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五十七話

 「くすくす」

 「……おじさんよねぇ」

 「ああやって、人を誑し込んで……」

 「いやねえ、いくらなんでも」

 「ふふふ」


 あはは、と影であらぬ噂しているようだが、ばっちり私たちの耳に届くように喋っている。王子様を盗み見ると、平気そうに見受けられるが……。

 (15歳、だしなあ)

 正直、健全ではない。

辛い、かもしれんな。この状況。

 頼りにならない父王はあらぬところで女を侍らしてるし、身分ある者たちは皆、王に尻尾を振っている。

 まあ、ここはバージル王のおべっか使いばかりが集まってるような晩餐会だしな。王子派や中立派はお呼ばれされていないのかもしれん。

 私はまた、酒を一杯注いでぐびりとあおる。

王城だからか用意された日本酒はどれも高値そうな味だ。これほどのものならば、アルコールにもほろ酔い気分でさぞご機嫌になれるのだが、いかんせん、このような針のむしろでは美酒の振る舞いがどれだけあろうとも、ちっとも酔うことができなかった。せっかくの末期酒だというのに、もったいないことだ。

 などと、刹那的な考えに支配されるや、パン、パン、と。

手を叩くや響く音と共に、周りの人々が示し合わしたかのように続々と立ち上がる。


 「オイ、立て」


 見張りに椅子を引かれ、番犬に言われるがまま腰を上げる。

見渡すと、誰もがバージル王を注視していた。

……両サイドには妙齢の女性が王の腕に絡まっているが、そのあんまりなだらしなさは誰もが見なかったことにしているようである。


 「皆々様方、楽しまれたかな?

  さあ、明日は楽しみな催しが待ちかねている!」


 両の腕を大きく広げる際、女たちが一瞬距離をおいたが、楽しげに語る王の言葉に、再びその腕を積極的にとりにいって、王の機嫌をさらにご機嫌にさせた。

 肥大した欲望のままのバージルの王は、大きく発声しながら私に向けて人差し指を突きつける。


 「そこなる壮年たる騎士、哀れなるかな、

  我々の国へ忍び込んだ不届き者である!」


 忍んではいない。

ちゃんと渡航申請はしたし。

 (まあ、無かったことになってもおかしくはないな)

 独裁だし、公的記録をもみ消して不法入国者扱いしてきても不思議ではない。


 「だが、我々は懐深くも迎え入れてやった!

  得難い体験を、その男は受けたようであったが……」


 悲しげな口調のわりに、頬が緩んでいる。

それに同調したものか、周囲からの言葉はだいたいの予想通りのものばかりで、バージル王への賛美ばかりであった。それにますます気を良くしたものか、金環国バージルの王、ヒナミキ=バージルは、高らかに声を張り上げた。


 「古来より続く勇ましき方の国である、

  逞しきギルドの末裔らよ、

  このような羞恥心のなき男を諌められるは、

  どのような方法か!」

 

 (死刑、かな)

と悲しい予想をしたところ、案の定その通りであった。

口々に巻き起こる、老若男女らの声の束は大理石の床でさえも震わし、圧巻ではあったが。


 死刑、死刑、死刑。


 老いも若きも、皆、私の死刑を心待ちにしているようだ。中には拳を振り上げて愉悦そうにしている若者もいるけれども、すごい。私も含めて満場一致だ。相談でもしてあらかじめ決めていた話をつまびらかにしたように感じられるが、気のせいか。

 隣に立っている王子様は、この場の熱した雰囲気にも関わらず、無表情を貫いている。時折、眉をぴくりと微動させているが。 


 「くくく、ははは、だ、そうだ。

  アーディ王国の騎士、鋼の騎士、鋼鉄の騎士よ。

  貴様は、金環国の不幸だ。 

  誰もが貴様の生存を望んではいない。

  貴様は愚図だ、愚かにも金環国に居残る選択をするとは。 

  貴様は馬鹿だ、間抜けにも証拠をいくらでも残しているとは。

  貴様は鈍間だ、たった一人で我が国にたて突くとは」


 泡を吹くかのように、一気に畳み掛け、


 「称賛に値する!」


 大声で言明するや、会場のあちこちで叩かれる集団の拍手音が耳に騒がしくて渋面になる。

(と、いうか……、

 普通、拍手から悪意しか感じられないなんて)

 信じられないことである。

だが、肌をぴりぴりと突き刺すような、この空気を震わせる音の響きは、到底、魔を払う柏手かしわでではない。むしろ、呼び込むほうである。

 私たちの周囲を取り囲むようにして存在する他人でしかない地位ある彼らは、私を散々に見下げている。王自らが率先して私を疎んでいるのだから、右に習えの彼らだし、自然の成り行きのように当たり前のことではあったが。

 敵国の騎士、それも、王太子の側近だからこその憎悪、か。

  

 「我らの奴隷を逃がした大罪、その身をもって償え!」


 私は、バージル王の叫びに苛立ちを覚えた。

ちくり、と。心を刺したものがあったのだ。


 「何を……たわけたことを……」

 「オイ」


 脳裏に掠めたのは、日本人女子であるハルカ・サトヤマさんのことである。

彼女は、これからこの世界で生き延びねばならない。かつて私と故郷を同じくした同胞であり、貴重な日本人仲間である。私の外見ばかりは、どうしようもないが、しかし。あんなにもこの国の人間に追われ、ボロボロな恰好で逃げ出してもなお、負けないように、生きようとあがく姿に手助けした私からしてみれば、人権なんてなんのそのな彼らに、どうしようもない怒りを覚える。

 (……何が、我らの奴隷、だ!)

 そうやって、どれだけの日本人が死んでいったことか!

異国どころか異世界の地で生きねばならぬ彼らの絶望を、奴らは知らないのだ。それを利用したこの国は、あまりにも姑息で、小賢しい。

 (やはり)

 必要だ。

 (この国に、)

 私の今にも飛び出さんとばかりの気持ちを察したのか、彼の片腕が私の前に遮るように伸ばされた。


 「……王子様は黙っていてくれ」

 「……いや、駄目ダ。

  あの王に逆らってはイケない」

   

 王の子は、私を引きとめようと諌めつける。

私の背後には見張りがしっかりとついている。それに、王の側には護衛官が、敵視して憤怒する私の意図を探ろうとしている。いずれも、私の暴走を止めたがっているのは明白であった。

 

 「地獄の犬は王の側に侍らなくていいのか」

 

 つい、嫌味を。

口にしてしまってから、しまったと私は続く台詞を飲みこむも、特務隊隊長は何ら感情の浮かんでいない表情のまま私を見つめた。

 王は、己の息子たる王子が番犬の仕事をこなしたことをひどく充足したものか、そのまま、豪奢なマントを翻し、女二人を連れて晩餐会から立ち去った。

 残るは、私と番犬。

それと、王に敬意を表し腰を曲げたバージル王の支持者ら。

 王の姿が消え、ようやく隊長の腕も下ろされた。


 「……すまない」


 言うや、彼は、何も語らず。

ただ、連行される私の後ろを追従するばかりで、この大広間から足が遠のいてもなお、無言であった。

 

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