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九十一話

 始めの項は、教授による考察が長々と書かれていた。

直接書きこまれたゆえに所々ミスマッチな黒塗りがあったりするが、このような誤字を塗り潰す程度、許容範囲だった。読み易い。

 次に、ヒナミキ=バージルの翻訳が記されている。

 (……ふむ)

 この学者先生は、女性だな。直感する。

教授は先生、と呼ばれることがある。先生呼ばわりされてる箇所もあったりするから分かりやすい。当時の金環王をタラシた、なんて貶めてる記述もあるが、まあ、この教授は相当なお年を召した方のようだったから、褒め言葉なのかもしれん。奴隷制を廃するには至らなかったタラシではあったようだが。

 彼ら異世界からの来訪者は絶望的な現状においても、実に、希望を抱くことに長けていた。まさしく、勇者に成り得る者らだ、なんせ日本に帰ることを期待し、情報を共有し続けたのだ。もしかすると、この世界にやってくる日本人らの特徴のひとつに、諦めというものがないのかもしれん。

 (……なるほど)

 ところどころ謎な解釈もあるにしろ、目を通す。

はらり、と手繰ったページがゆっくりと元に戻るのを契機に、ぱたんと閉じた。

久しぶりに読んだ日本語に、瞼を閉じてゆっくりと揉みほぐしながらも、さらなる考察を深める。私自身の考えを。

 

 まずは、この始祖王の日記を翻訳するという動機について。

何故、翻訳したか。

 (日本に帰りたくて……)

 試したことのように思う。

 (魔法のある世界だからな)

 それに、始祖王は国宝使いだった。だから、なんらかの可能性があるのではないか。情報を得られるかもしれない。

 この教授は、妙に、当時の王と仲が良かったらしく王に引き継がれるヒナミキ=バージルの日記を借りることができた。普通、王位継承と共に引き継がれるそれをお願いをして、貸してもらえるなんて普通あり得ん。これには他の日本人も絶賛である。会ったことのない人を褒める、というのも不思議な話だが。

 (接収されたがな)

 相当抗議したのだろう、教授自らが記述した既製品のほうのノートには、王への罵倒がこれほどまでにあるものかといわんばかりに書き殴られている。教授自ら書き綴った担当ページの経歴以下半分はそれであるのだ、貴重なノートの使い方によっては性格が出るものだが、彼女の場合、努力の結晶を奪われて相当おかんむりのようであった。

 問題は、何故、このような和紙で綴じられたノートに、翻訳の書としたか、という疑念だが、たまたま目についたか、

 (ヒナミキ=バージルの日記と同じ材料)

 でもって、同条件を満たしてみたかった、か。

もしかしたら、他にも翻訳した内容を記載したノートや冊子があるかもしれない。一か所にだけ情報を集約するなんて、悪いとは言わないが、紛失したとき困るだろう。悪手だ。

 (リスク管理はしている、とは思うが)

 まあ、可能性はともかくとして。

とにかく、彼ら日本人はこのノートを通し、それぞれの考えを吐露した。もちろん、大まかな内容は彼ら自身の大事な人々へ向けての独り言のような願いのようなものが大半だが、中には、どうやって日本に帰るべきか、どういった風に試したか、そのようなことを記載していたりする。喧々諤々。それに対する意見もあったりして、非常に賑やかなノートでもある。

 そして、日本人の誰か。権力者に奪われたヒナミキ=バージルの翻訳の書、教授の書も取り返した。それら貴重な品をまとめて置いてあるあたり、律義さを感じるが。

 

 「何故、それを私に渡したか?」


 どこかで、私の日本語を耳にした、か。

私は、ノートの表面をさらりと撫でる。そこには、引き継ぎの書、その使い方が記載されている。ひとり一ページ、使うように。それ以上は駄目であるということ、しっかと管理すること、破れそうになっていたのなら補強すること、継ぎ足しをしてでもその日本人が存在していた証を残すこと、そして何より。


 ――――この広くて狭い世界における、ひとりぼっちのあなたへ。


 表題に黒い指紋があった。多分、このノートを最初に提供した人物の指、なんだろう。この世界で死んだ誰か。

 あふれ出す光の粒が、窓辺から差し込む。

少しずつ見えてくるこの金環国の真実。私は、ひっそりと息を吐いた。




 眠いが、仕方ない。

夜なべをしてまで、私はあの書を読破したのだ、朝日が眩しい。

 目元を擦っていると、お馴染みの副官殿がやってきた。


 「おはようございます、団長」

 「おはよう、ダリア」


 彼女は従僕をしていた頃のように温かな水の入った桶を持ってきてくれた。

金環国当初は勝手が分からなくて準備できなかったようであるが、少しずつ、私が過ごしやすいよう手配をしてくれている。私が顔を拭っている間、日本人少女や金環王子の近況について、彼女独自の見解や情報を報告してくれた。


 「……次期王であるあの犬の件ですが」


 番犬は、しっかとやってくれているようだ。

この国に王となるべく、あらゆることを整えている。人材もそこかしこから声を上げ、集まっているらしい。想像していたよりも上手くことが運びすぎていて、まるで誰かの意志が入り込んでいるような気がしてならない。

 たとえば、私の枕元にこのノートを置いた人物、とか。

想像していた以上に、この金環国には、影に暗躍している人物がいるようだった。それも、日本人絡みの。

 

 「……団長?」

 「あ、ああ、すまない」

 「しっかりしてください」

 「悪い」


 そうだ。しっかりしないと。

 (……内偵、といっていたな、あの情報部長官殿は)

幼馴染スパイみたる彼が未だに仕事をこなしているあたり、すでにその目星はつけていそうだが、さて。

 (どこまで接触すれば良いのだろうな)

 またあのアントニーとか嘯く間諜スパイに、燻製卵を進呈せねばならんか。と、ふと脳裏に霞めた存在がいた。ハルカサトヤマだ。

副官殿曰く、彼女は現在、この王城にて簡単な料理を作るのが日課になっているという。そういえば、彼女は物理力重視の副官殿と違って、家庭的な女子力が高そうだった。実際、マヨネーズを作成できるあたり、少なくとも元女だったはずの私よりは女子力のレベルが高い。まあ私の場合、伯爵家嫡男だからな。実家で料理なんて厨房にさえ通せんぼされるレベルで貴族であるし、それでも騎士として必要最低限な野営のための料理は出来るが焼いて食べる、生で頑張るなどの実戦形式にしか過ぎず、決して家庭的ではない。

 (……日本食の手料理、か)

 想像するだけで、お腹が空いてきた。殿下の護衛に関する計画を副官殿と打ち合わせをし、午前中は同郷のよしみに縋ることにした。

 懐に、日本人らの存在の証たるノートを偲ばせて。 

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