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六十八話

 まずは落ち着かせることだ。

一人、また一人と慌ただしく背を向けて逃げ出せば、つられるのは民衆心理として当然のことである。

 (……リヒター殿下)

 誰よりも目立つ彼が動いてくれたらもっともやりやすいのだが、残念ながらバージル王の耳に情報を入れるしもべたちの動きは未だ無し。国境沿いからの書簡とか、そういった合図のようなものがくると思っていたのだが、どういう訳かまったくもって無反応だ。身動きすらとっていないようだった。

 (殿下のことだから、流した噂を聞きつけて騎士団二つ挙兵、

  私の動きと連動して、

  国境沿いから侵入してくるかと思ったんだがな)

 もしかしたら、私の価値そのものが知らぬうちに暴落していたのかもしれない。アーディ王国の王太子が手を出す必要はない、と判断をくだされた可能性はなきしにもあらず。思わず天を仰ぎたい由々しき事態だ。

 (まあ、それはそれで……悲しいが、

  殿下が成長なされたことを喜ぶべき、か)

 その場合、国に見捨てられた私は無事昇天してしまうが、問題が金環国の王子様ら、三人である。彼らを助けることを私は自らの地位に誓って約束した。すなわち、アーディ王国の騎士団長たる私が口約束とはいえ、しっかと結ばれたのである。果たさねばなるまいて。

 ――――私は高台でひとり、立ち続けていた。

ただし、脳内は目まぐるしく計算している。似たような例を脳内で検索、取り上げていたのだ。民を仲間にする実例を。

 たとえば、私の傍にいた王太子殿下は、その顔を使って民衆を大人しくさせていた。世界的な有名人でもある美貌王子は、いかんなくその外見をフル活用。声高に戦争しよう! などと言ってもある程度のことはなし崩し的に落ち着かせることができたのである。魅了しすぎるにもほどがある。

 対し、現在の状況といえば、あまりにも手数が少なすぎた。まず最初の作戦からしてその策は使えない。なんせこの国の王子様は王に貼りつかせている。王を人質に使うためだ。15歳に実の父親を捕獲、なんてとんでもなく無慈悲なことだが、このままだと確実に王子の父は殺される。あのリヒター王太子殿下が赤子の頃より側にいた私を処刑した存在を、人権、生存権、裁判権などなどの観点から、隣国の国籍があるというのに勝手に殺した奴を絶対に王族としても見過ごすことはできないからだ。それ、報復ともいう。

 とはいえ、このままでは……、

情報もないが、この国民たちへの心理を働かせる行為も皆目見当がつかぬ……訳でもない。

 黒と白。

石と意志。

 今回は、その二つを併用するとしよう。

私はまず、忍ばせていたサファイアの宝石を手に持つ。

 (ここで本当なら……)

 隣国アーディ王国の王太子殿下が動かす二つの騎士団の騒ぎに乗じて、この国を乗っ取るつもりだった。そのために、隊長殿には王に侍ってもらっていたのだが。

 (実の父親だが、殺すつもりではないのだ……)

 あくまで捕獲だ。そのために筋肉ダルマ君も、隊長殿の傍らに控えている。

王を盾に上手に三段活用、身内・内圧に使い、王太子殿下であられるリヒター殿下と交渉。外圧という協力を得る、というそういった筋道を立てていたのだが――――まあ、仕方ない。諦めることにする。作戦の変更は戦場でも良くあること。そんな隣国の騎士団長へ、細身君がにじり寄ってきた。彼は顔を片手で覆いながら声をかけてくる。私をギロチンに無理やり設置した兵らは、細身君によって昏倒されている。無論、青光りに乗じて、だ。ギロチンによって反応するだろうと思っていたからこそ、彼は行動を軽やかに起こすことができたのである。

 そのため、細身君は私の前で武器を構えている。金環国の意識あるほうの兵らが高台の四つ脚ふもとで蟻んこのように見守る中、私たちは互いに敵のフリをしなければならなかった。手ぶらな私に対し、武器を向ける細身君。うす布一枚で突っ立っているおっさんと、刀の切っ先をちろちろと蠢かしつつの一進一退。

 ただし、高台ゆえに話し声は聞こえないので、二人の会話は仲良さげだ。終始、和やかなムードである。私がしれっとした顔でいるからか、なんとはなしに頼られている風である。実情はぶっちゃけ、アップアップなんだがな。


 「あー……、眩しいっすね、それ」

 「ん、ああ。

  でも、また発光させるから、両目を閉じていた方がいいぞ」

 「は?」


 私は、その彩ある青の滑らかなる表面を、親指で舐めるように触れながら声をかけた。


 「王太子殿下。リヒター殿下。

  聞こえていますか?

