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五十二話

 淀みなく敷かれた真っ赤なカーペットが映える歩廊ほろうに、隅々まで吹く冷ややかな風が微熱持ちにはあまりにも心地良い。目を細める。手首は相も変わらず縛られっぱなしで訳も語られず連行されてるのでチンプンカンプンだが、おおよその事柄は察しがつく。

 (御下命と言ってたしな)

 高価そうな花瓶や、定位置についている近衛兵らの鋭い眼差し。

いずれも、これから向かう先に、私が望む存在が豪奢な椅子に座っているのを予感させる。

 (とはいえ、上手く会話が続けばいいが)

つくづく、面倒なことが待ち構えているな、などと、自分でまき起こしたことであるくせ、悶々とした気持ちを抱く。

 いざというときを先々思い描きながら、能天気な彼らの楽しげな様子を沈黙でもって見守る。厳かなTPOをまったく弁えぬ騒がしい特務隊連中だが、話してる内容はなかなかに愉快だった。


 「てか、隊長、

  相変わらずココが苦手なんですね」

 「タリメーだ、アンな馬鹿野郎ノせいで、

  オレっちはとんダ尻拭い、とばっちりを噛ませられてルんダ」

 「側室の数もどんどん、膨れ上がってますしな」

 「ハア……」


 ここは王族が出入りするスペースなんだろう、外観の真っ直ぐなお城っぷりとは異なり、中はずいぶんと入り組んでいた。壁には投擲部隊が配置できそうなゆとりスペースがあるし、壁に手をついて右回りでもしようものなら、必ず突き当りに激突して迷うのは間違いなし。ほか、隠し部屋がありそうな雰囲気が漂うので、城の見た目とは異なるとんだ忍者屋敷、否、城か。

 侵入者対策をしっかとやっているようだ。これには、さすがの私も己が記憶力に頼ることができぬ。

 (……まあ、殿下なら一発で憶えてしまうだろうが)

 あとは、幼馴染スパイみのような、特殊な訓練を受けています、真似をしないでくださいみたいな連中……は、うちのアーディの十八番だな、うむ。

 本当、私はよく、あんな強い連中相手に切磋琢磨してこれたものだ。

諜報員スパイたちもそうだが、騎士らも急速に武力を上げた。

 その時代の騎士のことを、人々は、黄金時代の騎士と呼ぶ、らしい。

新たな造語である黄金世代、とも最近ではよく耳にする。それでいて、私もその時代に動いた騎士だからか、黄金時代(世代)の騎士、なんて呼ばれ、当時の同僚らと含められるも……、我ながら、自分に関してだけはそこまで凄くはないと考えている。

 ――――凄すぎるのだ、私以外の人らが。

 (地獄の犬は、私のことを化け物だと称したが)

 気楽に歩いている彼らは、傍目からは陽気だ。

しかし、何か、にじみ出るものがあるのだろう、稀に文官のような者が私たちを遠巻きにし、そそくさと逃げられている。

 まあ、彼ら特務隊にとって居心地が悪いのは分かった。好き勝手やってるという噂の通りのこともあるんだろうが、単純に嫌われている。

 それに気づいていたらしい、ふん、と鼻息荒く飛ばしている犬の様子を部下二人はやれやれ、といったいつもの調子であるらしいが……、身内同士で争っているのは、崩しやすいから結構なことだ。

 (……それに、王の側室問題か)

 



 好色、なのは、調べていたから分かることだった。

金環国は外交に対し臆していたし、どちらかというと鎖国に近い政策をずっと執っていたからか、独自の文明を築き上げてきた。

 ……それに、日本人が関与しているのは間違いないが、それはともかく。

 (条約を結んだときには、王の姿はなかった)

 代表が現れ、代理として書き物に国名を記した。

 殿下は、どうおっしゃっていたか。

 

 「稀代の好色王は来られぬか」


 ……代表の額に、汗がぷくりとこみ上げていたのは見間違いではなかろう。美しい顔で毒を吐くのだから、何をかいわんや。

 代表の心中、察し余りある。なんせ、アーディ王国側は王族の主たる方々が列席しておられるのだから。

 その胆力、よくぞ立っていられたものだ、アーディ王国の黄金時代を担った騎士らもゴロゴロと護衛として威圧感たっぷりで居たのだし、ちくちく言われ続けるサンドバック代表が気を失わずに帰っただけでも報奨金ものである。

 それぐらいには、リヒター殿下はあれこれと策謀を巡らす。

 さて、今の私に、どれほどのカードが残っているか。


 好色な金環国の王ヒナミキ=バージル、

 日本人を奴隷制を容認している国家君主、

 それに頭を垂れて傍仕えしているのが、

 特務隊所属地獄の番犬、

 に、親しんでいるそこそこな部下二人、

 捕虜(人質)として連行されている私、

 それに対し、

 王太子の護衛騎士騎士団長を捕えられた格好の王太子殿下、

 騎士団二つはいつでも動けるよう展開中、

 侵攻できるよう整えている。

 私を捕えるために。

 また、

 黒髪少女。

 

