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九十五話

 「副官殿」


 とりあえず、食事を摂らせねばなるまい。

そう思い、女性であるダリアを呼んだ。


 「お呼びでしょうか」


 応接室から姿を現した副官殿、私の隣で横になっている黒髪少女サトヤマさんを見やりながら頭に、はてなマークを浮かべている。ベッドに腰かける私に向け、


 「……どういうことでしょうか、コレは」

 「いや、それが分からん」


 唐突にベッド後方へと自発的に倒れ込んだものだから、慌てた。腹が減りすぎて気をやったかと思い、顔を覗き込むやその黒目を大きく見開いて私と目が合うや否や、特殊な訓練を受けたかのような擬音を発しながら顔を隠して足をバタバタとバタつかせて大人しくなったため、急きょ副官殿を呼び出した次第である。

 騎士団長と副官、無言のまま見合う。

 と、彼女、サトヤマさん。がばりと体を起こし、


 「だ、大丈夫ですっ!

  そそそ、その……だ、男性にいきなり……く、口による接触はっ!」

 「あ」


 ……そういえば、彼女は女の子だったな。迂闊だった。

性別の差異はあらゆる場所で私を困らせる。思わず頭を掻いた。


 「それは、済まなかった。

  女性に対し、配慮が足りなかった」

 「え、あ……い、いいえ、その!

  あ、謝ってもらうほどでも……!」


 顔面を盛大に真っ赤にしている彼女、それはとても照れており愛らしいものだった。それを目の当たりにした副官殿、察しが良いようで後ろからオドロオドロシイ声にて、


 「……団長。あとで、お話が」

 「ああ……」


 これは副官殿自らのレクチャーならぬ、ご講義があるかも、などとうすら寒くなる我が身を悲しくなった。何故に元女なのに、女性に叱られねばならぬのか。

 (理不尽だ)

 とはいえ、このような調子ではまたやってしまうかもわからないので、これも老い先短い人生における勉強だと思えば教習所のようなものだ、背筋をびっと真っ直ぐに有難いお説法を承ろう。


 「それより、ダリア。

  食事の支度を応接室で準備してくれないか。

  ……私もいささか腹が減った」


 もしかすると、日本語での会話が最後かもしれないからな。

寂しく思いながらも副官殿に応接室に鎮座してるであろう大テーブルに料理を並べるよう準備を急がせた。上下を礼節纏った騎士の制服で立ち去る彼女をしり目に、元気を取り戻した日本人にひとつの進言をする。


 「サトヤマさん」

 「は、はい!」

 「言語、不自由してるだろう」

 「え、あ、そうですね……、

  でも、顔の動きと身振り手振りで、なんとか!」

 

 日本語のできない英語しか喋らない外人相手にしているようなもの、と言いたいんだろう。しかし、今後はそれでは不便だ。


 「……日本語のノートを読み解いてなんとなく、

  分かったことだが。失礼」

 「り、リディさん?」

 「これだ」


 私は、彼女の髪の端を指でつまむ。

と、サトヤマさんもそれに気付き、目線でその紫色の染まった黒髪の端を追う。


 「ああ、これですね。

  髪を洗ってもとれないんですよ、これ」

 「……そうか。

  女性に酷かもしれんが……まあ、ガムでもついたと思って、

  切ってしまったら良い」

 「え!」

 「多分、だが。

  これこそが、原因だろう。

  初め、言語が何故か通じてただろう」

 「あ、はい。

  そうなんですよ……って、え! コレが原因?」

 「憶測だがな」


 ほへーと呆けた声を上げながら、彼女は何か考える顔つきになった。


 「でも……、そうなると、

  私の髪の毛って翻訳機能付きってことに」

 「まぁ……そうなるか。理論は不明だが」 

 「ええっ! 怖っ!」

 「魔法が在る世界だから気にするな」

 「ええっ! 魔法ぉ!?」


 そういえば、彼女は私のサファイアのみぎりが力を使った場面を目撃していなかった。さっそくながら、彼女に、私は下賜品の盗聴器ならぬ、太陽に反射してきらりと光る実物を見せてやった。


 「これがそうだ」

 「身近にあった!?」


 両手を大きく上げてまで、すごいびっくりしている。先ほどの涙がまるで嘘のように、快活になった彼女に私は腹の底から笑った。こみ上げるものを、片手では抑えきれず。


 「く、ふふっ」

 「り、リディさぁ~ん、そ、そりゃあ驚きますよ!

