七十三話
あれこれ思案してもみたがこの金環国にとって、安穏としたもの。
ふさわしいかじ取りはこれ以上ないと考えている。
未来ある若者であり、二人の男女。意図的な組み合わせである。
「……リディは、それが良いと考えているのだな」
「は」
日本人たる黒髪少女はこの異世界の市井に紛れるにしては、異質過ぎる。アジア的顔立ちが殊の外目立つのだ。残念ながら、武器も何もなければ彼女は只々、誰かに利用され続けるのみだ。
「奴隷制なんてものは撤廃すれば良いのです」
ただし、この文明国家では日本人の価値は大歓迎の趣がある。
と同時に、金環国の権力者、たとえば王子様と番にでもなってしまえば無敵状態。隊長殿は犬と呼ばれるほどに背景が悪い。権威たる日本人を持たせればウィンウィンである。
(丸め込めるかな?)
いや、難しいか。女性というものは勘が鋭い。邪なことを考えているとたちどころ察知されてしまいがちだ。返り討ちに遭う。元女である私が言うのだ、間違いない。
いずれにせよ、ハルカ・サトヤマには誰かに保護されていないと人権が発生しないだろう。あの王子は顔は良いが、気に食わなければ結婚しなくても構わない。
(本当は、そこまでする必要はないだろうが)
念には念を入れて、だ。本人同士の馬が合わなければ、それはそれで構わない。所詮は、彼女を守るための盾の一つにすぎないのだから。
「リディがそうしたいというのなら、それでもいいか」
勇者信仰、とは非常に便利だ。
「……殿下は、どうされようとお考えでしたか」
私は、一応尋ねてみる。
すると、王太子殿下は、狂王子の名を欲しいままにしてきたその一端を、その麗しい唇で現した。
「何、ただ口実に使えば良いと考えていた」
「口実……?」
「リディだっていつも言ってただろう?
戦争するには、開戦理由がいると」
「それはそうでしょう」
「だから、あの不憫な娘が我がアーディ王国に自由になる助けを求めてきた、
酷い扱いを受けた、奴隷制をやめろと金環国に要求すると同時に、
身代わりとなったリディを解放せよ、しなければ戦争だと吹っかけ、
補給経路を断たせて孤立無援状態にして首都へ。
行く先々で、あの娘を真正面に立たせ、国を返せ、
玉座を返せと叫ばせるつもりだった」
えげつない。さすが殿下。いたいけな少女を表ざたにして後ろで操るつもりだったらしい。初代王が勇者であり、その勇者様の故郷が日本であることは明白ではあったが、公然の秘密のようなところがあったから、まあ。元ギルドの子孫であるこの国の民からしてみたら、勇者を慕ってこの国を作り上げたという自負があるのだ、王に返り咲くと言い張る勇者様と似た顔立ちの少女が現れたとしたら、国を二分する大騒ぎになりかねん。
奴隷制は正しいと檄を発するバージル王の姿が脳裏に蘇りすぎて辛い。だからこそ、彼女を寵姫にしようと企んだ。結果、逃げられたが。
(多分、王太子殿下はゲリラ戦まで考慮してたなこりゃ)
金環国の玉座は、あくまで宰相一族が勇者から預かったものである。
仏像化した初代王勇者様があれほど敬われているのだ、金環国の玉座を惜しんで奴隷制などという厄介な法律を作り上げたんだろう。
(それと、日本人搾取することによる情報捻出か)
文化文明法律……とかく、最初の勇者様があまりにも眩しい存在だったんだろう。こんな国まで作り上げてしまうのだから。
(まあ、おかげさまで、
彷徨う日本人が大変な目に遭うようになってしまった)
これには初代王も苦笑い。搾取されまくった日本人らに、あの世にてボコボコにされてそうだが、仕方ないことである。
ここはひとつ、穏便に遺憾の意で頑張ってもらいたいところ。
さて、その 噂のご当人、ハルカ・サトヤマさんだが。
彼女は現在、王太子殿下の保護下にいる。広場の片隅、厳つい騎士団二人に囲まれ居づらそうであるが綺麗なワンピース型のものを身に着けているあたり、しっかりと面倒をみてもらっているようである。
