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七十一話

 「申し訳、ございません」

 

 口の中にある血の味を噛み締めつつ、身を起こしながら謝罪する。

 (実際私がやっていることは国のためとはいえ)

 結局は自己満足に過ぎなかった。聡い殿下は怒っておられる。


 「……許さぬ」


 跪く私の頭上から、何やら堪えるような声が降ってきた。我が身を竦めるしかない。片足を立て、膝小僧丸出しの私の二の脚は吹きさらしの風の煽りを受けてなかなかに寒い。衿なんて、どうにか殿下の上着のお蔭で覆われているが、殴られた拍子でもはや服の仕事をしていない有様。すっぽんぽんを免れている帯という救世主はだいぶ緩んでいるようだった。

 おまけに、

 (何だ……?)

 リヒター殿下、軽く腰を曲げて私の鎖骨あたりを、唐突に指で段々と突いたと思ったら、


 「つ、」

 

 思いっきり首の皮を抓られた……。


 「で、殿下……?」

 

 この間、美貌王子は無言であった。伏せられた瞳には陰りがある。

 (いつもと調子が違う)

 なんだろう。

ふいに沸き起こった疑問だったが、間近で見る殿下の頬の血色さは普段とは変わらない健康そのものである。甘ったるい香りは誰もがうっとりするようなものだし、このお方の指には臨戦態勢に使う、アーティファクトと呼ばれる指輪が幾つもの運命を操る人形のように、彼の、そのほっそりとしたしかし確実に男の手とわかる節くれだった指にすべて絡められていた。ルビー、アクアマリン、ガーネット、ダイヤモンド、エメラルド……他、二つ重ねてたりとリヒター殿下は貴重なるそれらがまた大層似合う美麗な人だが、おかげで殴打による衝撃は物理的に増した。

 

 「殿下、それよりも……」

 「わかっている」


 私への後始末、落とし前。要は、仕打ちを考えてはいるんだろう。

ただ、これ以上ここでこのようなイザコザを晒してる場合ではない。


 「殿下はおひとりで来られた訳では」

 「ない」


 殿下のその一言が切っ掛け、のように。

狼煙が。殿下の背後越しに、昇っているように見えた。


 「あれは」


 私は、リヒター殿下を庇うように一歩前に出て、天にのぼる煙を確かめようとした。幸い、ここは処刑場の一番高いところである。

 (否、これは幸いといって然るべきなんだろうか)

 正直、己の所業を省みるとなんとも肌寒いことだが、我がアーディ王国に帰れる可能性が非常に高まってしまったことに、私の高揚感は先ほどから高まりっぱなしである。

 見慣れた鎧兜を装着した、アーディ王国の騎士団。

その精強そのものである騎士らが、先ほどひしめき合っていた金環国住民のいた広場に派手な登場をしてくれた。磨きあげられた彼らの装備が、陽に照らされて輝いている。晴れ晴れとした青空と、棚引くマントを羽織る彼らは間違いなく世界で一番恰好良かった。

 ただ、私には彼らをぼうっと見呆けている暇はない。

うしろで戸惑いを隠せない細身君に発す。


 「バージル王を!」


 言うや、彼ははっとして。

さっと指を使って、ジェスチャーを出した。合図である。

 殿下は、そのような命を私が敵国の兵に出しているのを気付いて……いないようだったが、細身君が妙な動きをしているのは見逃さなかった。

緩やかに人差し指が上がったと思ったら、エメラルドの宝石の中がわずかに蠢く。私は咄嗟に、殿下の手を指輪ごと掴んだ。


 「……どういう真似だ?」

 「お許しを」


 不敬にもほどがある。

だが、このままだと細身君は切り刻まれるか、吹き飛ばされるか。いずれにせよ、良いことにはならないのは目に見えていた。

そのため、私は王太子殿下の手を掴み取ってしまったが、赤毛の、長いまつ毛で彩られた青い珠が、ぎょろりと私を睨みつけている。


 「リディ……答えろ」

 「どうか。

  どうか、この場はこらえてください」


 うっすらと細目でいる、が、しかし。これでは、リヒター殿下の腹は収まらないであろう。気高いお方だからな。切れると怖い。

 (あの番犬に仕事をさせる時間を作らねば)

 でないと何のために、このような茶番をしていたのか分からなくなってしまう。

 私は赤子時より、殿下と一緒に過ごしたから。だから、この切れる数歩手前の殿下をお諫めする方法はいくつか持ち合わせている。

 (ただ、なんというか)

 その方法論が、また。恥ずかしいんだよなあ。

私はつくづくそう思う。けれども、この世界ではごく一般的な方法だし、同僚間では冗談でやってやるとしょうがねぇな、的な。異世界ならではともいうべき、アーディ王国の習慣でもあった。見目がファンタジー要素満載だからこその、できるモノだろうと私は考察している。でないと、恥ずかしくてやってられん。大事なことなので二回は言わないとならないぐらい、ハリウッド映画だと恋人間ではやってる仕草でもあるが、この異世界では恋人でなくとも親しい間柄でもやっちまっているのだから怖い。

 (ええい、ままよ)

 私は仕方なしに、掴んだままの殿下の指に口づけた。

ひょえ、と思わず声に出てしまったのは金環国の細身君。次に、殿下だった。

 ほう、と。

囁くような麗しい声ではあったが、たちまちに美貌王子は陥落した。

 

 「リディ……」

 

 日本ではこのような習慣は根付いていない。だからか、私の頬は赤いのは間違いなかった。指の隙間や中、手の甲。そういったあたりを責めるのがポイントらしい。恋人間になると、飴を舐めるかのようにやるらしいが、変態な国柄だと思ったのは内緒だ。

 最後の仕上げに、指先に唇を。

必死な私はこのとき気付かなかったが、ずいぶんと良い絵面だったとのちに、幼馴染みたる情報部長官からお言葉をもらった。

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