  まさかの目の前ですし!」

 「そ、それもそうか、ふふ」

 「もー! 笑いすぎです!!」


 女の心は秋の空、箸が転んでも可笑しい年頃というが女性というものは逞しいものだと、私は良い意味で感心した。

 (良かった……)

この調子ならば、私がいなくなっても大丈夫だろうと。


 「サトゥーン団長。二人分ほどはありませんが、

  用意が整いました」


 そんな私たちの談笑が隣室にまで及んでいたのだろう、元気になったサトヤマさんに護衛をしてもらっていた副官殿の表情はどこか晴れ晴れとしている。 





 食事のメニューはどちらかというと、和食というよりも、彼女が作っていたサンドイッチのような、つまりは我がアーディ王国と似たようなパンなどの食事ものばかりが並んでいた。台車に乗っていたのは一人分だったはずだが、想定以上を考慮して余分に準備されていたものらしい。 

 

 「いただきます!」


 こうして二人で食べるというのも味わい深いものだ。

私がある種感心しながらスプーンに手を伸ばすや、サトヤマさん曰く、


 「苦手物が多くて……洋食が好きなんです」

 「ほお」

 「アレルギーもあって……」


 元々小食だと副官殿は言っていたが、どうやら、彼女には食べづらいものが多々あったらしい。

私は南瓜カボチャのスープをスプーンで運びながら、鷹揚に頷く。


 「そうか……、アレルギーか。

  あれは、毒を食べるようなものだからな、

  ……申し訳ないが、この世界では、

  アレルギーに対する認識はないといっていい」

 「やっぱり」

 「だが、嫌なものは嫌だと言った方がいい。

  そこまでこの国の人間は嫌がる相手に食事の強要は、

  もうしないだろうから」

 「……そうですね。

  この女性の方も、私が……、そのあまり食べなかったことを

  気にしてくれて……、親切に、色々としてくれました」


 真珠のように綺麗な色合いのお皿に入っている黄色いスープは私と同じで、ただ冷え切ってはいるようだったが、それはそれで美味しいと綻ばせる黒髪少女、厨房へ伺うようになった切っ掛けも、副官殿が厨房へと黒髪少女を連れて行き、あれこれと好物を指差し確認で聞いて回っていたためのようであった。他、異界のそれも異国での暮らし方についてあれこれとレクチャー済みで、美人できりっとしたダリアの様相に、黒髪少女はすっかり心酔してしまっている模様である。

 つん、といつもの調子で私の後方にて指示を待つ、しっかとした女性初の騎士でもあるから褒められて私もまた鼻高々になる。


 「ふ、ありがとう。

  副官殿はなかなか、素直に礼賛されんからな。

  我が国では教官の仕事も呼ばれたらやるようだから、

  教えるのが得意なのだ」

 「わあ! 先生!」

 「そうだ、騎士の学校のな」

 「すごい……!」


 黒髪少女のキラキラ眩しいビームのごとき視線を受け、さすがのクールな副官殿もたじろいでいる。


 「な、なんでしょうか。すごい見られてますが。

  団長、何かおっしゃいましたか」

 「はは、ダリア、君が絶賛されてるって話だ」

 

 二の句もつげず、絶句している態の彼女にますます熱い視線が注がれ、副官殿は珍しく困惑の顔で、


 「団長、やめさせてください。

  ここまで見られると仕事に支障が」

 「ふ……、そこまで動揺せんでも」

 「団長は慣れてるからよろしいのですが、

  副官たるわたしまで注目されるのはお断りです」

 「私だって人にじーっと見られるの慣れてないぞ」

 「何をおっしゃる。

  団長はあんな派手な人たちに好かれてるじゃないですか」

 

 派手……いやまあ、そうかもしれない。目立つ人たちと面と向かい合わねばならぬ職務でもあるからな。


 「そうか?」

 「ええ。特に王太子殿下に、あんなに見つめられて平然としておられるのは、

  世界広しといえど、団長以外にいません」


 それには首を捻るが、まあ。

あまりいないは事実だろう。


 「もしや、副官殿。貴殿も、か?」

 「は?」

 「あなたも、王太子殿下に見られると恥ずかしい?」

 「……そうですね」


 おや、と私は片眉をあげた。

まさか、認めるとは思わなかったからだ。


 「あんな美しい方に見られて恥ずかしくない人なんて、

  この世にいません」


 ……それって深読みすると私は恥ずかしい人になってしまうんだが……、などと思っていると、ちょうど、黒髪少女が、


 「ごちそうさまでした!」


 と、元気に両手を合わせて食事の終了を宣言してくれたので、副官殿は私の疑問から身を引くようにしてお茶の準備に手を出し始めたため、私の疑問は宙ぶらりんになった。

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