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第二話

 吉川と別れて太陽がアパートに帰りついたのは、夜の十二時過ぎだった。


 白石由梨はソファーに座って、テレビで深夜のバラエティ番組を見ていた。白石由梨とは一年程前から同棲している。


 由梨は太陽が帰ってきたことに気がつくと、太陽の方を振り向いて、

「おかえり」

 と、声をかけた。

「うん」

 と、太陽は曖昧に頷いた。べつにやましいことなんて何もないのに、変にそわそわとして落ち着かない気持ちになる。


 そんな緊張が伝わったのか、伝わらないのか、由梨は、

「今日は遅かったね」

 と、続けて言った。

「今日は残業やってん」

 と、太陽は答えた。そう答えた自分の声が少し不自然に響くのを太陽は感じた。


 太陽は由梨が腰を下ろしているソファーのとなりに少し間隔をあけて腰を下ろすと、

「今日は起きてていいの?」

 と、由梨の機嫌を伺うようにそれとなく訊ねてみた。由梨の会社は朝が早いのでいつもこのくらいの時間帯には寝ているはずなのだ。


 太陽の問いに、由梨はテレビ画面に視線を向けたまま、うん、と、短く頷いた。

「ここのところ徹夜とか休日出勤が多かったから、急遽、所長が明日休みにしてくれたんだよね」

 由梨はそう答えると、テレビで何か面白いことがあったらしく、大きく口を開けて笑った。

「そうなんや」

 と、太陽はただ頷いた。


 それから、太陽がなんとなく彼女のとなりで黙ってテレビを観ていると、

「明日、太陽は仕事でしょ?」

 と、ふいに由梨が口を開いて言った。

「そうやで」

 と、太陽は頷いた。

 明日は平日なので仕事がある。


「じゃあ、明日は家で寝てようかな」

 と、由梨はつまらなさそうに言った。

「最近仕事が忙しくてゆっくり眠むれてないし」

 由梨は大学を卒業したあと、太陽とはまたべつの建築事務所で働いている。彼女が勤めている事務所は忙しいらしく、あまり満足に休みがもらえていないようだった。


「うん、そうした方がいいんちゃう?」

 と、太陽は彼女のことを気遣って言った。すると、由梨は唐突に、

「ねえ、なんか最近太陽冷たくない?」

 と、テレビ画面に向けていた視線を太陽の顔に向けて、不満そうに言った。

「えっ、なんでなん?」

 太陽は意味がわからなくて訊き返した。 


「だって、明日、せっかく休みだって言ってるんだよ?」

 由梨は更に責めるような口調で言った。

「最近どこにも行ってないし・・・せっかく休みなんだから、たまには仕事が終わったあとにご飯とか誘ってくれてもよくない?」


 太陽はその由梨の科白を聞いてバカらしいと思った。食事に誘って欲しいのであれば最初からそう言えばいいじゃないかと思った。

「わかった。じゃあ、明日、仕事終わったあとで良かったらどこか行こか?」

 太陽は不愉快な気持ちになったけれど我慢して言った。


 しかし、由梨はそんな太陽の気遣いをまるで無視して、

「そんなふうにしぶしぶ誘ってもらってもうれしくない」

 と、口を尖らせて拗ねたように言った。

「じゃあ、どうしたいねん」

 と、太陽はちょっと苛立って言った。


 そう言った太陽の言葉に由梨は何も答えなかった。怒ったよう表情を浮かべて黙ってテレビを観ている。だから、明日どうするんだと太陽がもう一度同じ質問を繰り返しても、やはり由梨はテレビ画面に視線を向けたまま何も答えなかった。


 だんだん面倒くさくなってきた太陽は「好きにしたらええやん」と、投げやりに言って、風呂場に行くために座っていたソファーから立ち上がった。




 太陽は浴室で頭からシャワー浴びながら由梨のことを考えていた。由梨に対するわだかまりがおさまらなかった。せっかく自分が譲歩してやったというのにあの由梨の態度はなんなんだ、と、太陽は納得できなかった。


 そもそも自分は果たしてほんとうに由梨のことが好きなんだろうか、と、太陽は考えた。


 正直に言って、ルックス的な部分では、由梨はあまり太陽の好みのタイプではなかった。太陽はどちらかという細身の女性が好きだ。しかし、由梨はふっくらとした体型をしている。顔立ちだって決して整っている方ではないだろうと思う。


 じゃあ、自分はどうなんだと言われればひとのことが言えた立場ではないと思うが、しかし、理想と現実はべつである。自分があまり美男子ではないからといって、相手の女性があまり好みのタイプではなくても仕方がないと思えものでもない。


 太陽が由梨と知り合ったのは二度目の大学四年のときだった。


 太陽は大学四年のときに一度留年していて、二度四年生をしているのだが、その二度目の四年生のときに、太陽は由梨と同じゼミのクラスになったのだ。


 はじめ、太陽が由梨のことを女性として意識することはなかった。


 しかし、由梨の方が積極的にアプローチしてきくれた。他のゼミの子は太陽が一つ年上であることに遠慮してどこかよそよそしいところがあったのに対して、由梨は全くそういうことがなかった。まるで同い年の友達のように親しげに話しかけてくれた。


 それが太陽にとっては新鮮だったし、ありがたかった。そのうちに太陽は由梨に対して少しずつ親しみを覚えるようになっていった。


 太陽が由梨に告白されたのはその年の夏だった。


 太陽が大学の授業を終えて一緒に由梨と帰っていると、その帰り道の途中で、由梨はもし良かったら自分と付き合ってくれないか、と、言った。


 太陽はそのとき実を言うと自分の気持ちがよくわらかなかった。友達としては由梨のことが好きだと思ったが、異性として由梨のことを好きだと思っているかどうか、太陽はあまり自信が持てなかった。だから太陽は迷った。


 でも、結局由梨と付き合うことにした。今はまだ彼女のことを女性としてみることができなくても、そのうちに彼女のことを好きになることができるんじゃないか、と、太陽は思ったのだ。


 それから四年の歳月が流れた。


 果たして自分は由梨のことを本当の意味で好きになることができたのかどうか、太陽はいまひとつ確信が持てない。特に別れる理由がないから惰性で付き合っている気が、どうしてもする。昔片思いしていたときに感じたような心の昂揚がない。べつに由梨のことが嫌いなわけではないと思うが、嫌いでないことと、好きというのは違い気がする。


 太陽は昔好きだったひとの顔を思い浮かべた。それからそのイメージはすぐに吉川美穂の顔に変化した。


 もしかすると、自分は由梨と別れた方がいいのかもしれないな、と太陽は思った。



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