故郷ではそれが当たり前なんだ」

「そうなんですか? それは……すごいですねっ。ご主人様の故郷はとっても素敵な所なんですね」


 素敵なところなわけがあるものかと真昼は思う。

 そんな真昼の思いとは裏腹にフィーネは真昼の故郷を思い浮かべてはその想像に目を輝かせている。

 自分の故郷はどんな素敵ワールドになっているのだろうと真昼が思っていると、


「わたし、行ってみたいです。ご主人様の故郷に。ご主人様が生まれ育った場所を見てみたいです」


 そんなことを言い出した。


 それは……と真昼は口ごもる。

 樹里男の注意事項にはこう書いてあった。この世界の住人に異世界のことを知られてはならない、と。それに眞麗は言っていた、あの扉は真昼にしか通ることができない、と。


「えっとな、フィーネ。それはだな――」


 どう断ろうかと考えながら口を開けると、フィーネが、あっ! と声を上げる。


「な、なんだよ突然」

「ご主人様、今フィーネって言いましたねっ。えへへ、初めてです名前で呼んでもらうの」


 なにがそんなに嬉しいのか、フィーネは両手で頬を包み込むようにすると、いつまでもえへへと笑っている。

 そんなフィーネを見ているとあれこれ考えていたのが馬鹿らしくなり、


「いいよ。連れて行ってやるよ」


 真昼はそう言っていた。


「今すぐは色々あって無理だけど、何とかしてやる。いつになるかは分からないけど、必ず僕の故郷を見せてやるよ」

「ほ、本当ですか? 約束ですよ?」

「ああ、約束するよ」

「わーっ! わたし、すっごく楽しみですっ!」


 決して樹里男の注意事項も、自分しか通れない扉のことも忘れたわけではない。この場限りの嘘をついたわけでもない。

 いつかは魔法のことを知り、スマホを自分の世界で使えるようにするのだ。その過程で自分だけが通れるという制限もなんとかなるだろうし、世界への復讐の前に自分の世界を見せるぐらいいいだろうと思ったのだ。


 これは間違いなく、真昼の心からの想いだった。


「言っておくけど、僕の故郷はお前が思っているほど、いいところじゃないぞ。行ってみて幻滅しても知らないからな」

「大丈夫ですよ。ご主人様が生まれた場所なんですから絶対素敵な所に違いありません」


 よくわからない根拠を自信満々に笑いながら言うフィーネがなんとなく可笑しくて、つられて真昼も小さく笑った。




 シーツをベッドに手際よくかけてはシワが無いよう器用に伸ばすフィーネの姿を見て真昼は称賛の声を上げた。


「へー、うまいもんだな」

「お母さんにちゃんと教わりましたから。はい、これで終わりましたよ」


 ベッドメイキングを終えたフィーネはえっへんと自信満々に胸を張った。

 あれだけのマギカルト鉱石では全然足りないと言われはしたものの、それを一つ残らず手放したことから、何となく眞麗と顔を合わせずらいと思った真昼は、こちらの世界で夜を明かすことにした。


 お墓参りを終えた後にそのことをフィーネに伝え、寝られればどこでもいいと適当な部屋が無いか尋ねたところ、この部屋に案内された。なんでもここは生前樹里男が寝室として使っていた部屋なのだそうだ。

