五十四話
「強情な。
しかし、貴様がどう言い繕うとも、余の決定が覆ることはない」
バージルの王ヒナミキは、玉座の肘掛けに無作法によりかかりながら、そのようなことを宣う。
「とはいえ、情状酌量の余地はあろう。
明日」
意味が分からず、じっと見つめ続けると、いかにも楽しげな表情をとる。
「――――明日。
それが、貴様の終わり、だ。
黄金時代の騎士よ」
臭気漂う香りが、鼻をつく。
「ヒナミキ王よ、やってもいない罪で、
私を断罪すると仰せか。
それも、王太子殿下の騎士たる私を」
「はっ、そんなもの。
どれだけ国境沿いで脅しかけようとも、
我が金環国は勇者の国。
民は、皆武装の心得のあるギルドらの末裔。
いくら、貴様が強かろうとも、
……脆弱だった国が、いきなり他国を叩けるほど、
くく……噂ほど、強国でもあるまい」
大きなギョロ目がさらに極まり、私の命を断とうとしていた。
「リヒター王太子は、世界でもっとも麗しい姿形をしておられるとか。
楽しみなことよな、捕まえたときが。
……月の女神が恥ずかしがって隠れるといわれる、
あの王子を我のものとして飼ってやろうぞ」
うわ、と思わず声に出そうになるのを堪えた。
(気持ち悪い顔だなあ)
駄目だ、こういった話の通じない相手は、何を言っても無理なようである。
(おまけに、下世話な想像の中とはいえ、汚してくれるとは)
もし、私の手の届く範囲に剣があったのなら、切っ先をあの高慢チキな鼻に突きつけてやるというに。奴は舌舐めずりをしながら、私を見下げた。
「陛下」
振り向かずとも分かる。奴の息子である地獄の番犬だ。
「コノ者は、噂通リでしたラ人質として、オアツラエ向キですから、
明日ト言わず、しばらく生かシテみてハ」
途端、王の目玉が。
驚くほど剥き出しになり、傍目から分かるほど、ぷるぷると唇を震わせた。
「貴様、誰に発言をしていると思っている!」
「ハ……」
父王の怒気に、息子はたじたじだ。
仕舞いには、ダン、と黄金玉座の肘かけを叩きつける有様に、逆に私は呆れて眉根を寄せた。気になって文官や武官の様子を伺うも、無愛想なのではと思うほどに一切の感情をみせない。当たり前、なのか。この、やり取りが。
王は、まったくもって気にも留めぬ様相で、顎をしゃくる。
不機嫌そうだが、それもたちまちに私を見下ろしては、ヤニ下がった顔になるのにはぞっとする。
「最期の晩餐は、盛大に祝ってやろうぞ。
隣国の騎士、リヒター王太子の下僕よ。
存分に、味わうが良い」
「……サあ、立テ」
地獄の番犬は終始無言でおり、私の両腕は彼の配下である部下二人によって、無理やりに引っ張られた。
「はは、はは、ははははは!」
――――バージル王ヒナミキの、不気味な声が背中から追いかけてくる。
ちっとも愉快なことなんてないだろうに、大層ご満悦な嘲笑であった。
私は、とあるそこそこ広い部屋に通された。
どうやら牢破りをしてしまっていることが、この客室に通された主な理由らしい。もちろん、どうやってこの部屋にやって来れたか、順路はまったくもって憶えていない。なんと役にたたない騎士団長か。扉の前にはしっかりと逃げ出さぬよう隊長の部下二人組が待機しているのはチェック済みだが。
私は、そわそわと室内を見回し、ねり歩く。
逃走防止のために縄はつけっぱなしだし、痛いにもほどがあるが、和風の家具があちこちに置かれているのを目の当たりにして静かにいられる私ではない。
この王城の格子窓も、なかなかに凝った造りなのだ。芸術的センスは、やはりずば抜けて高いと唸らざるを得ない。
そっと窓から確認できる範囲では、あまりにもここが高い位置にあるのが良くわかる。人間だと外に出たら速攻で落下物になる。無事、昇天するだろう。
(モチーフは、朱雀、か)
夕焼けの色が鳥に付着して、今にも羽ばたこうとしている。
「……オメー、明日死ぬってノニ、全然悲しそうな素振りとかネーな」
ぽつり、といきなり喋り出した王子様。
「……そうか?」
否、王子にしては、投擲技術を鍛えすぎてるように思うが。
振り返り見ると、特務隊隊長はしょんぼりと椅子に座っていて、覇気がない。
「……ナンダ?」
「いや……」
部屋の中央には、食事ができるようにと木造りの丸テーブルと、椅子があった。いずれも小洒落たもので、亀のシンボルがテーブルの隅からあちこちに首を伸ばして彫られている。愛らしい子亀も顔を覗かせており、その微笑ましい頭頂部を撫でてやりたくなるが、縛られた位置的に厳しい。
多分、しかめっ面をしていたんだろう。
「ブッ」
隊長殿が急に噴出したため、私はびっくりして距離を置く。
ひいひい俯きながら腹を抱える特務隊の番犬に、私は怯む。
「……クク、はあ、笑っタ」
隊長は、涙目で見上げてくる。茶色の髪の隙間から覗く、大きな瞳が濡れていた。はて、そこまで笑われてしまうことをやってしまっただろうかと己の所業を省みるが、どう考えてもオッサンが亀と顔を突き合わせて睨めっこしてたことしか記憶にない。
以降、ちらちらと私を視界に入れては腹筋を小刻みに震わせた後、ようやっと症状が治まったようだ。お犬様は棘でもとれてしまったのか、キツイ口調が穏やかになってしまっている。
「座レ。
話ガアルんダ」
「……話?」
「アア」
(と、言われてもな)
私はますます弱る。
こんな状態で椅子に座るってなると、武器も何もない上に、縛られてしまっているのだから、逃げ場がないというか。
要は、本当に殺されてしまう。こんな身動きができない状況では。
「……ソーダナ。
まずハ、その縄をほどいてヤル」
「何?」
「じゃネーと、話も、メシも喰えねぇしナ」
意表を突かれた、といっていい。
真実か否か、じっくりと観察するも堂々たるものである。
「……幾ラナンデモ、明日死刑の相手ニ、
悪ルフザけヲすルつもりはナイ」
そこまで暇じゃない、とまで言い切る。
(どうやら……)
この特務隊隊長は、執行待ちの手足が自由でも構わない、らしい。
見極めをつけた私は、やっと肩の力を抜き、
「……お願いする」
地獄の番犬に、歩み寄った。