  ……私は、ここで果てますが、まあ。

  殿下は、無事、生きてくださいますよう」


 途端、青い光が。

到来する。少し、鈍いが。

 (やはり、か)

 細身君は私が忠告したにも関わらず、凝視していた。

 

 「わお、点滅してる」


 私の指の中にて、一応、柔らかな光を灯してはいるが、投擲を防ぐときほどの輝きは放ってはいない。私は安堵の息をついた。


 「団長さんよ、それって遺品、ってやつか」

 「ああ」


 我がアーディ王国では国宝級、と呼ばれているが、国によって名称が異なる。主に、魔法的な力を持つ不思議なものをこの金環国では遺品と名付けている。

私の持つサファイアのラペルピンにもなるブローチのような、ようは、何にでも使える汎用性あるパッと見ただの宝飾品なのだが、普通は国家が管理するレベルの古来よりの魔法具でもある。四方国家ではアーティファクト、とも呼んでもいる国もあるそうだが、それはそれとして。

 

 「そうか、だからうちの隊長は、それを捨てようとはしなかったんだな」


 私はうっそりと笑った。

 そう、だからこそ、あの犬は鼻が利くと思ったのだ。


 「おかげで我が身を守ることができた」


 ぴかぴかと点滅するだけの宝飾具に、気付けば国民らも少し気をとられているようだった。しかし、未だ逃げ出す姿は絶えない。怯えてもいるようだった。

広場に所狭しといたはずの金環国の住民が、ネズミの子を散らかすかのようにいなくなりつつあった。豪族ら権力者らも、互いの顔を見合わせ、王の顔色を伺っている。踏んだり蹴ったりの事態に、いつ金環国の兵らがこの元ギロチン置き場に押しかけてもおかしくはなかった。


 「で、どーすんだ騎士団長さまよ」

 

 私は、じっくりと宝飾具を眺め続けた。

この宝石には殿下の意志が働いているはずである。

 でないと、こうまでして反応を示さないであろう。投擲などの攻撃を受けてもいないというに。下賜された際の説明では、このような反応を示すなんてレクチャーは受けなかった。ということは、だ。

 (殿下の仕業、だろうな)

 お気に入りを手放したくない衝動。

その心が未だ続いていると確信が持てる、としたら?

  

 「……あのとき、確かに、この石は意志が内包していた。

  間違いなく、私の言葉に耳を傾けていた」


 GPS、といったほうがいいかもしれない。

それも、私のすべてを知り得る情報端末。国宝、遺産、そうして、アーティファクトの使い手でもあるリヒター・アーディ・アーリィ殿下ならば、在り得る話だ。魔法使いともいえるであろう、王太子殿下。貴重なる血筋の末裔。

  

 「リヒター殿下」


 私は、その輝く宝石に答えを紡ぐ。


 「殿下。お出ましください。

  このままではこの金環国は内乱状態になり、

  面倒なことになります。 

  アーディ王国にとっても難民を受け入れざるを得ない状況に陥るでしょう。

  ……それに、治安部隊が必要になってしまうでしょうし、

  我が国が四方国家どもの通り道になる。

  それは、良いことではありません。

  決して。

  …………確かに、はじめは保護されたでしょう、あの黒髪少女の自立を、

  誰もが引けをとらぬ生き方をさせるために権力を持たせようとしました。

  ですが、そこに彼女の意志はないし、

  あるのは、ただ、日本人へ罪悪感を持つこの国家の民たちばかり。

  だからこそ、従順になる、とは思いますが……、

  それではいつまでたっても、日本人が囚われたまま。

  是正しましょう。

  それに、国を安定させるには、旧い体制だって必要なのです。

  いきなり国家君主が交代して、国が安定するわけがない。

  ですから……、殿下。

  この国には、二人の人間が必要なのです。

  金環国の王子であり、特務隊の隊長。

  そして、日本人少女たるハルカ・サトヤマ。

  彼ら若い二人がいて、旗印となる」


 

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