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六話

 一階、大部屋へと移動し、出立しようとしている旅人の間で安穏とした朝食を摂り終えるや、朝の散歩を敢行することにした。

 やはり、どこもかしこも朝出しようとする人で、溢れかえっていた。

 金環国家の主だった大道だけあって、人数移動・流動がすさまじい。感心する。

 (商人だけじゃないな……、

  もちろん、慰安旅行でやってきた者も多々いるようだが)

 多数の馬を使って荷車を引いている者もいれば、遠方の大国である南海、あるいは西方の首都国家出身の人間らしい砂漠の民族衣装集団もいた。

 金環国家バージルはもともと他国の人間の流入を規制していたが、その反動で人の入りが多いのだろう。規制緩和され、金の稼げる糸目を見つけにはるばるやって来た商人たちでごった返しの印象を受ける。

 この国は輸出に関しては熱心に行ってきた訳だが、輸出品目のみならずその量も絞ってあえての高値で取引していた。持ち出せばどれだけ儲かることか。その恩恵に与かろうと、現地調達に訪れる若手の行商人もいる様子。たとえ閉鎖的で未知なる国であったとしても、危険を冒してでも一財産を築きたいと思っているようだ。できればお店を持ちたいのだろう。

そんな商人の卵は、アーディ王国でもよくよく散見したものだ。彼ら未来の大商人たちは、金環国家バージルを次のねらい目として仕入れに来ているようだった。

 私はそんな彼らの隙間を縫うようにして歩き、脇道を歩む。

 小鳥が集団で飛び立っていく。快晴。

 ……ちょうど目線の先に餌をやる子供がいて、彼の目線に合わせて話を聞くと、手の平サイズの野鳥にちょっとした食事を振る舞うのが毎日の日課であるらしい。

 とりあえず、その微笑ましい頭のてっぺんを撫でてやると、


 「良い朝じゃ」


 ぬっと隣に近寄ってきたのは江戸っ子風の言葉遣いをする、昨日の風呂で出会った爺さんのひとりだ。

 脳裏に昨日の、王太子殿下へのぶしつけな言葉が蘇るものの翌日だからか、苛立ちも何もかも、自分の内からすっかり消え去ってしまっている。

 相手側は私の顔を覚えているかどうか分からないほどの酔っ払いであったし、揉めたって、所詮は酒飲みの戯言である。

 隣国の騎士団長が年寄りをいじめるわけにもいかぬ。

さてここは、野太い挨拶をするに限る。

 鷹揚に頷き、背筋をまっすぐに伸ばす。


 「まったくもって。良い朝ですね、おはようございます」

 「おう、あんさん。

  これから、金環の、バージルの首都に行きなさるか」


 爺さんは、世間話をしたくて、旅人である私に近寄ってきたものらしい。

不思議に思いつつも、首を傾げて素直に答えた。隠すことでもない。


 「ええ、そうですが」

 「やめときなされ」


 思わず目を見張る。

爺さんは本音で私に伝えてくれているようだった。


 「あれが、発表された」

 「あれ?」

 「……最近、日本人、が見つかったらしくってなあ」


 詳細を教えてくれた。

なんと、こんな温泉街にまで、日本人、の噂は広まっているようなのだ。

 現在、その日本人が見つかったと秘密裡に言われ、のこのことやってきた私だが……、

 (私が、幼馴染スパイみから情報をもらって、さほど経過していない……)

 嫌な予感がした。


 「バージルの首都ではな、なんでも、その日本人を探していると……」

 「は……?」

 「躍起になっているようじゃな」


 緊張が走る。


 「躍起?

  それは、いったいどういうことでしょうか」


 爺さんの言葉に警戒する私は宿場町のど真ん中にある看板手前まで、なし崩し的に腕を引っ張られる。振り払うこともできたが、こうも人の目がある場所で派手な動きは得策ではない。それに、捕まっているのは利き腕ではないほうの腕だ。場合によってはなんとかなるだろう。そう瞬時に判じ、されるがまま連れられてきたわけだが、正解であった。

 物珍しいものでもあったのか、紹介された場所には人だかりが出来上がっていた。

 人々のうしろに立ち、爺さんは曲がった背中を直線にして上を向く。

 見知らぬ旅人たちもまた、足を止めて文字を読み上げている。

 人々の中心には、看板があった。

 絵が。私は、あの絵から目が離せなくなっていた。

 爺さんの人差し指。指、その爪の先。

 そこには、爺さんが言いたいことの全てが描かれてあった。

どうやら貼られたばかりであるらしい、それ。

視線という視線がその姿絵に、喰らいつくように集まっている。

 瞬時に、ぞっとした。


 「な……」


 んだこれは。

 齢40も、幾つかの戦場を生き延びてきた私であったが、ここまで醜悪な看板を目にするとは夢にも思わなかったのだ。唾を呑み込む。


 化け物、みたいな絵が描かれている。

いかにも凶悪そうな、顔。涎が垂れていた。


 ……じっと見ていると、私の眼が腐りそうだ。

その到底人間には見えぬ化け物には、首輪がかけられている。

 黄金の、首輪が。


 「……黒目、黒髪……、頭をすぐ下げたり、困った表情を浮かべている者、

  即刻役人へ知らせるように、か」


 読めば読んだで、今度は、がっかりとした悲しみが押し寄せてくる。

そんな私に、老人はやるせない表情で、


 「……奴隷制度なんて、すっかり忘れていたよ」


 爺さんの独り言が耳朶を打つ。

そう、この国の奴隷制が復活した原因は、日本人の知恵や技術にあったのだと、思い知らされたのであった。国章が、金の環の国のバージル。

 日本人にとって恐ろしい、非常に怖い国であるが、人々はその恩恵に怯えつつも受け入れているのだ。繁栄に、つながるから。

 そう、この国は、異世界人である日本人を奴隷にすることを法律によって定めた人治国家でもある。


 別名、奴隷国家バージル。


 実に、反吐が出る。それは爺さんも同じ思いのようだ。

しかし……、日本人の情報が開示された現在に至るまで、この国の人々は誰も拒絶しなかった。当たり前のことだと受け止めていたからである。

 風向きが変わったのは、この金環国家バージルが外交に重きを置くようになってから。すなわち、我が国アーディ王国との対話が始まってからである。それなのに、未だ廃案になっていない生きた法律となっている。

 理由は様々だが……、この金環国家バージルの人々は日本人が奴隷になって生きねばならない、その意味を知ってしまったのだ。だから否定できないでいる。自分の先祖が罪に濡れた人だと思いたくないのだ。


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