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七十七話

 ――――金環国の国王ヒナミキ=バージルはようやく大人しくなった。

縄に縛り付け、寝っ転がす。それだけのことにずいぶんと喚いた。殺される訳でもないというのに、裏切り者だの、馬鹿な駄犬が、だのと。貴様は息子でもない、売女の子供風情が! 

 おおよそ、そのような耳に絶えぬセリフばかりを口走り続けたが、次第に疲れたものか、すぐに大人しくなった貧弱な姿は息子ながらなんとも言えない心境に陥った。


 「……こんナに、小さイ男だっタか」


 どれだけ馬鹿な振る舞いをしようともあざ笑ってでもいいから、見てもらいたかった実父が、これほどまでに惨めなものだとは。大上段で構えられた今までのことが、走馬灯のように巡る。

 ……自身の、この正装を纏った恰好を目の当たりにしてもそうだった。

僅かにそのギョロ目を見張った。だから、少しだけ。ほんの少しだけ、期待したのだ。けれど、たちまちに見て見ぬふりをされ、ギロチン台を見やすいよう方向もきちんと計算された玉座へと、その足が向けられた。無視されたのだ。いつものように。

 分かっていた。分かっていたことだった。

 どれだけ暴力に晒されようとも屹然とし、犬の餌を器用に盛り付けられた料理を貴族らしい仕草で綺麗に平らげ、あまつさえオレっちに……いや、オレにあれこれと文句をつけながらも、どこぞの親子のように。子供の頃、通りすがり目撃した見知らぬ親子の会話と同じことをオレにしてくれたアイツばかりと、どうしても比べてしまう。

 金髪碧眼の、騎士。隣国の騎士団長。リディール・レイ・サトゥーン。

母の写し絵と同じ碧の、優しげな目がいけない。あいつは、どうも。


 「調子が狂ウ……」


 裸も見た。

あいつは、自分のような大人には一歩手前な肉付きはしていなかった。

どこもかしこも傷だらけで、戦いに出たことのある、まさに骨太な男の体であった。それでいて男のくせに良い匂いがした。あの時を思い起こし、思わず鼻を蠢かす。と、たちまちにくさい臭いがして、顔が渋面になる。通り過ぎた金環王からは、香水の複雑な匂いが染みついていて具合が悪くなるほどだ。

 玉座にふんぞり返って女を纏わりつかせるばかりで、てんで弱い上にやかましい……、駄犬の父。徒手格闘が得意な部下により、圧倒的な力量の差で押さえつけられて転がされるこの金環の王とは。睨みつけてくるギョロ目がただひたすらに気持ち悪いコイツとは、あいつは別格だった。

 豪族どもに囲まれている宰相が述べていた。

 

 「貴方の代わりはいくらでもいますよ、特務隊隊長」

 「貴様……」

 「良い」


 別に、そんな捨て台詞。幼馴染みがいきり立つほどのことではない。

王のおべっか使いの宰相なんざ、どうだっていい。どうせ、降格か処分されるだろうから。そんなことを考えていたのが見透かされていたのだろう、さらなる嘲笑をしてきた。

 

 「……数ある王子方の中で、もっとも武を修めたのが貴方だ。

  それも、王の気まぐれにいくらでも付き合うなどと。

  本当に、地獄の中にいるもがく犬のようでしたよ、

  貴方、その心根を、その転がる王陛下に利用され続けてもなお、

  王の側で尻尾を振るのをやめなかった」

 「何ガ言いたイ」

 「貴方の王位継承順位が高い」


 そう、だから、か。


 「王は優秀な後継者を作るのが仕事ですから。

  確かに好色は過ぎますが、好きなように種をバラ蒔けばよろしい。

  中には優良なる芽生えがあるでしょうから。

  ……そういった考えでもって、我々国の中枢の、

  主だった者どもは考え抜いていました」

 

 オレっちの兄弟、すなわち生き残った弟や妹は未だ幼い。


 「それに、貴方の母君は姦通罪で死罪でしたが。

  本当は冤罪なのは」

 「知ってル」

 「そうでしたか。

  しかし、王の決められたことは絶対です。

  バージル王の御子息とはいえ、

  罪人の子を時期王位につけるわけにはいきませんなぁ」


 じろ、と睨みつけると、飄々と受け応えするこの年寄り。

思わず、腹が煮えくり返りそうになる。


 「こノ、耄碌ジジィどもガ」


 ほほほ、といかにも笑いそうな邪悪な笑みを浮かべる。普段の温厚そうな顔がまるで嘘のような、ひっくり返った顔つきになった。

 まさしく、悪役を欲しいままにできそうな、宰相である。


 「ですが、調子を外してしまいましたな。

  断絶した大家の一人娘の血筋が生き残ろうとは。

  これには、さすがの寵姫方も、

  暗殺の手を緩めないでしょうなぁ」

 「……チッ」 

 「あの大家の当主も、案外と弱ったもので」


 そう。

たった一人娘を失った悲しみに打ちひしがれ、孫を置いて死んでしまったのだ。

死罪という大罪を受け、元来弱かったという当主は留めを刺された恰好になる。


 「貴方は、その唯一の人。

  この金環国において、もっとも権力に近くて、

  遠い番犬なんですよ。実に、そのままでいてくれたら、

  良かったものを」


 美しい母には婚約者がいて。

それを王に引き裂かれた。よくある、姫物語の悲恋だ。

 ――――それを、オレっちは。教えてもらった。

……オレは。どちらにも、嫌われる子供だったってことを。


 「……ソーダナ。知らなければ、ヨカッタ」


 振り返ると、そこにはあの気に食わない奴……、金髪碧眼の騎士団長に縋りついていたやっこさんが現れた。まさに、音も無く。何もないはずの空間に、この青年は現れたものである。すう、と。溶け込むような黄昏の色が空気に貼りつき、人型の輪郭を整えた、と思ったら。あっという間であった。