 (あの子は……、)


 理解しているだろうか。


 (もう、国には……、

  故郷にほんには)


 帰れない、ということを。




 国境沿いに逃げることに成功した、との情報から、彼女は、殿下に保護されたのは間違いない。リヒター殿下は、口八丁手八丁で、彼女を味方にあっさりと引き込んだはずである。あんなにもイケメンで、どんな老若男女も落としてきた方なのだ、若い娘ならすぐにぽーっとなるのは間違いない。

 (もし、私が若い娘であると仮定するなら、

  間違いなく惚れてしまうだろう)

 それぐらいには、彼は人間離れした、圧倒的な美しさを武器にしていたし、利用もしていた。

 (……だから、慰めるだろう)

 その仲が進展するかは不明だが。

 (だが、あの娘は……、そうはならないような気がする)

 先の事なぞ分からないが、まあ。

 (なるようにしか、ならん、か)

 にっこりと微笑すると、傾城。

 艶やかに誘う素振りは、傾国。

 ふわふわの赤毛だった王子殿下は、立派になられた。

 もう、あの頃のような、時代ではない。

そう、私の時代は、終わりだ。黄金の時代は。


 「ツイタ、ぞ」


 ふと顔を上げると、あんなにも遠くにあったはずの金色の扉が、目の前に佇んでいた。彫刻家によるものだろう、胸像が扉の周りにぐるりと貼りついていた。

 立体的に浮かび上がる勇姿もまたゴールデンで大層眩い。動きもあって、この扉ひとつで絵のような躍動感があった。

 右下から、ぐるりと上、それから左下へ。

 それは、この国の興りを模したものだと知れる。

 太陽と共に勇者が誕生し、東から西へ。

王となり、民を引き連れた。

 

 「ここは?」


 口を開くと、片眉をくいっと上げて、


 「ナンダ、お前、喋れルのカ」


 なんて不躾なことを言いながらも番犬は、くい、と。

まったくもって隠れきっている茶色の髪のまま天を仰ぎ、


 「コの派手ナ扉の向こう側に、胸糞悪イが……、

  我が王、我が国の王様がイル」


 どこか達観したような顔……はやっぱり、そのざっくばらんな髪型のおかげで、やっぱり不明瞭ながらも、彼は、彼なりに、あの王に従っているらしい。

 (もしか、すると)

 そのような、予感はあった。

この地獄の番犬の挙動は、王に対するソレではない。

近しい者への態度。あるいは、王族の、それに近い不遜さ。

 自国の王を、自国内のどこからでも貶めるなんぞ、兵のやることではない。

腕の良さ、を引いてみても、この番犬はどこか、甘えがあるように感じられた。

 それは、まさしく、子供が大人の愛情を求められず育った感覚。どこか、リヒター殿下を彷彿とさせるものだった。じっと見詰めると、いかにも嫌そうな声色を発する。


 「……ナンダ」

 「いや……、失礼ながら、貴君は」


 言おうとしたが、


 「待ってください」


 遮られた。筋肉ダルマとは別のもう一人のほう、細身のワイヤー使いだ。

彼は、にこやかそうにしてみえて、やってることはかなり、危険な武器使いである。


 「……そこから先は、我が国金環国では、

  不文律なのです」


 それに続き、筋肉ダルマも付け加える。


 「あの王様の顔と雰囲気、髪の色。

  すべてが、答えでありますが」

 「……ヒナミキ王を目にしたら、分かる、と?」


 それに、地獄の番犬は、いかにも嫌そうに口を曲げて反論する。


 「おい、何を言ってヤガル。

  余計ナことを囀るナ」


 番犬は、私の顔なんて見もせずに、黄金の扉の前を護衛する兵らに、扉を開けるよう促す。途端、兵らは二人で力を合わせ、見事に開闢かいびゃくした。

 初めてのことだろう、この金環国にとって。

 私のような異質な存在を、迎え入れるとは。

 初代勇者が座ったという、玉座。

私は、とうとう、この日を迎えた。

 かつて、日本からやって来た、勇者の者。勇ましき者。

 かの人が、どんな思いで、この国を作り、そうして、死んでいったのか。

 ぎぎ、と、床と擦れる音がするが、気分の高揚で胸がいっぱいになる。

 (……同郷の者よ)

 故郷を同じくする者よ。

私は、貴方と同じ想いを抱きながら、こうして。また、貴方と同じように、この異世界で死ぬつもりだ。

 


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