「あ、あの時の!」
不安げに揺れる瞳は歩み寄る私を認めるや否や、ぱあっと明るく染まった。
「おお、ご無事でしたか」
「は、はい!」
声をかけると、まるで長らく離れていた愛猫やら愛犬のごとく、彼女は思いっきり駆け寄ってきて私の腕にすがりついた。
掴まれて揺れる私は、彼女の手を軽く触れる。特にひどい目には遭ってないようだった。遭ってたら困るが。
潤む彼女の黒曜石の瞳は、とても懐かしい郷愁が私の心に吹きこむ。
「良かった……無事で」
「……リディさんこそ、ご無事だったんですね」
心細い思いを抱いたのだろう、ぎゅうぎゅうな彼女の手は震えている。
「その、捕まってるのではないかと……、心配しました」
「まあ慣れてるからな、荒事は」
別れ際が、別れ際であった。だからか彼女は、悔やんでいるようだった。
自分の力で何かできたのではないか、と。しかし、仕方なかったといえる。あの場合、あそこで私が引き受けていなければ、彼女が捕まっていた。そして、この金環国は亡国一直線になっていた。なんせ、リヒター王太子殿下が隣国の混乱を引き起こそうと企んでいたのだから。
(危なかった……)
下手したら、気付かぬうちに王位継承争い、戦争の端緒を引き起こしていたのかもしれない。何らかの目的があったんだろうが、私には知らされていなかった。
(これだから狂王子は……)
殿下の話から察するに、元々、ドンパチの切っ掛けさえあればやってしまってた可能性がある。私は王太子殿下の部下だ。そのため、リヒター殿下がやるといったら、私もやらねばらならぬ。
今回はたまたま、私が捕まったから、それを口実にやっちまおうとしていた。
セーフ!
「ですが、その恰好……白装束、ですよね」
「そうだな」
喉の奥が引きつくというか、さも痛ましい顔をとられる。
この恰好が処刑用の服装であることを知っていたのだろう、が、私は別にそこまで悲観的ではない。懐かしい和服を身に着けることができて、どちらかというとルンルンである。
(なんて言うと、頭おかしいと思われてしまうな)
彼女は私が日本人であるというかつての前世を知らぬ。
それでいて、私が日本語を操る理由、それさえも把握していないのだ、ここでご機嫌だと伝えたら、鉄人騎士に変人騎士の二つ名が増えてしまう。それはいけない。細身君により着付けのし直しをしてもらったため、私の白装束は彼女を前にしてもびしっと決まっているはずだが、あまり自慢ができなくて欲求不満だ。
「リディさん……」
「大丈夫だ、私は騎士だ。
人を守ることが本分。そう気にするな」
「うう……」
良かった、なんて呟きながら私の胸に涙をこぼす日本人少女。
彼女の、その女の子特有の黒髪を撫でてやりながら、
(前世における私より良い髪質してるな)
などと、若干別の感情を抱きつつ、かつての自分はここまで感情豊かだったような気はするなあ、と。
騎士であるがゆえに、男であるがゆえに。
捨ててしまった感情の行方を思い出していた。一部、ぶっ飛んでいないと、私の場合は生き延びることはできなかった。
目端に、彼女の黒髪の一部が紫がかっているのを見付ける。
しばらくそうして、撫で続けると。
少女はくたりと泣き疲れてしまったようだった。目元を擦っている。
「さあ、これからやらねばならないことが目白押しだ。
私は貴女の味方。
これから、貴方自身がその目で見て、判断せねばならんことがある」
「は、はい……」
とはいえ、現在、リヒター王太子殿下はこの金環国の王子様と謁見中である。
筆頭護衛である私も連れ添いたいところだが、残念ながら、今の私は丸腰過ぎてストップがかけられてしまった。
黄金世代の騎士が殿下に複数侍っているはずだからこれ以上ない心強い護衛だが、しかし、いつまでも彼らに甘えてはいられぬ。
「私は着替え次第、
リヒター王太子殿下のもとへ馳せ参じなければならん。
すまないが、君もついてきてくれないか?」
彼女はしっかと、頷いてくれた。