 「……な!」


 宰相は、目の色を変えた。


 「なんと、」


 あんなにも、意気揚々と喋りまくっていた、まさに、生まれながらにして悪の知恵を持って生まれたのではないかと疑いたくなるほどの、金を増やすことだけを熱心な宰相が。腹の底からの。感嘆の意を示した。


 「おお、なんと……、

  美しい……」


 誰もが、その美貌にため息をついた。

このような化け物揃いの腹黒い権力者どもの集いでも、それは同時に同じ感想を抱かせるほどの、唯一の真実だった。

 シャツとズボンのみという砕けた服装だというのに開いた襟首から覗く、鎖骨から喉元へのすらっとした陶器のような肌から発する、妙な色香は誰もが目を奪われる。燃え盛る赤毛との相乗効果ゆえか。

 昏倒する人間もいたが、大体はさすがに年季が違う。倒れずに済んだ金環国の有力者たち。

 騒然とした周りが、一挙にしん、と静まり返ってしまった。

その静けさの中を空気を読まぬ、暴れまわる男がただひとり。

 彼の父は。国王は、醜態を晒した。


 「親父……」


 なんせ、輝かんばかりの美貌を放つ王太子殿下であられるのだ、好色な王にとって、とんでもない獲物が現れたとよだれを垂らし。

 縄に巻きとられた体に鞭うつようにして暴れ出し、その老いた身を隣国の王太子殿下に向けた。


 「おい、ああああ、あれを!

  あれを、余のものに!」


 輝かしき遺品にも勝る、さらなる美麗さで人間という人間を圧巻させた王太子殿下への欲望剥き出しっぷりに、おべっか使いのイエスマンどもも、さすがに。その目を白黒させたものである。羽のもげた羽虫のように地べたを暴れまわる国王に、筋肉ダルマは手厳しく抑え込む。が、それでもなお暴走をきたす姿に、さすがの豪族らも、誰もかれもが、呆気にとられて見下ろす。

 もはや、そこに。金環国の王位を保つ姿勢はなかった。

 リヒター王太子殿下は這い蹲る一国の王を一瞥し、クーデターを引き起こした金環国の王子を視界におさめた。

 ぎくりと身が竦む。魅惑的な唇が、蠢く。

 

 「俺は、アーディ王国の王太子リヒター・アーディ・アーリィ」

 

 だが、舐められてはならないと、歯噛みをし。彼はいっぱしの大人を気取った。


 「お、オレっちは……、否、

  オレは……」


 騒然としつつも、ここははっきりと宣言しろとあいつに教え込まれたことが脳内を巡った。躊躇していては、付け込まれるぞ、と。敵国の騎士なのに、側近なのに、何故、自分に対しここまでするのかと思ったが。なるほど、とは思った。

 なんせ、周りの人間を酔わせるほどの儚さ。まさしく、傾国であったから。これに長年耐えられる人間がいるなんて、信じられない思いではあったが、あの妙な男……金髪碧眼で、何を考えているか分からないやつだったが、リディール・レイ・サトゥーンなら在り得るかとは感じた。なんでかは不明だが。

 ごくりと、その理知的な青の瞳を真っ直ぐに見返し。


 「宣言をする。

  オレの名は、ヒナミキ=バージル。

  この王を下した、金環国バージルの時期王位を戴く者」


 すい、水よりも透明な瞳で見据えられるのは心臓がばくばくと痛む思いだが、しかし、ここで王位を無事に継承できると、この選帝侯に宣言しなければならなかった。

 なんせ、リヒター王太子殿下の身には。

この金環国の初代王の青き血が流れているのだから。

 貴重なる血筋をその身に宿す、世界でも稀有な魔法使いにして、敵国の王位継承者。リヒター王太子殿下の御身には、勇者の血脈さえ流れているのだ。すなわち、遺品とは。


 「どうか、認めていただきタイ。

  オレは、もう。

  これ以上、こノ国を惨めニしたくはなイ」

 「ほう……。

  自分の不始末を棚に上げて、か」

 「違、……イヤ。

  違わなイ。オレっちがやったことハ、民を苦しめるコトだっタから」

 「保護した金環国の逃げ出した民のうち、

  一人は殴られたと報告受けたが」


 正直、記憶にない。

だが、特務隊の連中の仕出かしたことは自分の不始末だし、自分がやってしまったかもしれない。暴力に暴力を重ねることで、父への不満を反らしていた部分がある。すべての罪が今まさに自分に襲い掛かっていると、自覚した。


 「……オレっちのしでかしたこと、かもしれなイ」

 「民の一人を守れず、何が王だ」

 「それは、申し訳の立たナイこと、だ。

  オレっちは、親父……父の言いナリだった。

  ソウデナイと、認めてハくれなかっタ」

 「言い訳か」

 「……そう、ダナ。

  そうとってもらっても、構わナイ」


 手厳しい、と感じた。

実に、外見を裏切る苛烈な性格だと。 

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