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八話

 自国であるアーディ王国にいた頃、調べたことはある。

味噌や醤油の出所、詳細について。

 明らかにそれらは、日本人が関わっていたはずであった。

ある意味、日本人ホイホイの食材ばかりである。そんな調味料を目にしたら、日本を恋しがるのも当然であろう。

 幼い頃から私は、年齢と肉体の差に、異世界の常識にいたく苦しんでいた。いっそ狂ってしまったほうが楽ではないか、と絶望を感じ入るほどに。

そんな時、あれこれと世話をしてくれた家族たちが、意気消沈している私を元気づけようとして持ってきたものが和食だった。

といっても、あまり浸透していない珍味扱いであったため、和の味には程遠い、やや粗野としかいいようがない料理ではあったが、周囲の想像以上に、私には効果てき面だった。泣きながら黙々とフォークやスプーンを使って食べる幼児。一種のホラーであった。だが、己の存在を危うくさせていた私にとって、かつての居場所が輝いて見えた。貴族社会にぽんと存在してしまった私にとって、過去は大事な歴史という名の道しるべ。

 聞いたことすらなかったアーディ王国という国の、それもサトゥーン伯爵家嫡男に生まれた男の子が私、だなんて。信じられなかった。あり得ない。

 だが、ついてるものはついてるし、やってることは剣術のお稽古。到底、人が機械の中に乗って飛行できる現代じゃあなかった。

 生前の記憶を持ち得たままそっくり生まれ変わった私は、挙動不審にときたまなりつつも、故郷の匂いがするそれら食べ物から、日本、を辿ろうとしていた。それしか私の人生における目標がなかったのだ。家族愛は、ある。私を育ててくれた恩ある方々。だが……、吹っ切れるにしても確かめたかった。

青年になっても、騎士になっても……。

 産地は隣国である、金環国家バージル。

秘密ごとの多い隣国だが、生産者である日本人がいるかもしれない。

 期待に胸が膨らむ。

 もしかしたら、という期待感はあった。

豪商である祖父の伝手でも入手できない、日本人に関する情報。

あらゆる手管を使ったが、やはり、権力という壁に突き当たる。

 後から考えると、敵国にとっての国家機密(日本人)に指定されてでもいたのだろうと思う。日本人、と騒ぐ私を、周りは不思議そうに「日本人って何?」と聞いてくる始末だし、ましてや金環国家バージルと我が国アーディ王国は仲が悪い。蜘蛛の糸のような交易だけの付き合いで情報が安易に手に入らないのは、当然の帰結ではあった。

 ただ、当時の私は、図体ばかりがデカい、愚か者だった。

 日本人、というキーワードでさえ、金環国家バージルにて隠匿されていた意味、そんなことさえ、頭に及ばないのだから……、あまつさえ、向かおうとした。

 努力して騎士となったことに、慢心していたのかもしれない。

頑張れば、なんでもかなう、と。たとえ敵国だろうとも、なんとかなる。お天道様が、見て下さる、話し合えばなんとかできる、などと。

愚かな私は、どうにもならない現実を知らなかった。私のしていることは、すなわち、自分の意思のごり押しでしかなかったのだから。

 馬鹿正直に渡航申請したが、当然、却下された。

 金環国家バージルとは当時不仲であったし、意味不明な日本人、という謎の話に振り回される伯爵貴族が身分を偽ってでも敵国を訪問したい、諜報員スパイでもないのに行きたいとは言語道断……、逆に、騎士として守るべき自国、アーディ王国から怪しまれる始末。

 投獄され、危うく騎士の位を返上する可能性さえ、あった。

 殿下の護衛をしていた私を外す動きさえあったのには、胃を痛めた。

 私は、実に愚かな行動をとってしまった、と……、心底後悔したものだ。当たり前のことだと今の私なら声高に言うだろう。本当に馬鹿だった。精神まで肉体年齢に引きずられたとしか思えない。それぐらい、すぐに分かることなのに、私の頭はお花畑であった。順風満帆な人生だったから、かえってそんな危ない橋のど真ん中を歩こうとしたのだろう。

 いくら、二十年以上、故郷に恋焦がれていたとはいえ……赤子の頃からずっと一緒だった、幼い王子を不安がらせてしまったのだ。


「リディ……」


 赤毛の少年が、私の袖口をそっと引っ張る。


「大丈夫です、殿下」

「でも……みんな、言ってる……リディが心配だよ」

「……人脈の構築も足りなかったし、

 公式書類のごまかしもせず、外堀埋めずに手段と目的の取り違え。

 軒並み、失敗、してしまいました。

 それが、明るみになってしまったのです」


 青く澄んだな双眼が、私を見上げている。

 幼い王子に告げたところで、細かいところまでは、理解に及ばないだろう。

 (まずは、ご安心いただかねば)

 腰をおとし、殿下の目線に合わせる。

彼の折れそうなほど細やかな肩に、両手をそっと載せた。


 「実に、愚かでした。

  やるなら、成功を確信してからやるべきでした」

 「確信……?」


 くりくりとした蒼穹のごとき瞳が、ぱちぱちと瞬いている。


 「そうです。殿下、戦争も同じです。

  やるからには、必ず成功させねばなりません。

  我が国が昔から戦争に弱く、負け続けているのは、

  相手が勝利を確信しているからなのです。

  用意周到に準備をし、ちゃんと根回しをする。

  ……こんな、基本的なことさえ私は忘れて、浮かれていたようです……」

 「リディ、リディがそんなに欲しがったもの、ってなぁに?」


 幼い殿下のその純粋な言葉に、私は、私の望みを告げた。


「日本人の、情報です」


 当時のことを、殿下は憶えていた。

 赤毛の、秀麗な青年となった王太子殿下は、嗤った。


 「ニホンジンの情報が欲しいんだろう?」


 と。

 証拠が燃やされるかもしれない。

 貴重な資料が、失われてしまうかもしれない。

 味噌や醤油、お米そのものを戦争によって失うかもしれない。

 あるいは、農業技術を持った人々が世界各地に散らばってしまうかも……、最悪、日本人、という存在自体消されてしまう、なんて、強烈な不安を抱いていたことを見透かされていたらしい。

 すなわち、それは飢え、だった。

砂漠の一滴である水には、抗いがたい魅力がある。

 私は、入手したかった。是が非にでも。


 会いたい。

 困っているのなら、助けたい。

 ……同郷の話を、彼らの姿を、この碧い目で確かめたい。


(……本当、よく憶えていらっしゃる。

  私がお米ばかり嬉々と食べているということも)

 恩義を感じさせ、いつまでも気安い私を働かせようという魂胆もあるにはあったのだろうが、まさか、経済戦争をしかけて金環国家バージルを根負けさせてしまうとは。

 どう考えても我がアーディ王国に有利でしかない不平等条約を、金環国家バージルに飲ませたのである。互いに交わされた書面の中には、ちゃっかりと、日本人、の記述がなされていた。

 敵国の第一級機密情報と思わしき私の妄言を、堂々と開示請求したのであった。殿下でさえ私のように馬鹿にされる可能性だってあったというのに。

 (本当に、私を、信じて下さった……)

 日本人、なんてあやふやな話を、真面目に聞いてくれた方でもある、王太子殿下。


 「情報開示の際には、リディ、お前は騎士団長となり、

  引き続き俺の護衛にあたれ」


 そうして、私はただの護衛騎士のみならず騎士団長としてもせわしなく、年がら年中働くことになった。王太子殿下経由で私は日本人の情報を入手したのである。

 それは、あまりにも陰惨で、悲痛な話ばかりだった。



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