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九十六話

 元気明朗快活いっぱいになったサトヤマさんと語り合う。

 広げたるは金環王子から返却された筆記用具と紙ペラ一枚。ルーズリーフ派であるという彼女、新品の既製品ノートは一冊だけ所持しており、先達らのルールに従い、いずれは日本人ノートの新たなる貼り直し補修を行うという。

 思春期真っ盛り、13歳という年齢なのに威圧感たっぷりな騎士団長相手に対ししり込みしない態度には感心しきりだ。あれこれと情報精査し合うさ中、真剣な顔付きで喋る彼女の頭につい手が伸びてしまう。老婆心というやつか。いや爺一歩手前だから老爺心か。


 「はう」


 撫で回すたび、妙な擬音が出るのは気のせいか。

 

 「団長。そう可愛がっていては、話が進みません」

 「すまん」


 ついつい、な。親戚の子を相手にしている気持ちになってしまう。後方に座り命令を待ち続ける副官殿からのお言葉でも分かる通り、私の眦は下がりっぱなしだ。懐かしき黒は我が心を和ませるのだ。


 「リディさん」

 「ん?」

 「いいんですか? 副官のダリアさんとか、

  リヒター様にも……、私の鞄に仕舞いっ放しのノート、

  秘密にするんですよね?」


 控えるダリアに視線を動かさず、じいっと私を見据える彼女、その瞳には私への全幅の信頼が宿っている。


 「そうだ。

  ……実のところ伝えるべきか否か、悩んではみたんだがなあ」

 「みたんだが?」

 「……多分、その謎の人物は、

  私のこの日本語能力をどこかで見たか知ったかして、

  渡してきたんだろう。

  それ以外に理由が見当たらない。

  だから……」

 「だから?」

 「うむ……」

 

 はっきりいって、危険だと感じた。

この、黄金世代の騎士の端くれである私の眠る部屋に忍びこみ、あっさりと逃げ出せる鮮やかな手口。只者ではない身のこなしだった。その相手から渡されたノートである、

 (リヒター殿下のお手を煩わせるまでもない)

 万が一、があってはならんからな。

 だからこそ、日本人ノートの存在は秘匿した。襲撃があったことだけを報告、結果遅いと打たれた訳だが、肉の盾としては護衛の職務を全うせねばならん。それに……、

 (最近の殿下はうるさいからなあ……)

ますます私への執着が激しくなったように感じる。元々だろ、という幼馴染スパイみの空耳が聞こえたような気がするが、気のせいだ。 

 ふんふんと肯首する彼女はじっと私の容貌を眺め、しみじみと。


 「……そうですね。

  リディさん、外見明らかにこの世界の人間だし、

  というか、この世界の人間として生まれた……」

 「――――そうだ。その通り。

  ……この通りの、金髪碧眼、」


 言いながら、私は己の髪をつまむ。

指の間に挟まれ、ちろちろとまばらな金の毛先は、応接室に入り込む陽光に透けて白く発光してさえ見える。私の瞳は翠の光彩。どこからどう見ても、アーディ王国出身の現地民である。


 「……顔、形、名前に身分さえある。

  私には日本人の欠片も何もない。

  証明する術は、この日本語の会話能力と、

  そうさな、書くことができるということぐらいか。

  日本語は難解だからな、

  ひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字……、

  いずれも、日本で暮らし、日本語を義務教育でも学び、

  生きてきた日本人でなければ把握できぬ、

  独特のリズムや書き方があるし、

  そういった日本語を書く能力からも私が日本人であると、

  証明、推察ぐらいはできるんだろうが……」


 はて、私はどこで日本語を書いたんだろう。覚えがない。

 (ということはやはり、)

 サトヤマさんを見やりながらも、今まで彼女と話をした出来事を反芻する。


 「サトヤマさんとの会話をどこかで耳にしたんだろうな」

 「リディさんとわたしが喋った時、ですかね」

 「あるいは、噂が広まっていたのかもしれんな。

  リヒター殿下もご存じだった」


 殿下のあれこれでうやむやになったが。

 (いずれは追及されるだろうなあ)

 憂鬱である。正直言って、日本語や日本食を食べたがる私の性質はずっと誤魔化してきた部分があるので、今更聞かれても困惑してさらに誤魔化しの技で強引に被せるしかない。

 

 「……アーディ王国、という線は?」

 「ない。

  私は、それだけは気をつけていた。

  喋る相手もいなかったしな」

 「そうですか……」


 そう、日本語を忘れぬために歌う場所にも気を使った。バレると頭がおかしいと思われ、ますます私の立場やサトゥーン伯爵家嫡男の価値が下がるわ、教師によって折檻されるわで散々な目に遭いかねんからな。あの時の私は実に辛抱強い奴だった。

 薄らぼんやりとしていると、副官殿がお茶請けを出してくれた。


 「わあ、アップルパイ!」

 「好きなのか?」

 「はい!」

 

 嬉しげにしている彼女、早速ながら、テーブルの上にことりと置いてくれた副官殿に日本語ではきはきとお礼を言っている。


 「ありがとうございます!」

 

 絶賛したくなるような笑み付きで。

それに、副官殿はにこりと微笑み返す。眼鏡を光らせながら、次に私の前にそのアップルパイを置いてくれた。


 「さあ、お召し上がりを」

 「ほお、気が利くなダリア」

 「……それほどでも」


 しれっとした顔でいるが、明らかに照れているのは見て取れた。

それをサトヤマさんが面映ゆそうに見上げている。心なしかニヤニヤと。

 ダリアが困っている雰囲気を感じ取った私はごほん、と咳をしつつ。

 日本人少女たる彼女に、頭の片隅でまとめておいた結論を伝える。


 「つまりは、我々二人だけの秘密だ。

  ……犯人を入れるとなると、」

 「三人」

 「だな」


 なるべく情報の露出は控えたい。

その意図を、彼女も把握したようだった。

幾層もの連なりがあるお菓子を互いにぱくりと大口開けて食べるや、まろび出る焼けた部分が飛び出してきてしまった彼女は自画自笑の大笑いをした。


 「あはは、もう……」


 じわりと舌上を浸すような甘みが美味であった。

 (酸っぱさもあって、食感もたまらん)

 さく、さくと噛みしめるや、この食事もあと何回かな、と。センチな気持ちになった。彼女もまた同じ気持ちなのかもしれない、少し、寂しげな表情を覗かせていた。

 

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