 部屋に着くなりフィーネは、お任せくださいとシーツを手にベッドメイキングを初め、その自信通りの腕前を披露した。


 その最中真昼は気になっていたことがある。


「その服、破れちゃってるじゃないか。魔物騒ぎの時のだろ。別の服が無駄にたくさんあるから、勝手に好きなの着ていいぞ」

「いいえ、これでいいです。敗れたところは縫えばまだ全然きれますし、なによりせっかくご主人様から貰った服ですから」

「あ、ああそう……」


 特にかゆくもないのに頬をポリポリと書いていると、


「あ、あのですね、ご主人様……」


 と、もじもじしながらフィーネが言ってきた。


「ん? なんだよ?」

「ええっとですね……」


 なおももじもじと歯切れ悪く言うフィーネの次の言葉を待っていると、


「あ、あのあの、今日は夜のお勤めにはいつ頃ここに来ればいいですかっ」


 と、そんなことを言ってきた。


「は、はあ? 夜のお勤めだぁ?」


 自分でも声が上ずっているのが分かる。夜のお勤めというと、もしかしてもしかしなくてももしかするとあれの事なのだろうか。


「は、はい。昨日はご主人様居なかったので今日から……」

「な、なんで、え? なんで、そんなこと……?」

「お母さんに言われたんです。ご主人様は男の人だからちゃんと夜のお勤めもしなさいって」

「お、おお。そうなのか。へ―なるほどそうゆうことか」


 もはや確定だと思う。間違いないあれのことを言っているのだ。

 真昼は目に見えて動揺すると、どこを見ればいいのか分からず忙しく目を左右に振り続けた。


 これまでの真昼の人生には異性とは全くと言っていいほどに縁がなく、恋人などいたことは一度もなく、手を握ったこともなければキスなど夢のまた夢の話しだった。それなのにこんな飛躍しすぎた話しにどうしていいか分からない。


 けれど真昼といえども年ごろの健全な男子であり、そういったことに興味が無いと言えばうそになり、そういったことの想像や妄想をしたことが無いのかと問われれば、あると答えるしかない。

 幸いフィーネの容姿は決してまずくはないと思う。今ここで、じゃあ何時にと言えばその想像が現実のものとなるのだ。


 ごくんと唾を飲み込むと努めて冷静を装って真昼は言った――


「僕はいらない。そういうのは僕にはしなくていいよ」

「え? でも、いいんですか?」

「ああ、何度も言わせるな。僕には必要ない」


 これは逃げたのではない。もう一度言う、これは決して逃げたのではない。

 そういう事は愛し合う二人がすることであり、真昼とフィーネは昨日知り合っただけのほとんど赤の他人だ。友達ですらないただの知り合いレベルなのだ。それなのにそういった行為に及ぶのはおかしいに決まっている。


 真昼はそう心の中で反芻すると、ドキドキと脈打つ心臓を落ち着かせる。

 しかし、どうしても気になることが真昼にはあった。

 夜のお勤めなんてことを言うぐらいだからもしかしてフィーネは――


「なあ、もしかしてフィーネはあるのか?」

「え? 何をですか?」

「その、夜のお勤めってやつをしたこと……あるのか?」


 えっ、と驚くフィーネに真昼は我に返る。

 自分は一体何を聞いているのか。


 フィーネに経験があったとしても僕には一切関係ないではないか。しかしもしかしたらすでに練習とかで他の男とそういう事に及んだ可能性が無きにしもあらずなわけでしかしだからといって――


 フィーネは、えっとえっとを繰り返し言いづらそうにしていたが、少しして意を決したように口を開いた。


「その実は、わたし夜のお勤めってどんなことするのか知らないんです」

「……は、はい?」

「お母さんが、ご主人様の言うことに逆らわず、全部言う通りしておけばいいって言って、何も教えてくれなかったんです。何も知らない方が喜ぶ人もいるって言ってて」


 どっと力が抜けた。

 この世界に来て何度か力が抜けるようなことがあったが、今回がぶっちぎりで一番力が抜けたと真昼は思う。


「けど、全部ご主人様が教えてくれるとは言え、何をすればいいのかも、どんなことをするのかも分からないのに、いつしますか、なんて自分から言い出しづらくて……」


 言葉を続けるフィーネに横目に、真昼はふらふらとベッドに腰掛けると、はははと乾いた笑い声を出した。

 なんなんだこれはと思いつつもホッとしている自分がいる、なんとも形容しがたい心理状態に真昼は、


「中途半端なことしやがって。恨むぞフィルネア……」


 この状況を引き起こしたフィルネアに対して悪態をつくことしか出来なかった。

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